本連載はキヤノングローバル戦略研究所が2022年7月に立ち上げた「ポスト・ウクライナ戦争後の東アジア国際秩序」と名付けた研究会の議論をもとに、台湾有事を具体的にシミュレーションしたうえで、わが国の防衛力を真に高めるためにはどうすればよいか、どのような障害があるのか、その障害を乗り越えるうえでどのような課題があるのか、浮き彫りになった問題点を提起することを目的としている。「机上の空論」とならないように、「中国軍が台湾併合をめざして軍事侵攻に乗り出した」というシナリオをもとに、日本や自衛隊が抱える課題を洗い出して検証していく。
シナリオ――202X年5月、中国人民解放軍は台湾にミサイル攻撃を開始。台湾軍の主要施設やインフラなどが破壊された。中国軍は艦艇を派遣して台湾を事実上封鎖し、上陸作戦を始める。これに対し、台湾陸軍は応戦し、米軍も東アジアに展開を始めた。日本周辺でも情勢が緊迫する。
前回は台湾海峡の情勢が緊迫した際、「事態認定」で戸惑う政権と、開戦後の国民保護をめぐる混乱をシミュレートしたうえで、問題の背景を考察した。以下に記すのはそれ以降のシナリオである。
4.空港・港湾の利用
【台湾に軍事侵攻した中国人民解放軍と、米軍・自衛隊が交戦を開始。日本政府は武力攻撃事態を認定し、自衛隊に防衛出動命令が下された】
自衛隊は防衛作戦を展開するため、北海道・東北地方から南西諸島への部隊の移動を始めた。輸送時間が長いため、各地の部隊は人員と物資を満載した車両を連ねて苫小牧、八戸、仙台、大洗などの港湾をめざした。
ところが、港に通じる高速道路を含めた幹線道路の多くは、中国軍のミサイル精密攻撃で破壊されて通行ができなくなっていた。このため自衛隊側から建設業者に道路の補修工事を依頼したものの、「ミサイルが飛んでくるかもしれず、作業の安全を確保できない」という理由で断られたり、会社と連絡がつかなかったりして実現できなかった。各部隊は、大型の自衛隊車両が通ることができる一般道路を見つけてなんとか港に到着したが、予定よりも大幅に遅れた。
やっとの思いで港に着いた自衛隊員に、ふたたび試練が訪れる。港で自衛隊の物資や装備を荷積みするはずの港湾職員が、誰もいなかった。「戦争には加担しない」として、ほとんどの職員が自主的に退避していたのだ。
防衛省は有事の際に備えて、自衛隊の車両や人員を輸送するために民間輸送船二隻を契約しているが、港湾職員がいなくては出動できない。そこで自衛隊側は各業界に協力を要請したものの、日本船主協会は「先の大戦でわが国の輸送船が徴用されて、多くの船と船員が失われた。われわれは同じ轍を踏まない」という声明を発表。海運会社の労働組合も「危険な地域への輸送には関与しない」として、いずれも協力要請を拒否した。
そんななか、仙台港に海上自衛隊がなんとかやりくりした輸送艦と護衛艦が到着した。港で途方に暮れていた自衛隊員は歓喜の声を上げる。だが、二隻は一向に岸壁に近づかないまま、沖合で前進と後退を繰り返している。タグボートがないために接岸できないようだ。海上自衛隊は横須賀と大湊の両基地には自前のタグボートをもっていたものの、外洋を航行して仙台港まで運ぶことはできなかった。
自衛隊は海上での輸送を断念し、空輸を試みることになった。ところが、民間空港を利用しようとしたところ、思わぬ障害に直面する。空港を管理する県知事が自衛隊の利用を「軍事利用につながる」として難色を示したのだ。有事といえども、管理者である自治体の許可がなければ自衛隊は空港を使えない。
じつのところ、政府はこの時点で、有事の際に適用される「特定公共施設利用法」に基づいて、空港と港湾を自衛隊と米軍および国民保護のため優先的に使用する指針を示していた。だがこの指針は「命令」ではなく「要請」であるため、空港管理者がこれに従わなかったのだ。これに対して、総理大臣が国土交通大臣を指揮して、管理者権限を代行する措置に踏み切った。これでようやく自衛隊が空港を利用できるようになったのだが、この一連のやり取りや手続きに時間を要したため、初動対応は大幅に遅れる結果となった。
しかも、ようやく使えるようになった空港でさらなる問題が起きる。空港で勤務していた国土交通省の航空管制官が全員退避しており、飛行機の離発着ができなくなっていた。自衛隊にも航空管制官はいるものの、あらかじめ訓練を実施し、空港専用の資格をもっていなければ管制業務はできない。国交省の管制官が戻るまでは空港が使えない状況に陥ってしまった。
