メディア掲載  外交・安全保障  2023.11.07

台湾有事シミュレーション 第三回 脆弱なインフラと自衛隊の課題

Voice11月号

国際政治・外交 東アジア

 本連載はキヤノングローバル戦略研究所が20227月に立ち上げた「ポスト・ウクライナ戦争後の東アジア国際秩序」と名付けた研究会の議論をもとに、台湾有事を具体的にシミュレーションしたうえで、わが国の防衛力を真に高めるためにどうすればよいか、どのような障害があるのか、その障害を乗り越えるうえでどのような課題があるのか、浮き彫りになった問題点を提起することを目的としている。「机上の空論」とならないように、「中国軍が台湾併合をめざして軍事侵攻に乗り出した」というシナリオをもとに、日本や自衛隊が抱える課題を洗い出して検証していく。

 シナリオ――202X年5月、中国人民解放軍は台湾にミサイル攻撃を開始。台湾軍の主要施設やインフラなどが破壊された。中国軍は艦艇を派遣して台湾を事実上封鎖し、上陸作戦を始める。これに対し、台湾陸軍は応戦し、米軍も東アジアに展開を始めた。日本周辺でも情勢が緊迫する。

 本連載の過去二回では、台湾海峡の情勢が緊迫した際に「事態認定」で戸惑う政権と開戦後の国民保護、さらには諸施設の利用や民間企業の協力をめぐる混乱をシミュレートしたうえで、問題の背景を考察した。以下に記すのはそれ以降のシナリオである。

6.脆弱な通信インフラ

【南西諸島を中心とする前線の自衛隊の劣勢は、日に日に濃厚となった。緒戦の中国軍によるミサイル攻撃によって沖縄と九州にある自衛隊の司令部は破壊され、本州の空港・港湾の使用にも難航したため、増援部隊の派遣が大幅に遅れていた。その間、宮古島に数十人の中国軍の特殊部隊がパラシュートを使って上陸。自衛隊は戦後初めて、日本の領土において武力行使をすることとなった】

 宮古島の島民の島外避難はほとんどできていないにもかかわらず、島内には安全地帯やシェルターがない。島民は混乱に陥った。自衛隊の駐屯地/や分屯基地に保護を求めてくる者も相次いだ。こうした逃げ惑う島民の様子がSNS上で拡散され、さまざまな情報が飛び交った。

「自衛隊は武力紛争法上、攻撃してはならないとされている神社や病院に陣地を築いている」

「避難民のいる小学校に臨時司令部を置き、島民を『人間の盾』として利用している」

「宮古島郊外で、銃殺された島民の遺体が発見された。この島民は自衛隊の足手まといとなったため殺害された」

 いずれも、島内の混乱した状況を見て利用した中国による情報戦だった。中国の政府や軍に有利なネットの書き込みをして対価を受け取る「五毛党」と呼ばれる民間のサイバー要員による偽情報が拡散されたのだ。

 国際社会では、宮古島における自衛隊の対応に対して批判の声が高まった。いずれの情報も偽情報であり、自衛隊員にとっては身に覚えのないものだった。日本政府は反証するための証拠集めを始める。統合幕僚監部は証拠となる現地の状況を把握するため、方面総監部(司令部)を通じて宮古島の部隊に対し、現場の動画と写真を送るように指示を出した。

 ところが、どういうわけか現場からは一向にデータが送られてこない。なぜならば、自衛隊員のヘルメットや車両などの装備品には動画や写真を撮影するカメラが装着されておらず、戦況を記録することができなかったからだ。そのため仕方なく広報業務用のデジタルカメラを流用して撮影する運びとなった。

