メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.10.19

ウクライナ危機で食料安全保障のリスクが高まる中―― 「減反政策を廃止し、二毛作を復活させることで、日本の食料自給率は8割まで増やせる!」

財界10月4日発売号

農業・ゲノム

「日本の食料政策はずっと国内市場しか考えてこなかった」と指摘する山下氏。かつて小麦の生産が過剰になった時、フランスが考えたのは小麦を輸出すること。それに対し、米が過剰になった日本がとった手は米の供給量を減らして米価を維持すること。そうした対応が食料自給率100%超のフランスと38%の日本の違いを生む要因となったという。「食料安全保障と言いながら、主食である米の生産を減らしている国など、どこにもない」と訴える山下氏の農業振興論とは――

実態として今も減反政策は続いている

 ―― 日本は食料自給率が38%と低水準で、ロシアによるウクライナ侵攻もあって、食料安全保障のリスクが高まっています。こうした現状を山下さんはどう受け止めていますか。

 山下 日本の農業政策はずっと国内市場しか考えてきませんでした。食料自給率が高い欧州、とりわけ自給率100%を超える農業国フランスとの違いを見れば一目瞭然です。

 自給率が100%を超えるということは、消費量よりも生産量が上回るということ。フランス(EU)は小麦の価格を上げたために過剰になった小麦を海外へ輸出しました。一方同じように米が過剰になった日本は農家に補助金を出して供給量を減らそうとした。これが減反政策です。

 つまり、日本は輸出を全く考えず、国内市場だけを考えた。国内の需要が減少したので、どんどん米の生産を減らました。

 ―― かつては皆そういう視点しかなかったんですね。

 山下 これは今でもそうです。農林水産省の役人も、JA農協も、族議員と呼ばれる政治家も、農業経済学者も、国内マーケットしか見ていません。輸出を考えないから、どうしても生産を縮小して減反をさらに強化するという議論ばかりです。

 日本の減反政策は1970年から実施されてきました。農家に補助金を与えることで米の生産や供給を減らして、米の価格を高くし、農家の所得を維持すると。その結果、どうなったのか? 1960年から世界の米生産は3・5倍くらいに増えていますが、日本は補助金を出して40%も減らしている。1967年のピーク時に比べると半分以下です。減反補助金は年間3500億円に上ります。

 食料安全保障などと言いながら、主食である米の生産を減らしている国など、どこにもありません。アジア各国の政府から派遣されている公共政策大学院生に、日本の減反政策を講義で話したら、皆笑っていました。医療などと違い、国民は補助金(税金)を払って消費者として高い米を買わされています。本当に恥ずかしい政策です。

 ―― しかし、2018年から減反政策は廃止されたのではないんですか。

山下 それはフェイク・ニュースです。農水省が生産数量目標を指示しなくなっただけで、補助金を出して減反するという基本政策はむしろ拡充されています。

さらに、農水省は今、畑地化促進と言って、水田を畑にしようとまで言っています。

―― 農水省が畑地化促進を叫ぶ理由は何ですか。

山下 名目上は麦や大豆などを増やそうということですが、本当の狙いは米の生産を減らすことです。

なぜなら、水田を畑にすれば米がつくれなくなるので、減反をやったことと同じですよね。畑にすれば、一時は水田を畑にするための財政負担は必要になるけれども、一旦、畑にしてしまえば水田に対する減反補助金は出す必要はなくなります。

つまり、財政負担を少なくしたい財務省の思惑と米の生産を減らして米価を上げたいJA農協と農水省の思惑が一致したとのです。

かつて減反を猛烈に反対したのが陸軍省

―― 問題は食料自給率を向上していくために、日本は何をすべきか? ということだと思うんですが。

山下 米の生産を増やし、麦の生産を増やすには減反を止めることが一番です。減反を止めれば確実に生産が増えます。

今、日本は麦作振興のために年間2000億円の補助金を投じていますが、麦の生産はわずか120万㌧ほどです。そのお金があれば、約700万㌧の小麦を輸入することができます。1年間の小麦消費量550万㌧を上回る小麦を輸入できるのです。

―― なるほど。輸入すればそれくらいの量を確保できるわけですね。しかし、食料安全保障という観点で考えたら、国産化という視点はどうですか。

山下 危機の際に、わずかしか国産小麦を供給できないで国民を飢えさせるのと、輸入しても国民に生存に十分な量を供給することを考えると、後者の方が望ましいのは当然でしょう。もちろん輸入ができなければ国内で生産するしかないのですが、問題は、農水省が買い負けて輸入できなくなるとしきりに危機をあおっていることです。しかし、日本が買い負けることなどありえません。

食料の中で一番重要なのはカロリーを供給してくれる穀物と大豆です。この輸入額が我が国の全輸入額に占める割合は1~1・5%程度です。それが仮に10倍の値段になったとしても、日本は輸入できます。小麦の3大輸入国はインドネシア、エジプト、トルコですが、日本がこれらの国に買い負けるでしょうか。

昨年のように一時的に穀物価格が高騰するときがありますが、人口増加を穀物生産が大きく上回っているので、この100年間穀物の物価変動を除いた実質価格はずっと低下傾向です。名目価格では史上最高と言われた2022年でも、実質価格では1973年の半分くらいにすぎません。

―― 農水省はどうして買い負けるなどと主張するのでしょうか。

山下 国内の農業保護を増やしたいからです。自給率が低いと連呼するのも、6割以上も海外に依存するのはリスクがあるから、農業を保護して国内生産を増やさないとダメだと国民が思ってくれるからです。でも、それは農水省とJA農協の思うつぼなんです。実際には、JA農協は国消国産を叫ぶ一方で、大量の穀物をアメリカから輸入して食料自給率を下げています。

