メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.12.25

食料・農業・農村基本法の見直し

─ 農業村に利用される食料安全保障 ─

月刊誌『改革者』(2023年12月号)に掲載

農業・ゲノム

農業村は、高米価実現のため、減反政策で補助金を出して米生産を減少させてきた。輸入が途絶すると、国民は必要な量の半分しか食べられない。JA農協の利益のために国民の生命は危険にさらされている。危機が起きる前に農政を国民の手に取り戻すべきだ。

政府は、食料安全保障強化を名目に、食料・農業・農村基本法を見直す。食料・農業・農村政策審議会の報告をもとに法案が来年1月の通常国会に提出される予定である。しかし、見直しは、貧しい消費者を苦しめるばかりか、食料安全保障を危うくし、農業の多面的機能を損なう。

終戦時のように食料危機の際利益を得る農業界が、本来消費者の主張である食料安全保障や食料自給率向上を最も熱心に主張してきた。農業保護の増加のために利用してきたのである。今回も、食料危機を強調し、麦などの国内生産の拡大や農産物価格の引上げを要求している。

農林水産省は、穀物価格の高騰で買い負けるなどと輸入リスクを強調している。しかし、カロリー摂取に不可欠な穀物と大豆の輸入額は日本の全輸入額の11.5%に過ぎない。小麦の輸入上位3か国のインドネシア、エジプト、トルコに日本が買い負けるのだろうか。国民の飲食料費支出の85%は加工、流通、外食への支払いであり、輸入農水産物への支払いはわずか2%である。その一部である穀物の価格が高騰しても全体の飲食料費支出にはほとんど影響を与えない。

国産保護のため、輸入品には関税を課して消費者に国際価格よりも高い負担を強いている。そのうえ農業振興の財政負担もある。国産小麦と同じ負担で、その6倍の量の輸入小麦が買える。農林水産省の主張は支離滅裂である。

これまでも、農林水産省は、国民の知識のなさを利用してフェイクニュースを流してきた。日本では国際価格の高騰で食料危機は起きない。しかし、シーレーンが破壊されて輸入が途絶されれば、必要な米の半分しか供給できない。半年後に国民全員が餓死する。その原因を作っているのは農林水産省である。国民は税金を払って自らの生命を危険にさらしている。国民が真に問題視しなければならないのは、輸入リスクではなく農政リスクである。

国民は騙され続けた

食料安全保障のためだと言われて、国民は高い関税を負担して国産農産物だけでなく輸入農産物にも高い価格を支払ってきた。この消費者としての負担は4兆円を超えるうえ、国民は納税者として農業保護に2兆円ほどの財政負担を行っている。

しかし、1960年から世界の米生産は3.5倍に増加したのに、日本は4割も減少した。農林水産省は、食料危機の際に最も頼りになる米の生産を毎年3500億円もの補助金を出して減らしてきた。減反(生産調整)政策である。供給を減らして米価を市場で決まる価格よりも高めるためである。

では、誰のために? JA農協は、銀行以外の業務を行える日本で唯一の法人である。銀行事業で2349億円、保険事業で1323億円、これで272億円の農業部門、255億円の生活事業部門の赤字を補てんしている(2021年)。米価を上げることで滞留した零細な兼業農家のサラリーマン収入や農地の売却益はJAに預金され、JAは預金額100兆円を超える日本有数の銀行となった。JAはそれをウォール街で運用して巨額の利益を得た。米価が下がり零細兼業農家が農業を止めて組合員でなくなれば、こうした利益はなくなる。農家にとって価格でも直接支払いでも収益は同じである。減反による高米価はJAのためである。

自民党農林族はJA農協がまとめる票田をあてにする。農林水産省は予算獲得のために農林族の政治力を必要とする。多額の予算で実現された高米価はJA繁栄の基盤となる。JAは同省の天下り先にもなる。農政は国民のためではなく、かれら農政トライアングルのために実施されてきた。審議会で真砂靖委員(元財務省事務次官)は減反廃止を主張したが、報告書に入れることを拒否された。

