メディア掲載  財政・社会保障制度  2023.11.27

診療・介護報酬改定の課題(下) 薬剤、「費用対効果」評価を徹底

日本経済新聞【経済教室】(2023年11月17日)に掲載

医療政策

高額薬剤が近年相次いで導入され、高齢化もあいまって薬剤費の高騰が懸念されている。2024年度の診療報酬改定でも薬剤費の扱いは焦点となっている。

 16年12月に政府が示した「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」では、効能追加などの際に年4回薬価を見直すこと、価格かい離の大きな品目を対象として毎年価格を改定することなどの対策がとられた。また19年には費用対効果評価制度が本格導入され、費用対効果に課題のある薬剤については価格引き下げがなされるようになった。その後、米国で高額販売されている認知症治療薬が日本でも承認され薬価収載のプロセスを控えることもあり、費用対効果評価の意義や役割が改めて注目されている。

 費用対効果評価制度は諸外国では、医療技術評価(HTA)の一環として実施されている。1999年には英国で国立医療技術評価機構(NICE)が創設され、一部の抗がん剤について費用対効果に課題があるとして国民医療制度(NHS)での使用を非推奨としたことなどで、世界的に広く知られるようになった。

 日本では薬事法に基づく製造承認から保険収載までの期間を原則60日以内、遅くとも90日以内にすることになっている(図参照)。一方、英国などでは製造承認後に医療技術評価の手続きがあり、公的医療での使用の可否や価格について検討される。英国では約1年、欧州連合(EU)では平均約500日を要している。費用対効果などに課題がある場合には、価格引き下げや使用制限が課されたり、非推奨となり公的医療で実質的に使用できなくなったりすることもある。

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 日本では新薬の公定価格(薬価)を決める際には、類似薬効比較方式もしくは原価計算方式が用いられる。

 類似の既存薬がある場合には、原則として類似薬効比較方式で算定され、有効性や安全性により優れた点がある場合には補正加算が認められる場合がある。一方、類似の既存薬がない場合には原価計算方式が用いられる。価格設定の根拠となる費用にかかる情報を基に製造原価を算定し、これに標準的な営業利益などを加えた価格が基本となる。

 革新的な医薬品の多くは原価計算方式が採用されるが、海外企業の開発品の場合には原価の内訳に関する開示度が極めて低くなるケースが多く、価格の妥当性を巡る課題が指摘される。これを補うため、費用対効果評価が一定の役割を担うことが期待されている。

 ただ日本の費用対効果評価は英国と異なり、償還(保険診療での使用)の可否の判断には用いられない。従来の方法でいったん薬価を決めて償還された後で、費用対効果評価の結果に応じて価格調整をする。これまで費用対効果評価により価格が下がった品目は22品目であり、最大9.4%の引き下げとなっている。

 日本の費用対効果評価の課題として、諸外国に比べ価格調整幅が少ないこと、現場での適正な医薬品選択や使用に十分反映されていないことが挙げられる。

 費用対効果の結果を基に保険償還から外すことには倫理的な課題もあり、中央社会保険医療協議会(中医協)で合意が得られていない。だがいくら精緻に薬価を決めても、診療現場で効率的に使用されなければ薬剤費適正化に資する効果は限定的だ。筆者は、償還の可否でなく、より緩やかな方法で医療現場での医薬品の効率的な利用に反映させることも可能だと考える。

 第1に各臨床学会が定める「診療ガイドライン」の中に、費用対効果評価の結果を導入することが望まれる。日本では診療ガイドラインを患者の視点で作成するのが一般的だ。患者にとって有益な治療を推奨することが役割とされ、通常は財源への影響や費用対効果については考慮されない。だが既存治療より有効性が優れているからといって、財源への影響を無視して超高額の新規治療を推奨するのは無責任ともいえる。

 診療ガイドライン作成時に高額の診療行為について推奨・非推奨を検討する際には、社会・経済の視点もあわせて考慮することを必須とすべきだ。診療ガイドライン作成に大きな影響がある日本医療機能評価機構が発行する「診療ガイドライン作成マニュアル」でもその点を強調すべきだ。

 第2に各地域で医薬品の推奨リストを共有する「地域フォーミュラリ」への利用が挙げられる。日本の場合「病院など医療機関で作成する採用医薬品リスト」の発展版で、一定の地域内の複数の医療機関で共有し運用する処方推奨薬リストを示している。地域での医薬品の使用状況や供給の状況を踏まえ、各地域に最適化した医薬品リストが開発されており、効果が同等の医薬品が複数ある場合にはより薬価の安いものを第1選択とするのが一般的だ。

 現状では高血圧などいわゆるコモンディジーズ(ありふれた病気)を中心としたリストとなっているが、「費用対効果」の概念を導入することで、高額薬剤についても使用の適正化を図ることも可能になろう。

 第3に厚生労働省が作成する「最適使用推進ガイドライン」に費用対効果の要素を加味することが考えられる。政府の「骨太の方針2016」に革新的医薬品の使用最適化を推進する方針が明記されたことから、同ガイドラインの導入が始まった。最新の科学的見地に基づく最適な使用を推進する観点から、承認にかかる審査と並行してガイドラインを作成し、当該医薬品の使用にかかる患者および医療機関などの要件、考え方、留意事項を示している。

 現状、18医薬品と6再生医療等製品について、対象疾患別に延べ50のガイドラインが作成されている。骨太の方針2016では「費用対効果評価の導入と併せ、革新的医薬品等の使用の最適化推進を図る」と、両者が独立した施策として書かれているが、これらを融合させて、同ガイドラインで費用面についても考慮に入れることが望まれる。

 認知症治療薬の薬価収載を控え、中医協で費用対効果評価のあり方を巡る議論が白熱している。日本の制度では「費用」として公的医療費のみを算出していたが、公的介護費用に及ぼす影響や、家族介護などのコストも計算に含めるべきだとの指摘がある。また「効果」の指標として患者本人の健康状態すなわちQOL(生活の質)を算出対象としていたが、認知症患者からは必ずしもQOLを直接把握できない。介護者・家族あるいは広く社会に及ぼす多面的価値を評価すべきだとの意見も出ている。

 さらには、費用対効果の基準値を一律に定めるのではなく、疾患特性に応じて基準を変更すべきだとの指摘もある。実際に英国、オランダ、ノルウェーなどでは、若年層や、従来治療では予後が思わしくない人について費用対効果の基準を緩和するようになった。

 24年度の診療報酬改定の議論を通じて、費用対効果評価に基づく薬剤の適正な価格設定や、医療現場での効率的な使用が推進されることを期待したい。