しかし、われわれが真剣に考えなければいけない食料危機があります。それは、台湾有事などでシーレーン(海上交通路)が破壊され、輸入が途絶する事態です。

しかも、食料だけではなく、今の農業生産には石油などのエネルギーが欠かせませんが、その輸入も困難になるのです。これは本当に深刻な事態になります。

―― なるほど。これは安全保障そのものの話ですね。

山下 そうです。実は戦前、当時の農林省が減反を提案したことがありました。米騒動が起こって、国内だけでは米を供給できないことが分かって、朝鮮と台湾で米の生産を拡大したんです。

ところが、この効果が出過ぎて、どんどん米が入ってくるものだから、国産米の価格が下落。これは大変だというので、当時の植民地を含めて農林省が減反を提案したのです。

 ただ、これに猛烈に反対したのが陸軍省です。戦争をやろうかという時に、貴重な食料である米を減産するとは何事かと怒ったわけです。ロシアがキーウを攻略できなかったのは、食料やエネルギーを運ぶ“兵站”が十分ではなかったからです。日本のインパール作戦もそうです。食料がないと戦争はできません。つまり、減反政策というのは、国の安全保障とも、食料安全保障とも、どちらにも全く相いれない概念です。

食料の輸入が途絶した際、終戦時と同じ量の米を国民に配給するには1600万トンの米が必要です。ところが今の生産は700万トン以下です。危機が起きて半年後に国民のほとんどは餓死します。減反を止めれば1700万トンの生産が可能です。国内で700万トン消費して1000万トン輸出します。危機が起きた際は輸出していたものを食べるのです。平時の輸出はお金のかからない備蓄の役割を果たします。

税金を2000億円余計に使って麦を120万トン作るのと、減反を止めて1000万トン米の生産を増やしてなお3500億円が戻ってくる。どちらがいいでしょうか?

 補助金を出さなくても麦の生産を増やす方法はある

 ―― 分かりました。では、麦も増産できる農業振興策はあるのですか。

 山下 それは二毛作の復活です。減反を止めることによって米の生産量が増えれば、米価は下がります。米価が下がれば、コストが高い零細な米の兼業農家は農業を止めて農地を主業農家に貸し出して、地代収入を得るようになります。主業農家中心の米農業になります。

 かつての日本は二毛作が当たり前で、6月上旬まで麦を植えて、その後にくる梅雨を利用して田植えをしていました。一番合理的だからです。

 ところが、1960年代以降、各地で工場立地が進み、零細な米農家は兼業農家となって工場に勤め出した。昔は専業農家だから6月でも自由に田植えができたんですが、サラリーマンとして働きに出るようになると、6月では皆でまとめて休みを取ることができません。それで今のように5月のゴールデンウイークに田植えをすることが当たり前になったのです。これでは6月に収穫時期を迎える麦は生産できなくなり、麦秋は消えました。

 ―― なるほど。そういう経緯があったと。

 山下 はい。ですから、減反を廃止して米価を下げて主業農家中心の水田農業になれば、かれらはサラリーマンではないので、6月に田植えができ、二毛作が復活するわけです。

 かつて二毛作の時代には麦の生産も400万㌧くらいありました。今は2000億円出して120万トンです。二毛作なら補助金を出さなくても今以上に麦の生産は増えるんです。

 ―― 企業の参入によってさらに生産性向上を図ることはできますか。

 山下 いや、それは無理です。よく企業の参入で生産性を上げるという話がされますが、それは農業の本質や実態を知らない人の考えです。

 農業は工業と違い、生き物や自然を相手にします。農業は生き物を対象にしているうえ変わりやすい自然に左右されるので、現場での瞬時の判断が必要になります。その場で作物の葉や実の色などの生育状況、天候の変化、病害虫の発生や雑草の生え方などをさまざまな要素を総合的に判断して、対処しないといけません。

 一方、工業の場合は機械相手ですから、全てを制御して、毎日車や家電を生産することができる。

 ―― 生物を相手にするのと、機械を相手にするのは違うと。

 山下 そういうことです。アメリカの大農場も家族経営です。例えるなら、医療に近いかもしれません。

 患者は生きていますから、夜中でも急に発作を起こしますね。その場で医師が患者の顔色やバイタルなどを総合的に分析して瞬時に対応しなければなりません。企業が参入して、いちいち組織の上司の判断を仰いでいては間に合わない。これが工業と医療、あるいは農業との違いなんです。逆に、現場に判断を任せるガバナンスの企業なら成功します。

日本の水田農業は農家の戸数が多いことが問題

 ―― そうなると、生産性向上の手立てはあるんですか。

 山下 水田農業は農家が多すぎることが問題です。日本の農家のうち、7割くらいが米をつくっているんですが、日本全体の農業生産に占める米の割合は16%しかありません。

 これは、いかに零細で非効率的な兼業農家が米に滞留しているかを示しています。日本の水田農業は農家の戸数が多いことが問題であり、もっと大規模に改革した方がコストが下がるし、収益も上がるんです。

 ―― つまり、生産性を上げるには耕作面積の更なる拡大ということになってきますね。

 山下 そうです。だから、減反をやめて非効率な兼業農家が退出し、規模の大きい主業農家中心の米農業となれば、コストも下がるうえ二毛作も復活します。

 そうなれば米だけでなく麦の生産も増えるので、食料自給率は8割くらいにアップします。ところが、今は減反に毎年3500億円もの税金を使って、米の生産を減らしている。国民は餓死するために税金を払っているのです。そんな愚の骨頂はもう止めにしてほしい、というのが結論です。