食料安全保障は農業保護を獲得するための隠れ蓑だった。しかし、世界のどこに補助金を出して主食の米を減産している国があるのだろうか?戦前農林省の減反政策を潰したのは陸軍省だった。減反は安全保障と相容れない。

減反補助金を負担する納税者、高米価を強いられる貧しい消費者、取扱量減少で廃業した中小米卸売業者、零細農家が滞留して規模拡大できなかった主業農家、なにより輸入途絶時に十分な食料を供給されない国民、全てが農政の犠牲者だ。農林水産省は「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法に違反している。

食料自給率は70%に上げられる

シーレーンが破壊されると、小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入穀物に依存する日本の畜産はほぼ壊滅する。生き延びるためには、米やイモ・麦主体の終戦直後の食生活に戻るしかない。

これまで毎年2000億円以上の財政負担を行って生産している麦や大豆は150万トンに過ぎない。減反で米生産は670万トンに減らされた。減反を廃止して1700万トンの生産を行い、平時に1000万トンを輸出するのだ。危機時には輸出していた分を国内に回すことにより、終戦後の一人当たり配給量に相当する米、1600万トンを国民に供給できる。輸出は財政負担が要らない備蓄だ。

小麦と違い、米は生産のごくわずかしか輸出されない。インドの不作で米の国際価格が高騰しているように、わずかの不作で貿易量が激減する不安定な市場である。輸出上位の3か国は、インド12000トン、タイ、ベトナム、それぞれ500万トンである。日本による1000万トンの輸出は、世界の貧しい国の食料安全保障に貢献する。

国民としては、米価が下がるうえ、3500億円の減反補助金と500億円の米備蓄、計4000億円の財政負担がなくなる。減反廃止は、消費者と納税者の負担を軽減して国産生産を拡大する。財政負担を増やしてわずかな量の麦を作る必要はない。米の輸出額は2兆円となる。穀物等の輸入額1.5兆円を上回り、穀物貿易は黒字となる。買い負けの心配はない。

穀物価格を上げたEUも、生産が増え消費が減り過剰となった。しかし、同じく補助金を出しても、日本は生産を減少させたのに、EUは過剰穀物を輸出で処理した。輸出は国内消費以上に生産することなので、自給率は100%を超えた。自給率向上を主張しながら減産をする農林水産省は矛盾している。

1960年の麦生産は今の3倍の400万トン程度もあった。しかし、米農家の兼業化が進み、田植えの時期が麦収穫後の6月から集中して休みがとれる5月初めになったため、水田二毛作はなくなり、麦生産は激減した。米農業の構造改革を行い、主業農家主体の水田農業となれば、二毛作による麦生産は復活する。減反廃止と二毛作復活で、食料自給率は今の38%から70%になる。

さらに、減反廃止による米作付け拡大は、水資源の涵養や洪水防止など水田の〝緑のダム〟としての機能を増大させる。山から流れる栄養豊富な水を利用する米生産は、〝持続的農業〟そのものである。二毛作は無酸素の湛水状態と酸化的な畑の状態を繰り返すので、雑草の抑制、土壌病害の低下、土壌物理性の改善などの効果が加わり、肥料・農薬の投入をいっそう減少できる。

ところが農林水産省は、減反補助金を払わなくて済むよう水田を畑地化しようとしている。同省は、自身が推進する、化学肥料・農薬を減少させる〝みどりの食料システム戦略〟に違反している。

構造改革で明るい農村を

医療のように、財政負担が行われれば、国民は安く財やサービスの提供を受けられる。しかし、米の減反は補助金(納税者負担)を出して米価を上げる(消費者負担増加)という異常な政策である。国民は納税者として消費者として二重の負担をしている。主食の米の価格を上げることは、消費税以上に逆進的だ。

減反を廃止すれば米価は下がり、コストが高い零細な兼業農家は耕作を止めて主業農家に農地を貸し出す。主業農家に直接支払いを交付すれば、これは地代補助となり、農地は円滑に主業農家に集積する。規模拡大で主業農家のコストが下がると、その収益は増加し、元兼業農家である地主に払う地代も上昇する。都府県の平均的な農家である1ha未満の米農家の農業所得は、ゼロかマイナスである。ゼロの所得に20戸をかけてもゼロである。しかし、20haの農地がある集落なら、一人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと1500万円の所得を稼いでくれる。これを地代として元農家の地主に配分した方が、集落全体のためになる。