 隊員らはなんとか撮影した動画を送ろうとしたが、上手くいかない。現場部隊と統合幕僚監部や司令部とをつなぐ海底ケーブルが切断されていたのだ。

 仕方がなく、衛星回線を通じて方面総監部・司令部や統合幕僚監部との連絡を試みた。だが、自衛隊が使用するために借り上げている商用の衛星回線は、民間の通信需要と競合したために通信速度がきわめて遅かった。画素数が低い画像ですら送信途中でエラーとなり、一枚の写真を送るのに10分以上かかった。やむを得ず動画の送信は諦めて数枚の写真を厳選して送ることにして、文字で現場の状況を書き起こして司令部に報告することにしたのだが、官邸からは「客観的証拠のない文字だけでは現場の状況が分からないし、写真がないとメディアも納得しない。これでは現場の状況がよくわからない」と叱責された。

 数日後、現地の自衛隊員は宮古島内の状況の写真と動画を撮影することができたが、それもリアルタイムの証拠ではなかった。また動画は通信速度の関係で送ることができなかったため、国民や国際社会に向けた反証としては時機を失しており説得力を欠くものとなった。

【問題の背景】

 自衛隊は内部で閉ざされた自前の通信網をもっている。そのほとんどが駐屯地やレーダー基地の鉄塔のアンテナを使った無線通信だ。ただ、こうしたアンテナは見通しの良い高い場所に設置されているため、敵のミサイル攻撃に狙われやすく簡単に破壊されてしまう。

 とくに台湾有事で最前線となる南西諸島は、地理的に複数ルートでの通信網を構築しにくい。自衛隊は自前の通信網が使えなくなると、民間の海底ケーブルや人工衛星などの借り上げ回線に頼らざるを得ない。しかし海底ケーブルの位置は周知の事実であるため、簡単に切断されてしまう恐れがある。人工衛星も妨害を受けることが予想される。すなわち、有事には高い確率で、南西諸島と本土とのあいだの通信が途絶することが懸念されるのだ。

 また、ロシア・ウクライナ戦争では、ロシア軍が関与したとみられる戦争犯罪行為を、当のロシア側が「ウクライナ軍の仕業だ」と報道したりSNSで拡散したりする情報戦が展開された。ロシアと同じく中国も有事の際に日本に対して偽情報を拡散したり自衛隊の「戦争犯罪行為」をでっちあげたりする可能性がある。

 一方、自衛隊は証拠を動画で撮影する装備品をほとんどもっていない。着用できる装備品を保有しているのは陸上自衛隊の一部に過ぎない。たとえば、航空自衛隊がスクランブル発進して領空侵犯してきた外国の軍用機を上空で撮影して公開しているが、その写真は戦闘機のパイロットが操縦中に、わざわざデジカメを取り出して構えて撮影したものなのだ。隊員に負荷をかけずに自動で動画撮影などができるカメラは、隊員にほとんど行き渡っていないのが現状だ。

 このために、自衛隊としては肝心の有事の際、客観的な反証材料を十分に集めることができない。そのため、敵国が偽情報を発信した場合、それを打ち消す証拠を提示できない可能性がある。結果として、敵国による虚偽情報の拡散を許してしまい、情報戦で敗北することになりかねない。

7.戦死者・遺体の取扱い

【日本側の戦況の悪化に伴って、犠牲者がしだいに増えた。なかでも、緒戦における中国のミサイル攻撃によって多数の自衛隊員のほか、基地内や避難途中の市民も犠牲となった。急増する犠牲者の遺体の扱いの問題が急浮上した】

 自衛隊員は自衛隊法によって、墓地埋葬法の適用除外の規定がある。墓地以外への埋葬や火葬場以外での火葬が許容されるほか、埋葬・火葬時に市町村長からの許可を受ける必要がないことになっている。

 だが、現実は違った。自衛隊員は実家から離れたところで勤務している者が多く、戦死者を部隊で火葬や埋葬することに対して遺族らから強い反対があり、遺体の保存を求める声が相次いだのだ。

 ところが、自衛隊は遺体を消毒や保存処理して長期保存する「エンバーミング(遺体衛生保全)」の技術や装備をもっておらず、遺体を安置する独自の冷凍施設もない。エンバーミングや火葬ができる地元の葬儀業者はいずれも避難しており連絡がとれないが、そのまま遺体を放置すれば腐敗して本人の判別が難しくなるうえ、伝染病が流行する恐れもあった。