対策本部長を務める総理大臣は、自衛隊の機動展開が一向に進捗しないことに業を煮やした。国交大臣に対して輸送力の確保のための民間業者の協力取り付けを厳命したものの、確実に「輸送作戦」に協力させる法的担保はないため、結局のところ「お願いベース」での協力を呼び掛けるのが精一杯だった。
■問題の背景
防衛作戦は自衛隊だけでは展開できない。民間業者を中心とする補給やロジスティクスに支えられて初めて成立するものだ。
有事において不可欠となる民間業者は、具体的には建築・土木業者、輸送業者、空港・港湾業者、防衛産業関連業者などが挙げられる。さらに、敵の攻撃で死傷者が出れば、医療従事者や火葬のための葬儀業者の協力も必要となってくるだろう。ところが本シナリオで見てきたように、危機に際してほとんどの民間業者が避難または協力を拒否した場合、防衛作戦が成り立たなくなる実態が浮き彫りになった。
有事の際、自衛隊法の規定に基づいて「自衛隊の行動に係る地域」と「自衛隊の行動に係る地域以外の地域」が設定される。このうち、比較的安全な後者の地域であれば、医療・土木建築工事・輸送業者に対して業務従事命令を出せる。だが業務従事命令には罰則がないため、確実に協力してもらう担保にはならない。
とくに台湾有事に関しては、自衛隊の部隊を本土から南西方面に展開させることが不可欠だ。そのためには自衛隊基地だけでなく、民間の空港や港湾をいかに効率的に利用できるかがカギとなる。しかし、自衛隊は日本にある空港・港湾を自由に使えない。 その多くが国ではなく第三セクターや地方自治体が管理者だからだ。実際、自衛隊が訓練を計画しても、管理者の許可が得られずに実施できないという事態が多発している。
では、訓練ではなく有事ではどうか。じつは、有事においても法的な枠組みや運用は訓練と変わらないのが現状である。武力攻撃事態に際して、自衛隊や米軍が港湾や空港、道路を優先的に利用できる「特定公共施設利用法」が整備されているが、原則として国による「要請」に過ぎないので強制力はなく、港湾などの管理者が従わないこともありうる。その場合、国はより強い「指示」を出すことになり、それでもなお管理者が指示に従わない状況になって、初めて総理大臣が国交大臣を指揮して管理者権限を代理できる。有事の切迫した状況において、このように煩雑な手順を踏んでいる余裕があるのかは甚だ疑問だ。
有事の際、空港の管理者の意向にかかわらず、自衛隊が自由に使用できると考えている国民は少なくないだろう。沖縄県宮古市の下地島空港の例を見てみよう。同空港は台湾に近く、南西諸島では最長の3000mの滑走路がある。管理者は沖縄県で、本土復帰前の1971年に当時の琉球政府が日本政府と交わした「屋良覚書」で民間以外の目的には使用しないことが確認されている。県は「屋良覚書」を条例化することを検討しており、軍事利用には反対の立場だ。2023年1月、米海兵隊が人道支援や災害救援を目的とした習熟飛行のためにヘリコプターを発着させたいと申請したが、県の自粛要請を受けて使用を見送っている。これまで有事を想定した訓練で、下地島空港を自衛隊が使ったことはない。有事の際においても、県が空港の使用許可を出さない可能性もありうるだろう。
5.自衛隊施設の強靭化と民間企業の協力
【前線となる南西諸島や九州には北海道・本州からの自衛隊の来援がほとんど来ることなく、現有の少ない戦力での戦闘を余儀なくされた。まもなく、弾薬をはじめ装備が不足して劣勢となった】
緒戦における中国軍の弾道・巡航ミサイルによる集中攻撃で、自衛隊の拠点は大打撃を被った。とくに中国に近い南西諸島と九州の被害は甚大だった。南西諸島全域の陸上作戦を指揮するため、師団に改編されたばかりの陸上自衛隊那覇駐屯地第15師団の指揮所は二発の弾道ミサイルが直撃して全壊し、師団長以下の主な幹部ほぼ全員が犠牲となった。
また、陸自那覇駐屯地に隣接する空自南西航空方面隊司令部や熊本市にある陸自西部方面総監部や佐世保市の海自佐世保地方総監部も、弾道ミサイル攻撃を受けて指揮所が半壊して指揮システムが使えなくなった。いずれの施設も地下に置いていたが、弾道ミサイルは貫通して主なシステムを破壊した。
一連のミサイル攻撃によって、インフラも被害を受けた。とくに沖縄県の被害は深刻で、那覇駐屯地の電力供給が失われたうえに、非常用の電源として用意していた自衛隊の発動発電機も被害を受けた。このため、発電機の製造会社の社員が危険を覚悟のうえで那覇駐屯地へと向かうこととなった。