農地に払われる地代は、地主が農業のインフラ整備にあたる農地や水路等の維持管理を行うことへの対価である。健全な店子(主業農家)がいるから、家賃によってビルの大家(地主)も補修や修繕ができる。このような関係を築かなければ、農村集落は衰退する。農村振興のためにも、農業の構造改革が必要なのだ。

〝適正な価格形成”ではなく直接支払いを

農林水産省は、「デフレにより生産コストが増加しても価格を上げることができない問題が深刻化しているため、〝適正な価格形成〟が必要だ」という。

しかし、これは食料品価格上昇に直面している国民をさらに苦しめる。フードバンクやこども食堂に依存している人たちもいる。輸出の増進を強調しながら、競争力を悪化させる価格引き上げを行うことは矛盾している。国内の農産物価格が上昇すると、高い関税を引き下げることはできなくなり、通商交渉はますます難しくなる。

小麦、バター、牛肉のように、消費者は国産品の高い価格を維持するために、輸入品に対しても高い関税を負担している。国産品の価格と国際価格との差を財政からの直接支払いで補てんすれば、消費者は、国産品だけでなく輸入品の消費者負担までなくなるというメリットを受ける。農業に対する保護は同じで国民消費者の負担を減ずることができる。

農地資源保護のための確固たるゾーニング、農地法廃止を

輸入が途絶した後の1年間は輸出していた米を食べればよい。しかし、それ以降も、国内生産で対応しようとすると、石油の輸入も途絶するので、農業機械、肥料、農薬の使用は困難となり、農地面積当たりの収量(単収)は大幅に減少する。このとき国民に終戦直後と同程度の食糧を供給しようとすると、1000ha以上の農地が必要となる。

ところが、1961年に農地は609haに達し、その後公共事業などで約160haを造成した。770haの農地があるはずなのに、430haしかない。日本国民は、この差の340haを、半分は宅地等への転用、半分は耕作放棄で喪失した。これだけの農地を潰して巨額の転用利益を得たのは農家であり、JAは転用利益を運用して大きな利益を得た。

ヨーロッパは、土地の都市的利用と農業的利用を区別するゾーニングで農地を守っている。農地法ではない。ゾーニングを徹底したうえで、農家以外の若い人がベンチャー株式会社を作って農業へ参入することを否定している農地法は、廃止すべきだ。

食糧安全保障も多面的機能も、農地を維持してこそ達成できる。それなら、品目ごとの農業政策や就農補助などこまごました補助事業は全て廃止して、農地面積当たりいくらという直接支払いを行えばよい。これは、EUが長年の改革の末到達した農業保護の姿である。農林水産省の組織・予算は大幅にスリム化できる。

ゲノム編集と食料安全保障

ゲノム編集によって単収が多い品種改良が実現すれば、食料安全保障に貢献するばかりか、少ない化学肥料等で生産できるので環境保護にも貢献する。

減反政策で、米の単収を増加させる品種改良はタブーとなった。1960年頃は日本と同じだったカリフォルニアの単収は今では日本の1.6倍となっている。日本の半分だった中国にも追い越された。単収とは生産性である。減反が米の生産性を抑制した。

また、生産量を抑制された中で食味の良い米のため、体内で合成できないタンパクの少ない米の開発が行われてきた。これまでの品種改良とは、質量ともに食糧危機への対応とは、逆方向を向いてきた。ゲノム編集などを活用して、品種改良の取り組みを大転換すべきである。

最後に

ある大手食品会社の取締役から、オランダ農業が農産物輸出世界第二位に躍進した理由を問われた際、とっさに「農業省を廃止して経済省に統合したからです」と答えた。戦前の農林省は、小作人のために地主階級の利益を代弁する帝国議会と対立した。70年頃まで構造改革を主張する同省は零細農家を温存したいJAと対立した。既得権者の利益しか考慮しなくなった農林水産省の終活をするときが来たように思う。