政府が2022年末に決定した国家安全保障戦略など安保3文書は、防衛装備政策の重要性を強く打ち出しました。これを受けて、23年6月に防衛装備品生産基盤強化法が成立し、国内の防衛産業への包括的な支援が始まりました。
23年末の防衛装備移転3原則などの改正では、ライセンス生産品の地対空誘導弾パトリオットミサイルの米国への輸出が可能になった。米国のウクライナ軍事支援と連動したもので、日本の防衛装備政策にとって重要な一歩です。
防衛装備庁も海外の武器見本市での展示を充実させている。数年前まではそっけない内容でした。最近は「波動」「共鳴」といった漢字2文字で展示テーマを表現するなど、格段に進歩しています。
このように様々な施策が同時並行で、過去にない速度で動き出しているのは確かです。
一連の動きは、ロシアのウクライナ侵略の影響が大きい。これがなければ、武器輸出は「死の商人」の発想だけで語られ、国民に不人気なままだったと思います。重大な政策変更には政治の指導力が不可欠だが、不人気な政策については指導力の発揮が難しいのです。自衛隊は発足当初、嫌う人が多かった。自衛官が制服姿で公道を歩けない時代もあった。長い年月、努力を重ねて、今は多くの国民の支持を得ています。その活動を支える防衛装備や技術も重要だ。そうした安全保障意識を国民に醸成することが大切なのです。
課題も少なくありません。3原則の運用指針見直しでは、日本が英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機の第三国輸出の解禁は継続協議になりました。海外移転の目的を「警戒」など5類型に限定する規定の見直しも先送りです。
日本だけが過剰で不利な制約を抱えていては、安全保障協力の国際的ネットワークで対等なパートナーになれない。早期に克服しなければならない課題です。
考えるべきは、その防衛技術がなくなった時、日本がどうなるのか、です。「米国から最新鋭のステルス機などを購入すればいい」と言う人もいます。だが、まさに今、ドローンの開発製造に懸命に取り組むウクライナを見てください。一定の防衛技術と生産基盤を自前で持たなければ自らの国を守るのが難しいことが分かります。お金だけでは解決できないのです。
第2次安倍政権以降、日本は自ら国を守る意思を示し、米国からも評価されています。それは防衛技術にも当てはまる。1991年の湾岸戦争で日本は資金支援しかせずに、国際社会から全く評価されなかった。今は防衛技術面の貢献が重要になっているのです。
2014年の防衛装備移転3原則の決定以来、実現した武器輸出はフィリピンへの防空レーダーの1件だけです。武器の海外移転を本格的に目指すなら、韓国の防衛装備政策が参考になります。
韓国は近年、武器輸出を急伸させ、世界4位を目指すまでになった。だが、1950年の朝鮮戦争前は、小銃さえ製造できず、米軍から中古装備を援助してもらう有りさまでした。当然、北朝鮮の戦車部隊の侵攻にも単独では対処できない。休戦後も厳しい軍事情勢が続いたが、米国は防衛技術を十分に供与せず、韓国は苦労した。
日本と最も違うのは、武器の開発に必死に頑張ったことです。朴正煕政権は「自主国防」を唱えて、米軍由来の技術を活用した。ナイキ・ハーキュリーズという米軍ミサイルを分解・分析し、自前の地対地ミサイルを製造した。
徴兵制のある韓国は、基本的に軍への親和性が強い。徴兵期間の1~2年で自主砲などの使用法を習得しないといけないため、韓国の装備はシンプルで使いやすい。それで他国にも売れるのです。
2006年に盧武鉉政権が防衛事業庁を創設し、次の李明博大統領から武器のトップセールスが始まった。相手国の交換条件に応じるオフセット取引をフル活用しました。重要なことは柔軟性と迅速性です。日本的な遅い意思決定では国際競争に負けてしまう。
21年2月施行の韓国の防衛産業発展・支援法では、防衛事業庁が輸出促進のため他省庁に調査などを要請でき、他省庁に協力を義務付けている。防衛装備政策を国政の重要課題に位置づけたのです。日本も、オフセット取引に対応可能な多くの資産がある。防衛省だけでなく、経済産業省などが協力する体制の構築が求められます。
アラブ首長国連邦(UAE)は09年に原発を買った際、原発の警備員の訓練を要請した。以来、韓国は常に100人規模の特殊部隊を派遣し、警備隊を養成している。誰が撃っても標的に当たるような最新の武器も優先的に使わせている。徹底した販売努力です。
陸上自衛隊は昨年8月、豪州での共同訓練で長射程の12式地対艦ミサイルを試射した。豪州は長距離打撃能力の導入を検討しています。12式は格好の装備ですが、陸自に輸出の意識は全くない。もったいないなあと思います。一方、韓国軍は豪州での共同訓練で射程200キロの韓国型の多連装ロケット砲を撃った。これは輸出を視野に入れている。現時点で韓国のような手法はあり得ないが、将来、より様々な装備移転が可能になれば、演習も輸出促進の一環になるとの発想は重要でしょう。
昨年11月の米韓国防相会談は、「科学技術同盟」を目指すことで一致しました。韓国軍の元高官は「今後、米国との防衛産業協力が重要になる。日本は『平和主義』で防衛産業が力を持てないので、一番のパートナーは韓国だ」と言います。米国は中国との技術競争でハイテク分野に集中投資するため、韓国が自走砲や装甲車などの通常兵器の分野で役割を担うという趣旨です。私は悔しく感じました。日本の装備移転の制約が続くと、米国の同盟国としての位置づけの低下が懸念されます。
防衛装備の海外移転には、多くの利点があります。フィリピンがレーダーで防空能力を高めれば、日本の安全保障環境の改善に寄与する。日本の防衛費の負担を軽減し、防衛産業が利益を得ることで経済の循環に役立つ。民生技術の向上につながる可能性もある。良いことばかりなのに、何を警戒しているのか、と時々思います。
日本は今こそ、防衛装備・技術に関して説得力を持つ論理を構築すべきです。具体的な事例に即して10年先に向けた装備移転戦略を策定し、毎年、それを点検していく。そうした作業が大切です。
国民の理解を広げる努力も欠かせません。ソウル航空宇宙防衛産業展示会は、学生デーまで設定され、20万人超が集まる。自衛隊の航空祭に近いイメージです。日本も、航空祭と連動した装備展示会を開くなど、新たな「仕掛け」を検討してほしいと考えます。