メディア掲載  外交・安全保障  2023.10.02

台湾有事シミュレーション 第一回 戸惑う政権と国民保護

Voice 9月号

国際政治・外交 東アジア

日本と自衛隊が抱える課題

 日本政府は今年(2023年)1月、防衛費を2027年度に国内総生産(GDP)比2%に増額することを決めた。特定の官庁の予算が、これほど短期間のうちに二倍近くになった例は戦後初めてのことだろう。昨年12月には、防衛力強化に向けた「国家安全保障戦略」など三つの文書が改定され、反撃能力を含む防衛力の抜本的強化を実施していくこととなった。

 いずれも、戦後日本の防衛政策における大転換といえる決断といっていいだろう。政府だけでなく、危機感をもっていた国民のあいだにも安全保障に対するある種の安心感が生まれつつあるように見える。だが、はたしてこれだけでよいのだろうか。

 今回の防衛費増額においては、「総合的な防衛体制の強化に資する経費」という新たな概念が打ち出されたのが特徴といえよう。防衛費以外の予算――たとえば、海上保安庁予算(国交省)、防衛に役立つ研究開発費・公共インフラ整備費(文科省、経産省など)、防災・減災、国土強靭化経費(国交省)など、直接は防衛力整備に結び付かない予算が多く計上されており、防衛省単体の予算だけを見れば単純な倍増を意味するわけではない。

 改定された三文書についても、あくまで政策文書にすぎず、これをどのように実現していくかが重要といえる。防衛省・自衛隊が、事業計画を立て予算取得をし、契約を結んだうえで生産された装備品を部隊配備し、教育訓練を経て、初めてわが国の防衛力となる。そして、仮に三文書の内容通りの防衛力整備が実現したとしても、いざ有事のときに国家全体が一体となって防衛作戦を実施し、国土や国民を守り抜くことが本当にできるのか。それを具体的に検証したシミュレーションは、じつはまだ存在していない。

 こうした問題意識のもとに、筆者が主任研究員を務めるキヤノングローバル戦略研究所は20227月、「ポスト・ウクライナ戦争後の東アジア国際秩序」と名付けた研究会を立ち上げた。同研究会では、防衛、外務、経産、国交など各省庁の一線で活躍する現役の当局者をコアメンバーに、大学教授や各省庁の幹部らを招いて計8回の議論を重ねた。ロシアによるウクライナ侵攻は、国際秩序にどのようなインパクトを与えたのか。日本を取り巻く東アジア情勢には、どのような影響をもたらすのか。現状の情勢を分析しつつ、将来を俯瞰してきた。

 とりわけ研究会で議論の焦点となったのが、台湾有事についてである。今年3月に異例の三期目に突入した中国の習近平政権は、台湾に対して強硬姿勢を打ち出しており、連日のように台湾周辺で軍事演習を展開している。これに対して米国の政府や軍も危機感を高めており、習政権の三期目が事実上終わる2027年までに脅威が顕在化するとの見解は一致しつつあるようだ。だからこそ、研究会では日本にとって最大の脅威となりうる台湾有事を見据えたうえで、自衛隊の装備や法制度をはじめ、日本全体が抱える問題点について、現場の観点から議論を重ねてきた。

 本提言は数回の連載にわたり、約一年間に渡る研究会の議論をもとに、わが国の防衛力を真に高めるためにどうすればよいか、どのような障害があるのか、その障害を乗り越えるうえでどのような課題があるのか、浮き彫りりになった問題点を提起することを目的としている。「机上のの空論」とならないよう、「中国軍が台湾併合をめざして軍事侵攻に乗り出した」というシナリオをもとに、日本や自衛隊が抱える課題を洗い出して検証していきたい。

 シナリオ――202X年5月、中国人民解放軍は台湾にミサイル攻撃を開始。台湾軍の主要施設やインフラなどが破壊された。中国軍は艦艇を派遣して台湾を事実上封鎖し、上陸作戦を始める。これに対し、台湾陸軍は応戦し、米軍も東アジアに展開を始めた。日本周辺でも情勢が緊迫する。

1.「事態認定」で戸惑う政権(台湾海峡の緊迫化)

【中国と台湾は交戦状態となったが、米軍は中国と直接交戦をしておらず、情報・兵器提供などで台湾を支援(ロシア・ウクライナ戦争と同様のスタンス)。日本政府は重要影響事態へ移行し、米軍を後方支援することとなった】

 中国と台湾の衝突の激化につれ、日本各地でインターネットの接続が不安定になる。企業や官公庁のホームページにはアクセスできなくなり、「台湾独立勢力と敵対勢力に死を」などと中国語で改ざんされた文字が躍る。水道や電気の供給に障害が頻発し、鉄道・航空のダイヤは大幅に乱れ、病院の集中治療室(ICU)では十分な手術ができずに死亡する患者が続出。金融取引障害(銀行、株、為替)が発生したことで、株・為替は軒並み暴落し、日本の経済活動は麻痺した。

 台湾に近い南西諸島では、事態はより深刻だった。ネットや電話が一切通じなくなったのだ。これは南西諸島をつなぐ海底ケーブルが中国船籍の船舶に切断されたことが原因だった。島の発電所や通信施設、自治体庁舎、警察署などが正体不明の数百人によって襲撃され、死傷者も出た。

 日本の経済活動は危機に瀕し、国民生活が大混乱に陥っているにもかかわらず、日本政府や自衛隊の対応は鈍い。「事態対処法」に基づく「武力攻撃事態」はおろか、その前段階の「武力攻撃予測事態」すら認定できなかった。