そんななかで事件は起こった。この技術員が駐屯地に差し掛かったところで、三人の男に拘束されたのだ。三人は国防動員法によって中国政府の命を受けていた中国籍のグループだった。三人は拘束した技術員に対して尋問する様子を動画で撮影してSNSで拡散した。
「この人物の所持品を調べたところ、自衛隊が発給する身分証明書をもっておらず、民間人であることが判明した。自衛隊は文民である一般の市民を駐屯地内に引きずり込んで中国による攻撃ができないように『人間の盾』にしている。このような行為は国際人道法違反であり、中国の法で公正に裁いて厳しく罰する」
捕虜の待遇などを定めたジュネーブ第三条約は「実際には軍隊の構成員でないが軍隊に随伴する者、たとえば文民たる軍用航空機の乗組員や従軍記者、需品供給者、労務隊員または軍隊の福利機関の構成員らについては、当該軍隊がそれらの者に附属書のひな型と同様の身分証明書を発給しなければならない」と定めている。
自衛隊は有事においても民間の技術者や整備士らの協力なくしては成り立たない。だが日本政府は、戦時にはこのような民間人に自衛隊の身分証を発給しなければ「違法な戦闘員」として処罰されうるという同条約を十分に認識していなかった。また会社側もそのような知識がなかったのだ。
その後、男性技術者は拘束されて密かに中国に送還されて終身刑を申し渡された。
「私は国際法に違反する『違法な戦闘員』であることに間違いがなく、中国当局の処罰を受け入れる。自衛隊と日本政府に無理やり違法行為をやらされたことが原因であり強く非難する」
中国当局に起訴された後、男性技術者がこう謝罪する映像が全世界に向けて拡散された。こうして、自衛隊の防衛作戦に関する正当性が、国際社会からも疑問視される事態に発展した。
■問題の背景
〈自衛隊施設の脆弱性〉
2022年末に改定された安保三文書には、「7つの柱」の一つとして「持続性・強靭性」が定められており、今後十年間で自衛隊施設の補強工事を進めていくことが明記されている。その背景として深刻化する自衛隊施設の老朽化がある。1981年の建築基準法改正による「新耐震基準」を満たしていない施設はじつに全体の四割を占め、核・生物・化学兵器による攻撃や空爆に堪えうる防護基準を満たしていない施設は8割以上にのぼる。これら既存の庁舎・施設は、耐震補強は施されていても「対弾補強」はできていないので、ミサイル攻撃に非常に弱い。
大部隊ではほとんどの司令部が地下化されているものの、老朽化が著しい。地下化された施設は爆風や破片を防ぐことはできるものの、ミサイル攻撃の直撃を受ければひとたまりもない。中小部隊では司令部が地下化すらされていないことが多い。そのため、本シナリオが示したとおり、ミサイルや爆弾が近くに着弾しただけで、部隊の指揮官以下の主要幹部が犠牲となってしまうだけではなく、司令部機能自体を失う可能性が高い。駐屯地の燃料庫や弾薬庫も多くは覆土とコンクリートで守られているが、ミサイルが直撃すればやはり破壊されてしまう。
対策がもっとも急務なのは航空機で、とくに戦闘機の防護が不可欠だ。上空では世界最強の戦闘機でさえも、駐機中に攻撃されればひとたまりもない。だがそれにもかかわらず自衛隊の航空基地には掩体(鉄筋コンクリートの覆いで駐機中の航空機を防護する施設)がほとんどない。
そのため、敵に奇襲攻撃されれば航空自衛隊の航空機が開戦後15分ほどで壊滅する事態にもなりかねない。航空機に直撃しなくても、ミサイルや爆弾の爆風や破片によって、庁舎や航空機が広範に被害を受ければ使用できなくなる。爆弾の破片がわずかに当たっただけで飛行できなくなってしまうほど、戦闘機はデリケートなものだからだ。
抑止力を高めるためにも、駐屯地や施設の強靭化は不可欠だ。たしかに、どれだけ防護能力を強化したり地下化したとしても、精密誘導のミサイルの直撃を受ければ破壊されることもありうる。しかし、施設を強靭化されると、すべての駐屯地の重要施設に対し、中国軍がミサイルを直撃させなければならなくなり、一つの駐屯地を機能不全にするために必要なミサイル数は、現状よりも数倍から十数倍に跳ね上がる。さらに、ミサイルの種類も精密誘導型や貫徹型などより高性能なものを投入せざるを得なくなる。
