コラム  国際交流  2024.01.23

2024年のアメリカ大統領選挙戦に向けて分断と政治制度を解説:シリーズその1

有権者2.8%の投票で「トランプ圧勝」となったアイオワ州共和党員選挙に見る
アメリカの民主主義制度の課題:少数派による弾圧

米国

「民主主義とは」という問いかけ

アイオワ州の共和党の党員集会でトランプ氏が勝ったという報道に「民主主義が問われる」などのフレーズを見かける。「アメリカ合衆国の存在意義が問われる」という文章まで見かけることがある。これらの重要な問いかけは大事だが、読者にとって一体何が起きているのかがなかなか伝わらない。

なぜなら、ほとんどの人が持つ「民主主義」というイメージは漠然とした「多数決で物事を決める」といった程度のものであり、実は多くの記者もそれ以上あまり詳しくはないことが多いからである。これは記者に対しての批判ではなく、数年毎に担当領域が変わる組織が多いため、政治学について詳しい記者がいても、数年で変わってしまうという現実がある。そういう記者がいきなり「民主主義とは何だろう」という大きな問いを読者に投げかけても、質問が漠然としすぎるため答えの解像度が低くなってしまい、あまり参考にならないことが多い。だからこそシンクタンクとして分かりやすい解説が求められていると考えている。今回のシリーズでは世界を左右するアメリカ大統領選に向けていくつか重要なアメリカについての本質的な力学や制度をわかりやすく解説し、これから雪崩のように出てくるさまざまな報道を読者が受け止めて分析できるように手伝う。

「民主主義」の豊富なバリエーションと多数決では決まらない様々な重要決定

まず、民主主義と言っても様々な種類がある。アメリカ型もあれば、かなり異なる日本型もあり、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデンなど、各国で色々な違いがある。その違いは「有権者の票がどうやって国家運営に反映されるのか」という数多くの制度や細かいルールの上に成り立っている。

「民主主義=多数決で物事が決まる」という漠然としたイメージでは、現代の民主主義のバリエーションのほとんどは捉えられない。日本の首相は国民が投票した人ではない。では直接大統領を選んだ国の方が民主主義の度合いが高いのだろうか?アメリカではトランプ前大統領とブッシュ(息子)前大統領は国民投票の過半数を割っていたのにも関わらず、投票をより多く得た候補を破って大統領となった。これはアメリカの民主主義の度合いが低いということなのだろうか?

簡単な質問をしていくと、実は非常に複雑な力学がいくつも働いているということが分かる。

アメリカは「マジョリティーによる弾圧」を避けた制度設計

アメリカは合衆国設立当初から「マジョリティー(過半数)による弾圧」を避けることを非常に重視してきた。そのため、数多くのマイノリティー(少数派)の声を拡大させる仕組みを導入してきた。

現在のアメリカ政治はこういった構造的な少数派を守るための制度と、合衆国設立当時は想定外だった幾つもの戦略や事態を突いた政治戦略によって「少数派による過半数の弾圧」の状態となっている。[1]

国民の過半数が望まず、投票されなかった候補が大統領となった2016年だったが、2024年はどうなるのか。

逆のロジックを辿ってみよう。アメリカの政治力学が作り出した結果は「民意の結果、すなわち多数決の結果であり、アメリカ国民の過半数の意向を表している」とは限らない。

したがって、とんでもない大統領になったことがアメリカ国民の過半数の民意の表れとは限らない。あるいは車社会であり、日本のような鉄道網がなかなか作れないアメリカ政治の結果を見て「アメリカ人はそもそも車好きで電車が嫌いな人が多数派なので高速鉄道などを作ろうとしない」とは全く限らないのである。

アメリカ型民主主義のどういうところがどのように稼働して今のエキストリームな状態になっているのか、ということに焦点を当てなくてはいけない。

トランプを宗教的に支持する少数派がいかにしてアメリカ政治全体を左右するのか

トランプ氏の支持者が彼を支持する熱量は民主党や無党派層や、旧来の共和党支持者の保守層と比べて桁違いに高い。しかし、あくまで少数派なのである。しかし、この少数派の人たちがどのようにしてアメリカ政治全体に影響し、アメリカを振り回すことで世界を振り回せるのだろうか?どんな型通りの制度と、想定外の制度の隙間を活用して政治に影響力を及ぼせるのだろうか?

