コラム  グローバルエコノミー  2023.11.01

食料・農業・農村基本法の見直しに関する提言

制度・規制改革学会有志

農業・ゲノム

「山下研究主幹が農業林業分科会会長を務める制度・規制改革学会は、『食料・農業・農村基本法見直しに関する提言』と題する政策提言を発表しました。」


政府は、食料安全保障強化を名目に、食料・農業・農村基本法を見直す。5月末、農林水産大臣の諮問機関である食料・農業・農村政策審議会の「中間とりまとめ」が公表された。しかし、ここで示された政策は、低所得の消費者を苦しめ、日本の食料安全保障を危うくし、農業の多面的機能を損なう。
食料危機の際に利益を得る農業界が、本来消費者の主張である食料安全保障や食料自給率向上を最も熱心に主張してきた。農業保護の増加に役立つと考え、利用してきたのである。「中間とりまとめ」も、食料危機を強調し、麦などの国内生産の拡大や農産物価格の引上げを要求している。


1.国内生産の増大は米減反政策の廃止で
1960年から世界の米生産は3.5倍に増加したのに、日本は4割の減少である。高米価を維持するための減反(生産調整)政策によって、補助金を出して主食の米の生産を減少させてきた。戦前、農林省の減反政策を潰したのは陸軍省だったように、減反は安全保障と相容れない。
減反補助金を負担する納税者、高米価を強いられる消費者、取扱量が減少して廃業した中小の米卸売業者、零細農家が滞留して規模拡大できなかった主業農家、なにより輸入途絶時に十分な食料を供給されない国民、一部の既得権益者を除いて、全てが歪んだ農政の犠牲者だ。農林水産省は「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法に違反している。
これまで毎年2千億円以上の財政負担を行い、麦や大豆の生産を推進してきているが、その生産量は150万トンに過ぎない。米の減反を廃止して1千7百万トンの生産を行い、平時に1千万トンを輸出していれば、危機時には輸出していた分を国内消費に回すことにより、終戦後の配給量に相当する米を、国民に十分供給できる。輸出は財政負担が要らない備蓄である。国民は、米価が下がるうえ、3千5百億円の減反補助金と米備蓄による5百億円、計4千億円の財政負担がなくなるという利益を受ける。減反廃止は、財政と消費者の負担を軽減して国産米の生産を拡大する。
食料自給率は今の38%から64%に上昇する。輸出額は2兆円となり、穀物等の輸入額 兆円を上回り、穀物貿易は黒字となる。買い負けの心配はない。
水田の二毛作がなくなったのは、米農家の兼業化が進み、田植えの時期が麦収穫後の6月から集中して休みがとれるゴールデンウィーク期間に移行したからである。米農業の構造改革を行い、主業農家主体の水田農業となれば、米と麦の二毛作は復活し、食料生産をさらに増大できる。
そればかりではない。山から流れる栄養豊富な水を貯え利用する米生産は、麦などの畑作物に比べ、肥料・農薬の使用が少ない。” produce more with less”を標語とする“持続的農業”そのものである。減反廃止による米作付け拡大は、水資源の涵養や洪水防止など水田の“緑のダム”としての機能を増大させる。二毛作は無酸素の湛水状態と酸化的な畑の状態を繰り返すことにより、肥料・農薬の投入量をさらに減少させる。
それなのに、政府は減反を推進するため水田を畑地化し、麦や大豆だけの単作化を推進しようとしている。畑にしてしまえば減反補助金を払わなくて済むからである。


2.構造改革で明るい農村を
都府県の平均的な農家である1ha未満の農家の米所得は、ゼロかマイナスである。20haの農地がある集落なら、1人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと、1,500万円の所得を稼いでくれる。これを地代として元農家の地主に配分した方が、集落全体のためになる。
農地に払われる地代は、地主が農業のインフラ整備にあたる農地や水路等の維持管理を行うことへの対価である。本来、健全な店子(担い手農家)がいるから、家賃によってビルの大家(地主)も補修や修繕ができる。このような関係を築かなければ、農村集落は衰退する。


3.“適正な価格形成”ではなく直接支払いを
「中間とりまとめ」は、「デフレにより生産コストが増加しても価格を上げることができない問題が深刻化しているため、“適正な価格形成”が必要だ」としている。
しかし、これは食料品価格の上昇に直面している国民をさらに苦しめる。コスト上昇をそのまま価格に反映させれば、生産者はコスト削減の努力を行わなくなる。輸出の増進を強調しながら、輸出競争力を悪化させる価格引き上げを行うことは矛盾している。国内の農産物価格が上昇すると、高い関税を引き下げることはできない。我が国の通商交渉はますます困難となる。
小麦、バター、牛肉のように、消費者は国産農産物の高い価格を維持するために、輸入農産物に対しても高い関税を負担している。国内農産物価格と国際価格との差を財政からの直接支払いで補てんすれば、消費者は、国内産だけでなく外国産農産物の消費者負担までなくなるというメリットを受ける。農業に対する保護は同じで国民消費者の負担を減ずることができる。

4.農地資源確保のための確固たるゾーニング、農地法廃止を
石油の輸入が途絶すると、農業機械、肥料、農薬の使用は困難となり、農地面積当たりの収量(単収)は大幅に減少する。国民に終戦直後と同程度の食料を供給しようとすると、1千万ha以上の農地が必要となる。ところが、1961年に農地は609万haに達し、その後公共事業などで約160万haを造成した。770万haの農地があるはずなのに、430万haしかない。国民は、この差の340万ha(九州の全面積の9割に相当)を、半分は農地転用、半分は耕作放棄で喪失した。農業界は莫大な農地転用利益を得た。しかし、「中間とりまとめ」からは、食料安全保障に不可欠な農地資源の減少への反省や危機感は、まったく感じられない。
ヨーロッパでは、土地の都市的利用と農業的利用を明確に区別するゾーニングで農地を守っている。農地法はない。農地資源を確保するためには、ゾーニングを徹底したうえで、企業形態の参入を禁止し、農業後継者の出現を妨げている現行の農地法は、廃止すべきだ。
食料安全保障も多面的機能も、農地資源を維持してこそ達成できる。そうであれば、品目ごとの農業政策や就農補助などこまごました補助事業は全て廃止して、農地面積当たりいくらという単一の直接支払いを行えばよい。これは、EUが長年の改革の末到達した農業保護の姿である。農林水産省の組織・定員・予算は大幅にスリム化できる。自治体職員は、こまごました零細な補助事業に悩まされなくなる。


5.ゲノム編集と食料安全保障
「中間とりまとめ」は、IT活用のスマート農業を強調しているが、ゲノム編集には言及していない。スマート農業は階段を一つずつ進むようなものであるのに対し、ゲノム編集はエレベーターで一気に10階まで行くような可能性を持つ高い技術である。これによって単収が多い品種改良が実現すれば、食料安全保障に貢献するばかりか、少ない化学肥料等で生産できるので環境保護にも貢献する。単収向上によりコストが減少するので、日本農業の国際競争力は向上する。
減反政策の下で、米の単収を増加させるための品種改良はタブーとなってきた。また、生産者が食味の良い米の生産を選好したために、タンパク含有量の少ない米の開発が行われてきた。これらは生産量の増加や栄養の供給が必要な食料危機への対応という観点とは、逆方向を向いている。ゲノム編集などを活用して、これまでの品種改良の取り組みを大転換すべきである。
ゲノム編集で生産された農産物や食品は、量の不安を抱えている途上国の食料安全保障にも貢献する。日本はゲノム編集で単収が向上した米を途上国に積極的に輸出することを検討すべきである。