メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.12.08

「農家の高齢化で、日本人に餓死の危機」はウソである…専門家が「むしろ農家はもっと減らすべき」と説くワケ

JAと農水省の主張」にダマされてはいけない

PRESIDENT Online(2023年12月1日)に掲載

農業・ゲノム

高齢化で農業の担い手が減っていることで、主食であるコメの生産が危機的状況に陥るという報道が相次いでいる。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「報道の前提が間違っている。減少しているのは非効率な小規模農家なので、むしろ農家が減ったほうが効率化が進み、生産量が増える可能性がある」という――。

農家が減るとコメ不足になるのか

20231126日のNHKスペシャルは「シリーズ 食の“防衛線” 第一回 主食コメ・忍び寄る危機」 と題して、農業収益の減少や高齢化による農業労働力の減少によって2040年には米の生産が需要を賄えないほど大幅に低下すると主張した。これは、間違っているだけでなく、コメ政策の根本的な問題から国民の目を逸らすものだ。

こうした報道に接するのは2回目である。

2023918日付の日本経済新聞「農家が8割減る日 「主食イモ」覚悟ある?」は、2050年まで国内の農業人口が8割も減少し、生産が激減するので、国民に必要なカロリーを供給するにはイモを主食にしなければならないと主張している。この記事は、2050年にかけて、農家経営体数は84%減少し、農業生産額は52%減少するという三菱総合研究所マンスリーレビュー202212月号の「2050年の国内農業生産を半減させないために」を基にしているようだ。

NHKスペシャルでも、2040年にはコメの生産量は351万トンで156万トン不足するという三菱総合研究所の試算を紹介している。日本経済新聞の記事等については、元日本銀行政策委員会審議委員の原田泰氏が、次のように批判している(「農家が8割減って「イモが主食」は本当?→むしろ日本の農業に好都合なワケ2023102日付ダイヤモンドオンライン)。

「販売金額の少ないところでは多くの経営体があり、販売金額の多いところでは経営体数は少ない。農産物の販売は、金額の多い経営体に集中している。数でいうと11.8%の経営体が、販売額の77.8%を占めている。すなわち、経営体が9割減っても、8割の生産物を維持できる」。また、規模の大きい層の生産は拡大しており、小さな経営体が廃業しても規模の大きい層が農地を吸収するので供給には心配はないとする。

農業を専門にする私が指摘しなければならないことを原田泰氏に指摘していただいたようである。実際にも規模が比較的大きい5ヘクタール層が耕作する田の面積シェアは2015年の42.9%から2020年には53.1%に増加している。日本経済新聞の記者も三菱総合研究所の担当者も農業についてはアマチュアなのだ。

農家が減っても農業生産額は変わらない

日本経済新聞や三菱総合研究所の間違いは、次のグラフ(図表1)から一目瞭然だろう。農業生産額は農業就業者ほど減っていない。ということは、一人当たりの生産額は大幅に上昇していることを示している。

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NHKスペシャルの前提は完全に間違っているのである。それだけではない。内容に大きな矛盾があるうえ、公共放送なのに国民が知るべき重大な問題を避けている。

農業保護強化を訴える報道になっている

NHKスペシャルの概要を紹介しよう。

米は国民の供給熱量の2割を占めていることを紹介したうえで、収益の低下や高齢化で、農地の耕作放棄が増えていると指摘する。外国からの労働力に頼ろうとしてもヨーロッパの賃金が高いので日本に来てくれなくなっている。農家に高い米価を保証していた食糧管理制度が廃止されてから米価は大幅に低下している。規模を拡大すると10ヘクタールまではコストは低下するが、それ以上になるとコスト削減は頭打ちとなる。スイスでは農業保護を憲法で規定している。また、いくつかの地方で、農家に高い価格を払って有機栽培米を学校給食で供給しようとする動きがある。さらに、農家と消費者が対話する“自給圏”という考えを紹介している。

つまりNHKスペシャルは「農業保護」の必要性を訴えている。これは、農業界が食料自給率を問題視するときと同じやり方である。食料自給率が38%で海外に6割以上を依存していると言えば、国民は「農業保護が必要」と受け止める(参考記事 「台湾有事が起きれば日本国民は半年で餓死する…『輸入途絶の危機』を無視する農林水産省はあまりに無責任だ」。

食料自給率向上や国消国産を唱えるJA農協とNHKは親密である。一緒に、日本農業賞や食料フォーラムを開催している。このNHKスペシャルにもJA農協の関係者は多く登場しているし、最後に登場した鈴木宣弘氏は東大農学部教授でありながら長年JA農協の研究所長を兼務していた。