これは「民主主義とは」という解像度が低い大きな話ではなく、「アメリカ型民主主義の制度設計上において、どのような想定内の構造と想定外の力学を活用してトランプ支持者は国政を取ろうとするのか」というレベルの解像度で論じた方が建設的である。

アイオワ州の投票結果を相対的に見ると

アイオワ州の共和党の党員集会の話に戻ろう。ニュースの見出しを見ると、トランプ氏が大勝で投票の51%を取得し、2位のディサンティスが21%、ヘイリーが19%だった。これは民主主義的な結果に見えるかもしれないが、もう少し広げて見る必要がある。

アイオワ州は人口が約319万人である。そのうち、投票登録をしている人が約200万人である。アメリカのほとんどの州では、そもそも自ら投票登録をしないと投票権は得られない仕組みになっており、これには具体的な歴史背景がある。日本のように、住民票があればハガキが自動的に届くということではない。

200万人の投票登録者のうち、民主党の党員に登録されている人が63万人、共和党が71.8万人で、無所属の人が71.5万人いる。

アイオワで行われた党員集会とは今年の大統領選挙に共和党として誰を任命するかを決める投票である。つまり、総人口の319万人のうち、投票権を得ていて、共和党員として登録している71.8万人の声、つまり人口の22%を対象とした投票である。

そこで実際に投票した人がどれ程いたのだろうか。アイオワ州の共和党の投票は郵便で行えず必ず投票所に行かなくてはいけない。ちなみに民主党は郵便での投票を認めている。これは民主党がより多くの有権者に投票してもらう方が有利だと考えているが故の戦略で、共和党は逆に非常に熱心な党員のみに投票してほしいという意図が働いている。

アイオワ州はもともと冬が寒いところだが、今年のアイオワ州の共和党の投票日は異例の寒さで、州のほぼ全域が氷点下だった。寒いところでは摂氏マイナス20度以下となった。そんな寒さの中、共和党の投票所に足を運んだのは約11万人だった。この11万人のうちの51%がトランプ氏に投票したわけだ。共和党に対して最も熱意が高い人しかこの日は投票所には行かなかったと推測できるだろう。その11万人の半数ちょっとなので、56千票である。

というわけでトランプの圧勝だったわけだが、これは州の人口の1.7%の票で決まってしまったのである。この時点で投票権を得ていた人口の割合で見ても2.8%である。

「トランプの圧勝」を作り出した投票数を州の人口、投票権人口と比較

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Source: https://independentvoterproject.org/voter-stats/ia , Iowa Caucus Results 2024: Trump Wins - The New York Times (nytimes.com)


「民意」の考え方と、今回の結果に含まれない人たち

「トランプ支持はアイオワ州の民意」という安易な考え方には気をつけなくてはいけないわけだ。しかし、アメリカの選挙制度ではこの州の2.8%の熱烈なトランプ支持者のみで州の共和党の候補が選べてしまえるわけだ。

今回の結果に反映されなかった声が色々ある。「大統領選には投票するけど、政治は基本的に嫌いなのでそれまでわざわざ投票登録をしない」という人たちや、「投票権はあるけど、どちらの党も好きではないのでどちらの政党にも登録していない」という人たち、そして「共和党に登録しているが、トランプは嫌いだが熱狂的なトランプ支持者たちには勝てないので今回の選挙は投票しない」という人たちなど、さまざまな意図と立場の人たちの声が反映されていない。

別の話になるが、世論調査もいざ選挙となった場合の実際の投票者の行動を予測しにくいことがある。例えばバイデン大統領は全く支持しないが、トランプはそもそも犯罪者なので支持したくない、という人たちはバイデン氏の支持力が非常に低いという結果に含まれる。しかし、トランプを支持しているとも限らない。しかし、トランプを支持している人は絶対的な支持をしているので、「強く支持している」という数字に現れる。「人気投票で勝つ」というものではなく、「不人気投票で、どちらも嫌いだがどちらかというとこちらの方が嫌いな度合いが低い」というタイプの投票は世論調査結果では予測しにくい。

しかし、いずれにせよ、アメリカ型政治制度は非常に小さな少数派の有権者が絶大な影響力を発揮しうる構造と状態になっている。

有権者の2.8%の投票による「トランプ圧勝」によって問われるのは民主主義ではなく、現在のアメリカ型民主主義の制度と隙間

「トランプ圧勝」の実態は、州の人口の1.7%、 有権者の2.8%の投票を獲得しただけである。しかし、こういう結果が多数の州で再現されるとトランプは共和党の候補者としてバイデンと大統領選挙を戦うことになる。これは「民主主義のあり方」が問われるという大きなテーマの話ではなく、「現在のアメリカ型民主主義の実態のあり方」が問われる話ではなかろうか。民主主義というものに課題があるのではなく、今のアメリカの制度や、制度と実行の間にあるさまざまな力学に課題があり、後者は少しずつ直していくことができる。例えばアメリカ憲法には刑罰が確定した人が大統領選に出られないとも書いていないし、刑務所にいながら選挙に出馬できない、勝っても大統領になれない、とはどこにも書いていない。これは「アメリカ型民主主義」の制度のギャップであり、これは法改正で埋めていくことは可能である。

[1] “Tyranny of the Minority”というハーバードの政治学者たちが書いた興味深い本があるが、その詳細はまた別の機会の紹介する。 https://www.penguinrandomhouse.com/books/706046/tyranny-of-the-minority-by-steven-levitsky-and-daniel-ziblatt/