 現場の部隊は悩み抜いたうえで、できるかぎり遺体の写真を撮ったうえで、駐屯地や基地の一角に埋葬することにした。遺族のもとには後に骨や身体の一部が返還されたものの「骨壺だけが帰ってくるなんて、先の大戦のようだ」「この骨は本当にうちの家族のものなのか」「最期の別れすらできずこんな姿になるのなら、わが子を自衛隊に入れるのではなかった」という批判の声が巻き起こった。

 さらなる問題は犠牲となった国民の遺体の対応だった。一般国民には墓地埋葬法が有事の際でも適用される。そのために火葬場以外での火葬はできず、火葬する際には市町村長の許可が必要となる。だが先述の通り、火葬ができる葬儀業者は避難してしまい、市町村役場も許可を出すどころではない。かくして国民の遺体は、野晒しのまま朽ち果てていくこととなった。

【問題の背景】

 自衛隊と日本の法制度が有事を真剣に想定できていない分野として、戦死者・遺体の取り扱いが挙げられる。

 本シナリオで紹介したように、自衛隊は有事において、火葬の許可の不要や墓地以外への場所への埋葬ができるという規定がある。しかし、遺族の感情を考えれば、本当に現場部隊で火葬や埋葬をしてもよいものか、疑問が残る。

 火葬後の遺骨ではDNA鑑定ができず、誰の遺体か判別できなくなる。火葬前に個人を特定できればよいが、爆風でバラバラになったり焦げたりした遺体は、個人の判別が難しいケースが多い。とくに有事の際には、一つひとつの遺体を時間をかけて弔う時間がない。そうなると、現場で火葬するしかないのが現状だろう。しかしその場合、火葬前に個人の識別を丁寧に実施することは難しいという問題が残る。

 また埋葬については、最前線の戦場であれば火葬せずにそのまま埋葬することもありうる。しかし遺体を回収した部隊が火葬後に埋葬するという順で実施するのであれば、戦後に遺族に返還すべき遺骨を、現場でわざわざ埋葬する意義はあまり見いだせない。

 もっとも望ましいのは火葬も埋葬もせず、遺体をエンバーミング処理して、生前の状態をできるだけ保ったまま遺族に返還することだろう。だが自衛隊の部隊はエンバーミングのための器材、薬品、技術を一切もっておらずほぼ不可能だ。

 以上のように、自衛隊員の遺体の取り扱いについては法に有事の適用除外が規定されているにもかかわらず、どの方法をとっても問題が残る。

 自衛隊員以外の一般国民は、さらに悲惨な状態となる。有事でも墓地埋葬法がそのまま適用されるため、火葬も埋葬もスムーズにできない。遺体の取り扱いを所管するのは災害時と同じく、一義的に地方自治体になる。しかし、有事に地方自治体は戦況の掌握や政府との調整、国民保護、被害復旧などで多忙をきわめることが予想されるため、遺体関連の業務にまで手が回らない可能性が十分ある。

8.自衛隊員の戦意の喪失

【戦況の悪化に伴って、自衛隊員の戦意が急激に下がってきた。「死ぬのが怖い」という置手紙を残して行方不明になる隊員が続出したほか、上官の命令に従わずサボタージュする者、敵国に買収されて内部の情報を流す者が現れた】

 日本の若者の価値観が多様化するなかで、「肉体的にきつい」「規律が厳しい」というイメージを払拭できなかった自衛隊は、入隊者の定員割れが続き、以前では合格できないようなレベルの志願者も採用するようになっていた。その結果、平時には現役自衛官が凶悪犯罪で逮捕されたり、高額な報酬につられて他国に機密文書を売り渡したりするといった事件が続発するようになった。