農家戸数を減少させて農家の規模拡大を図るという構造改革に反対し、小さな農家も含めて農家を丸抱えしようとするのもJA農協の主張である。“自給圏”はJA農協の国消国産を想起させる。NHKスペシャルの内容は、JA農協の主張とそっくりなのだ。

「イチゴ農家」と「コメ農家」を一緒に論じてはいけない

農業を議論する人たちに共通の問題がある。

製造業には、自動車産業、繊維産業、鉄鋼業、セメント工業など、異なる業種がある。工場で生産される点で共通するところがあるとしても、自動車とセメントを同じように議論する人はいないだろう。農業も同じである。土地を多く使用するコメや小麦などの農業と土地よりも労働が必要な野菜や果樹などの農業は、生産も経営も全く異なる。自然や生物を相手にするという点で共通しているだけである。さまざまな農業があるのに、国民の多くは、農業は全て同じだと考えてしまうのである。

確かに、イチゴやブドウ農家は多くの労働を必要とする。コロナ禍で外国人研修生がいなくなって悲鳴を上げたのは、彼らである。しかし、NHKスペシャルが対象に挙げたコメは違う。機械化の進展で、都府県では標準的な1ヘクタール規模のコメ作なら、年間27日だけの労働で十分である。

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コメ作に多くの労働力は必要ない

確かに1951年では、年間251日の労働が必要だった。米と書いて八十八手間がかかると言われた時代だった。しかし、機械化が進み、今のコメ作りなら、平日会社勤めをするサラリーマンが週末田んぼに出るだけですむ。最も手間暇のかからない農業なのだ。さらに規模が大きくなると、面積当たりの労働時間はいっそう減少する。

コメ作は大規模化することで収益向上する

今の農家が高齢化して農業の跡継ぎがいなくなって農家人口は減少するという。また、耕作放棄して農地がなくなっていくという。これは農業収益が低いからである。解決するには、農業収益を高めればよい。

10年前に出された“増田レポート”は、人口減少でかなりの市町村が消滅するというショッキングな内容だった。秋田県は秋田市も含め一つの村を除いて壊滅するとした。その一つの村というのは、全戸農家で、しかもほとんどがコメ農家の大潟村である。

一戸当たりの規模はほぼ20ヘクタール。都府県の平均的な規模の20倍である。コメのような土地利用型農業では、次の図(図表3)のように、規模が拡大すると大型機械で効率的に作業・生産できるので、コストは下がる。所得は売り上げからコストを引いたものなので、規模拡大によって所得は増加する。大潟村の一戸当たりコメ所得は1400万円である。子供たちは東京の大学に進んでも必ず村に戻る。全戸後継者がいるので、村は消滅しない。

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出所=「平成30年農業経営統計調査」より作成

農地維持のためにも農家の数は減らしたほうがいい

都府県の平均的な農家である1ha未満の農家が農業から得ている所得は、ゼロかマイナスである。ゼロの米作所得に、20戸をかけようが40戸をかけようが、ゼロはゼロだ。しかし、30haの農地がある集落なら、1人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと、1600万円の所得を稼いでくれる。これをみんなで分け合った方が、集落全体のためになる。

農地面積が一定で、一戸当たりの農家規模を拡大するということは、農家戸数を減少させるということである。特に、コメ作には規模の小さい非効率な兼業農家が多すぎる。農業で生計を立てている主業農家は9%に過ぎない。

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大家への家賃が、ビルの補修や修繕の対価であるのと同様、農地に払われる地代は、地主が農地や水路等の維持管理を行うことへの対価である。地代を受けた人は、その対価として、農業のインフラ整備にあたる農地や水路の維持管理の作業を行う。地主には地主の役割がある。

健全な店子(担い手農家)がいるから、家賃でビルの大家(地主)も補修や修繕ができる。このような関係を築かなければ、農村集落は衰退するしかない。農村振興のためにも、農業の構造改革が必要なのだ。

安直な「農業保護強化」は国民負担を高める

NHKスペシャルは、米価(60キログラム当たり)は、1995年まで食糧管理制度で政府がコメを買い入れていた時代の21000円から年々下がり、今では14000円になっていると指摘している。農業保護が少なくなって農業収益が落ちたので、農業者数が減少し、耕作放棄が増えたのだと言いたいのだろう。

しかし、農業収益を上げるために農業保護を高めるというのは安直な方法である。米価を上げれば消費者が、補助金を上げれば納税者が負担する。つまり、国民の負担増加に跳ね返るのである。国民負担を高めることなく、規模拡大でコストを下げて農業収益を上げるという王道は、NHKスペシャルでは触れることもなかった。