こうした事実を台湾有事に当てはめてみよう。中国の主な攻撃対象は、台湾でありそれを支援する米軍だ。中国軍は、日本を相手に高性能ミサイルを大量に発射するわけにはいかない。日本が自衛隊の施設の強靭化を進めることは、中国が駐屯地や基地を攻撃するハードルを大きく上げる効果があるうえ、台湾への軍事侵攻に踏み切ることを躊躇させる抑止力の強化にもつながるのだ。
そして、強靭化でもう一つ忘れてはならないのが、電磁パルス(Electromagnetic Pulse:EMP)攻撃への対策だ。電磁パルス攻撃は地上30㎞から400㎞で核爆弾を爆発させ発生するガンマ線(γ線)などによって、自衛隊の装備品や社会インフラに深刻な影響を与える。電磁波は通信や交通、電力などに障害をもたらし、国民生活や防衛作戦に不可欠な電子機器が破壊されてしまうため、官民ともに破滅的な被害が出かねない。2004年に米国議会で公開された報告によると、電磁パルスで全米の社会インフラが崩壊すれば復旧には数年かかり、損害は数百兆円にのぼる。食料や燃料不足と衛生面の悪化により病気の蔓延や飢餓が発生し、「一年以内に米国民の9割が死亡」という衝撃的なシミュレーション結果が公表されている。ミサイル攻撃だけにとどまらず、電磁パルスへの対策も急務といえよう。
〈民間業者の処遇と中国の国防動員法への対策〉
自衛隊の駐屯地・基地には普段から多くの民間業者が出入りしており、有事でも業者の技術員がいなければ整備できない装備品は多い。しかし民間業者の従業員は国際人道法上、保護の対象となる「文民」となる。
駐屯地や基地に防衛装備品を納入している民間業者の技術員や整備員は、有事であっても業務を続けてもらわなければならない。だが、文民が敵対行為に直接参加したと評価された場合、保護の特権を失い、敵に捕らえられれば処罰される可能性がある。このため防衛省側は、自衛隊で役務契約をする民間業者社員の身分証明書を発行し、国際法上の地位を保証するための措置を速やかに講じなければならない。しかし、自衛隊も業者も有効な手を打てていないのが実情だ。
また、中国政府が2010年に施行した「国防動員法」への対応も急務といえる。同法は「国家の主権、統一と領土の完全性および安全を守るため」として施行され、第三一条では「召集された予備役要員が所属する組織は兵役機関の予備役要員の召集業務の遂行に協力しなければならない」と定められている。予備役要員は中国国籍の男性18~60歳、女性18~55歳が対象。有事の際、兵站などの後方支援や敵国についての情報収集の任務を負うものと考えられる。
同法の適用は中国内にとどまらず、国外の中国国籍をもつ人も含まれる。台湾有事の際、国防動員法に基づく動員令が発令された場合、日本にいる中国人も動員の対象となる。もしもこれを拒めば、罰金または刑事責任を問われることもある。日本国内に中国国籍をもつ人は約七四万人おり、自衛隊(23.0万人)、警察(25.9万人)、消防(16.5万人)、海保(1.4万人)の総数よりも多い。有事の際に同法に基づいて、日本国内で自衛隊の作戦の妨害や偽情報の拡散、国内秩序の混乱工作などをしてくる可能性がある。
また、国防動員法は中国にある日本企業にも大きな影響を及ぼす。同法には「国は国防動員の実施を決定した後、備蓄物資が動員の必要を直ちに満たすことができない場合、県級以上の人民政府は法に則って民用資源に対して徴用を行うことができる」(第五四条)という規定があり、中国に進出する日本企業が中国政府の命令で動員・徴用の対象となる恐れがある。しかし有事であれば、外交交渉で解決できる見込みはほとんどなく、自衛隊が日本企業の社員を救出に向かうこともできない。
それにもかかわらず、日本政府の対策はほとんどできていない。2011年2月、山谷えり子参議院議員が「本法が日本に在住する中国人および中国に進出している日本企業に適用されると分析しているのか示されたい」という質問主意書を提出した。これに対して菅直人内閣(当時)の答弁は、木で鼻を括くるようなものだった。
「御指摘の『国防動員法』は、他国の法律であることから、同法律の個々の規定の解釈について、政府としてお答えすることは差し控えたい」
中国軍の作戦は毛沢東以来、全人民の力量で敵に打撃を与える「人民戦争理論」を採用している。有事には予備役を含めた総動員態勢で臨む構えだ。
危機管理の観点から相手が何をしてくるかを網羅的に見積もり、それに対応する策を議論し、必要であれば法整備をする。これこそが国会の役目であることはいうまでもない。だが、このような議論や論争がほとんどなされていないのが現状だ。
〈続く〉