 これらの事件により、指揮官は本来の任務よりも部隊の士気の維持、さらには部下の機嫌取りに忙殺されるようになった。自衛官による犯罪が続いた一部の地域では自衛隊に対する批判が高まり、駐屯地の移転・廃止を求める運動も起こった。その結果、隊員の募集はますます難しくなるという悪循環に陥った。また自衛隊員による相次ぐ機密漏洩事件によって、米国からの信頼を失ってしまい、日本側への秘密情報や装備品の提供が停止される事態となった。

【問題の背景】

 安保三文書で目を引くのは新しい装備品の導入であるが、自衛隊員の処遇改善の具体策については、じつはほとんど触れられていない。たとえば、寒冷地に勤務する陸上自衛官は自費で高額・高性能の防寒具を購入し、厳冬期の野外演習に参加することが日常化している。また、全国の駐屯地に勤務する自衛隊員は庁舎の清掃費を給料から強制的に徴収されているケースがいまだにある。増加する任務や災害派遣などで多忙なため、自前で清掃ができなくなっており、清掃業務を業者に委託しているためだ。いまだに庁舎内や敷地内の清掃をすべて自分たちでやらなければならない公務員などほとんどおらず、時代に合致していない処遇といわざるを得ない。

 業務内容に比べて給料も十分とはいえない。訓練や演習、災害派遣が急増しているにもかかわらず、基本給に一定程度の上乗せ分が含まれている代わりに、残業代はゼロのまま。とくに艦船で警戒監視などの任務に当たっている海上自衛官は土日など関係なしに洋上で任務を遂行することになるが、人出不足から寄港後に代休を取ることもままならない状態だ。さらに任務内容によっては行き先や期間を身内にも秘して長期間不在になるため、家族の生活にも不安が残る。給与面の処遇を改善するのみならず、家族支援を充実させることや適切な休暇を取得させるといった当たり前のことができていない状況なのである。

 福利厚生も他国に比して貧弱である。たとえば米軍の場合、ディズニーリゾートのほかホテル、ゴルフ場、航空会社から街のレストランまで軍人特典が使える店は多い。ほかにも施設によっては、ゲームや映画、ワイファイ、菓子、ドリンクなどが無料となる。また、大学卒業後に軍に入隊することを前提とした予備役将校訓練課程(ROTC)では、大学の学費が全額または大部分が援助される。そのほかにも、高校卒業者が一定期間軍で勤務すると、大学の奨学金が獲得できる制度も存在する。これらは経済的に恵まれないが、能力があって、軍で勤務する意欲のある人材獲得に一役買っている。

 わが国でも少子化により、将来には自衛官の入隊希望者が激減し、現在の定員と隊員の質を維持できなくなることが強く懸念されている。バブル景気のときには採用対象者が民間に流れてしまい、「自分の名前を漢字で書けない新隊員がいる」と言われたほど隊員の質が落ちた時代もあったが、少子化がこのまま進むと、質が低い者を採用せざるを得ない。

 こうした懸念を裏付けるデータがある。入隊して自衛官となった者に、「日本が他国から攻撃を受けたらどのようにしたいと思うか」とアンケートをとったところ、「進んで、またはやむを得ず任務を遂行する」と回答した者は全体の5割強しかおらず、「そのときにならないとわからない」が約3割、「できれば任務を拒否したい、または退職したい」と回答した自衛官が一割程度存在した。実際に「任務拒否・退職志向者」は年々増加傾向にあるという。今後優れた装備品を導入しても、それを扱う自衛官の質が低下していくのでは、わが国の防衛が成り立つのかさえ怪しくなってくる。

 今年2月、現役陸上自衛官が千葉での強盗犯罪に参加していたとして起訴されるという衝撃的な事件が起こり、6月には自衛官候補生が小銃を乱射して3名が死傷するという事件が起きた。このまま隊員の量や質が確保できなければ、安保三文書により導入した新装備品を操作・整備する者が足りなかったり、質が低い隊員が多くて高性能装備品の運用を任せられなかったりすることが起こりかねない。今後確実に起こる募集難は、自衛隊内で「静かなる有事」と呼ばれているほど深刻な問題となっている。

(続く)