メディア掲載  グローバルエコノミー  2024.04.22

食料・農業・農村基本法見直し(2)理念をなくす農政

週刊農林(202445日発行)に掲載

農業・ゲノム

恒例の年末エコノミストの会で、財務省で農林予算を担当した人と会った。彼は、農業問題のNHK日曜討論で、構造改革が取り上げられなかったと悔しがっていた。

旧農業基本法が失敗した要因として、起草者の小倉武一は「農業の国際化を殆ど無視したこと」を第一に挙げ、「基本問題調査会で日経の円城寺次郎氏は貿易の自由化を考慮すべきことを力説されたのを思い起こす」と言っている。未だに農政は国内市場しか見えない。価格競争力を高めて輸出するなら減反はしない。米を輸出していれば、輸入途絶時に食料自給を達成できる。しかし、適正な価格形成論によって価格を上げるのは輸出振興と矛盾している。

農政は8090年代の日米交渉やウルグァイ・ラウンドなどに対応できなかった。極めつけが米のミニマムアクセスだ。今後はコストを削減しなければ農業は守れないと考えられた。1999年の現行基本法は、「効率的かつ安定的な農業経営が農業生産の相当部分を担う農業構造を確立する」と規定した。

しかし、関税撤廃の恐怖にかられたTPP交渉で、米麦等の関税を維持できた。貿易自由化に反対するインド等の力が増し、WTOは機能不全に陥っている。農政担当者は、「貿易自由化は遠のいた。苦労して構造改革などしなくてもよい」と考えたのだろう。2020年の基本計画は「経営規模や家族・法人など経営形態の別にかかわらず、担い手の育成・確保を進める」と記述した。これは基本法の理念の変更である。

多数の零細農によって農協の政治力は維持され、その本業ともいうべき兼業収入を預金としてJAバンクは発展した。基本計画の考えに従って基本法が見直される。表舞台でも、兼業農家を含め農家を丸抱えしようとしてきたJA農協の勝利である。

しかし、これは農業や農村の敗北である。1ヘクタール未満の米農家が農業から得ている所得は、ゼロかマイナスである。しかし、1人の農業者に30ヘクタールの農地を任せて耕作してもらうと、1600万円の所得を稼いでくれる。これを分け合った方が、集落みんなのためになる。

家賃がビルの維持管理の対価であるのと同様、農地への地代は、地主が農地や水路等の維持管理を行うことへの対価である。健全な店子(担い手農家)がいるから、家賃(地代)でビルの大家(地主)も補修や修繕ができる。このような関係を築かなければ、農業も農村もいつまでも自立できず政府によりかかるしかない。構造改革は農村のためにも必要なのだ。

柳田國男は、小慈善家が「小民を救済すべきだ」と言うのは彼らを侮辱するものだとし、「何ぞ彼等をして自ら済わしめざる。自力、進歩協同相助これ、実に産業組合(農協)の大主眼なり」と言う。農政担当者、農業経済学者、農業関係議員、皆この小慈善家だ。

(つづく)