それだけではない。少しでも経済の勉強をした人なら、需要が高まれば価格は上がり、供給が増えれば価格は下がることを知っている。農業就業者数が減少して供給が不足しているのであれば、米価は上昇しているはずなのに、NHKスペシャルが指摘するように、その逆である。NHKスペシャルが報道した主張と事実は大きく矛盾しているのだ。

米価が下がってきたということは、(農業就業者数は減少しているにもかかわらず)供給が需要を上回って推移したということである。将来農業就業者数が減少しても、コメの供給に心配いらない。NHKスペシャルが一生懸命指摘しようとした問題は、そもそも存在しないのだ。

食料危機を招く本当の原因は「減反政策」

これまでも、将来も、供給は需要を上回り続ける。だから、米価の低下をできる限り抑えるため、補助金で供給を減らして米価を市場で決まる価格よりも高くする減反(生産調整)政策を50年以上も続けているのだ。

減反を止めて、カリフォルニア米並みの収量のコメを作付けすれば、コメの生産は今の670万トンから1700万トンまで拡大する。国内で消費しないコメは輸出する。小麦等の輸入が途絶する際は、輸出していたコメを食べればよい。併せて二毛作を復活させて麦生産を増やせば、食料自給率は70%まで上がる。正しい政策は減反の廃止である。

1960年から世界の米生産は3.5倍に増加したのに、日本は4割も減少した。NHKスペシャルもコメは主食だという。しかし、農業界は、食料危機の際に最も頼りになるコメの生産を毎年3500億円もの減反補助金を出して減らしてきたのだ。減反を廃止すれば、コメの生産が拡大するうえ、3500億円の国民負担がなくなる。

輸出はいざというときの無償の備蓄の役割を果たすので、現在100万トンのコメ備蓄にかけている500億円の財政負担も不要になる。国民は食料安全保障を確保したうえで、併せて4000億円の国民負担を解消できる。

「税金」と「高価格」の二重負担を課せられている

NHKスペシャルはスイスの農業保護政策を紹介していたが、OECDによると、日本の農業保護は、EUや中国の2倍以上、アメリカの4倍以上である(※)。食料安全保障のためだと言われて、国民は高い関税を負担して国産農産物だけでなく輸入農産物にも高い価格を支払ってきた。この消費者としての負担は4兆円を超えるうえ、国民は納税者として農業保護のために2兆円ほどの財政負担を行っている。

特に、減反政策は、補助金を農家に与えて生産を減少させて消費者が購入するコメの価格を上げる、つまり納税者と消費者に同時に負担させるという、他に例を見ない異常な政策である。減反補助金を負担する納税者、高米価を強いられる貧しい消費者、取扱量減少で廃業した中小米卸売業者、零細農家が滞留して規模拡大できなかった主業農家、なにより輸入途絶時に十分な食料を供給されない国民、一部の既得権者を除いて、全てが農政の犠牲者だ。

※「Agricultural Policy Monitoring and Evaluation 2023」の国別レポート、「日本」「EU」「中国」「アメリカ」に記載された202022年の%PSEProducer Support Estimate、農家の受取額に占める価格支持と財政負担の割合)から筆者が算出。

得をしているのはJA農協

では、誰のために減反政策は維持されるのか。

JA農協は、銀行以外の業務を行える日本で唯一の法人である。銀行事業で2349億円、保険事業で1323億円、これで272億円の農業部門、255億円の生活事業部門の赤字を補塡(ほてん)している(2021年)。米価を上げることで滞留した零細な兼業農家のサラリーマン収入や農地を宅地等に転用した膨大な売却益はJAに預金され、JAは、貯金額100兆円を超える日本トップレベルの銀行となった。JAはそれをウォール街で運用して巨額の利益を得た。米価が下がり零細兼業農家が農業をやめて組合員でなくなれば、こうした利益はなくなる。減反による高米価はJAのためである。

JA農協は農家戸数や農業従事者の減少を食い止めるに組織的な利益があるのだ。逆に農家戸数が減少すると政治力が減少する、農家、特に兼業農家が減少するとJAバンクの預金額が減少するというデメリットがある。JA農協は、これをなんとか食い止めたいと考えているのではないか。

NHKスペシャルに出演したJA農協関係者の発言とは異なり、JA農協は懸命になって減反=コメの生産減少の音頭をとってきた。そのJAの利益を守る農林水産省は「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法に違反している。減反の問題を指摘できない公共放送も同じなのだろう。しかし、われわれはJAの利益を守るために受信料を払っているのだろうか?