拝啓、親愛なるウラディーミル・プーチン大統領閣下
大統領選での5選、誠におめでとうございます。得票率も予定の8割を遥(はる)かに超え、計画通りの圧勝でしたね。ロシア専門家でもない私はこれまで貴閣下にお手紙を書くことを差し控えておりました。でも、今回ばかりは思うところあり、こうして書を認(したた)める非礼をご容赦ください。
過去4半世紀の間、私は貴閣下の治世に注目して参りました。ソ連崩壊という屈辱を乗り越え、金銭欲にまみれ文化的にも弱体化したロシアを見事に再生させた手腕は大したものです。18世紀にロシアの近代化・大国化と領土拡大を進めたピョートル大帝以来の快挙ですね。貴閣下もそう自負されていることでしょう。
それでも貴閣下の5期目の治世は従来ほど順風満帆ではありません。国内反対派の粛清は比較的容易でしたが、3年目に入ったウクライナ侵略(失礼、反・新植民地主義闘争でしたね)の終わりは見えず、ついにロシアは戦時経済に移行しました。ロシア軍が攻勢を強めれば北大西洋条約機構(NATO)側も最新兵器を投入しますから、不毛な消耗戦は続くでしょう。
貴閣下は米国のバイデン大統領を「経験豊富で予測可能」と評価しましたが、あれは本音ですか。本当は貴閣下が弱みを握っているとも噂されるトランプ氏の再選を望んでいるのではありませんか。
それはさておき、私が心配しているのはロシアの将来です。確かにロシアには豊富な天然資源と搾取可能な忍耐強い人的資源がありますから、戦争継続は可能でしょう。しかし、こんな戦争を続けても苦しむのはロシア国民ではないのですか。ウクライナを屈服させても、北欧・東欧のNATO加盟国は警戒感を高めるだけで、ロシアにとって逆効果ではありませんか。
そんな中で私が注目するのは、昨年10月、ソチで開かれた国際会議「バルダイ会議」で貴閣下が言及した「新しい国際秩序」の具体的内容です。貴閣下は「米国とその衛星国は軍事、政治、経済、文化、さらにはモラルや価値においてもヘゲモニーを獲得すべく」努力している、と述べたそうですね。会議に出席し貴閣下に質問する栄誉を得た日本のロシア専門家・畔蒜(あびる)泰助氏が書いています。これは一体どういう意味でしょうか。
開戦当初、貴閣下はウクライナ危機を「ロシア系住民を救済する特別軍事作戦」と呼んでいた記憶があります。それがなぜ急に「数世紀にわたる」西側による「地球規模」の「植民地からの略奪」に反対する「よりファンダメンタルな問題」に変わったのでしょうか。旧植民地が多い所謂(いわゆる)「グローバルサウス」の国々が対露経済制裁に参加していないからですか。それとも、中国から有形無形の支援を得るために従来の説明を変えたのでしょうか。そうだとすれば、貴閣下らしくありませんね。中国の国家主席と合意することがそれほど大事なのですか。ロシアの誇りと尊厳は何処に行ったのでしょうか。
大統領閣下、冒頭述べた通り、私が最も心配するのはロシアの将来です。あの文化豊かな誇り高きロシアが中国に屈するのですか。中国はロシアの歴史・文化を尊敬などしていません。その中国のジュニアパートナーになるということは、ロシアが二流国に成り下がるということ。貴閣下はそれでも米国やNATO諸国と対峙(たいじ)したいのですか。失礼ながら、私には貴閣下の「欧米に対する劣等感の裏返し」としか思えないのですが。
永遠に閣下がロシア国民のためご尽力されますよう。
敬具
宮家邦彦