 実際に各地でインフラや庁舎への破壊活動が行なわれているにもかかわらず、政府は「たんなる犯罪やテロなのか、またはわが国を攻撃する意図をもって実施しているのかが明確でなければ事態認定はできない」と説明するにとどまった。各メディアの報道によれば、一部の閣僚は「現状で『武力攻撃予測事態』だと認定できる」と主張しているものの、複数の政府高官や与党幹部らが「事態認定をすることで中国を刺激することになる」「事態認定は国会で説明できる客観的な証拠が揃ってから実施すべきだ」と、消極的な意見が相次いでいることが原因だという。

「このまま日本が武力攻撃を受けたらどうするんだ。こんなにも国家基盤がボロボロの状態で、わが国は戦えるのか」

 国民からは、政府の対応に強い不満と不安の声が巻き起こった。

 事態認定の遅れは、自衛隊の配置にも深刻な影響をもたらした。自衛隊は通常態勢で、それぞれの所属する駐屯地や基地で作戦準備をしている。冷戦期に創設された自衛隊は、旧ソ連への脅威を念頭に北方防衛を重視した配置になっていた。数年前から部隊配備を南西方面にシフトしているものの、まだ不完全な状況だ。したがって台湾有事で自衛隊が戦力を発揮するには、北から南西方面への人員や物資、装備の大規模な移動が不可欠だ。ところが「武力攻撃予測事態」が認定されていないため、全国規模での機動展開を始めることすらできなかった。

■問題の背景

「武力攻撃予測事態」という概念は「武力攻撃事態」とともに2003年の有事法制整備で生まれた。「武力攻撃予測事態」とは、「武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」のことであり、「武力攻撃予測事態においては、武力攻撃の発生が回避されるようにしなければならない」とされている。これは日本がみずから戦争を起こすということではなく、万全の準備を整えることで相手に攻撃を断念させようという意味である。

 当時はまだ冷戦の影響が残っており、日本への武力攻撃は大規模な上陸や航空攻撃、ミサイル攻撃など、攻撃の兆候があり、事前に予測できるという前提で考えられていた。それから20年が経ち、兆候なしで発射できる多数の固形燃料ミサイルをはじめ、発信元の特定ができないまま大被害を受けるサイバー攻撃、戦争状態に発展せずに平時のまま侵食される「ハイブリッド戦」など、日本はまったく新しい脅威に直面するようになった。つまり、現代のサイバー攻撃やハイブリッド戦では、敵が誰なのか、何のために攻撃や破壊活動をしているのか、不明確なことがほとんどなのだ。

 事態認定が難しいのは、「武力攻撃事態」や「存立危機事態」のような深刻度が高い状態よりも、むしろ「武力攻撃予測事態」だといえる。予測事態の認定は、ミサイルが着弾して被害が生じたなどといった客観的な結果が見えない状況で判断しなければならないからだ。ロシアが2014年にクリミア併合をした際も、緒戦のグレーゾーンの段階で「リトル・グリーンメン」と呼ばれる徽章も付けずに覆面を被った正体不明の兵士が空港や軍事基地を占領・封鎖したが、武力行使をしなかったため、ウクライナ政府が手を出せないままクリミア半島を占領されてしまった。

 また、自衛隊の態勢が整わない段階で敵が大規模な奇襲攻撃をかけてきた場合、日本政府は「武力攻撃予測事態」を飛ばして、即座に「武力攻撃事態」を認定することになる。認定には原則として、国会承認が事前に必要だが、緊急時は事後承認となっているため、閣議決定に続いて防衛出動命令という段階を踏むことになる。だが命令が下されてそれを受け取るまでは、自衛隊の部隊は武力行使ができない。

 いずれの判断も、政治決断にかかっている。政治サイドが「事なかれ主義」に陥らず、反対意見に押し切られずにリーダーシップを発揮し、適切なタイミングで事態認定の判断を下すことが、被害を最小限に抑えることにつながる。ただ、日本は戦後一度も事態認定をしたことがないため、政治サイドにとどまらず、国民のあいだにも躊躇があるのも事実だ。それが見えない「障壁」となるのが現状なのだ。肝心の担当閣僚すら、事態認定の訓練やシミュレーションをしたという話は聞こえてこない。政府内の議論や準備状況に鑑みると、予測事態を認定して国家全体を準戦時に移行させることで、戦争勃発を防ごうとするリーダーシップが発揮されるかどうかは心許ない。

 いくら戦略三文書によって自衛隊が優れた装備品や反撃能力を獲得したとしても、対応が後手に回ってしまっては十分に能力を発揮できずに終わってしまう。グレーゾーンにおける的確かつ迅速な政治判断こそが、戦争を抑止することができるのだ。

2.国民保護-1(開戦前夜)

【台湾は中国の攻撃に応戦しているものの、戦力の差は歴然で、劣勢に傾ききつつあった。だが、米国は引き続き台湾に対しては武器や装備の支援にとどまっていた。しだいに中国側の攻撃はエスカレートして、台湾側の敗北が濃厚になってきた。在日米軍基地や自衛隊の駐屯地・基地への攻撃も予想され、事態はさらに緊迫化する】

 中国軍は台湾の主な基地のほか、空港や港などを巡航ミサイルや爆撃機を使って破壊し、断続的に攻撃を続けた。台湾軍は東岸の岸壁をくり抜いてつくった地下格納庫に待機していた戦闘機が応戦したものの、日に日に劣勢となった。中国軍が発射したミサイルの一部は南西諸島の排他的経済水域(EEZ)に頻繁に着弾し、避難を求める声が住民から上がった。

 沖縄をはじめとする南西諸島の約150万人の住民を、どのように本土に輸送すればいいのか。政府と自治体が協議を始めた矢先に、双方の主張は対立した。政府は「要避難地域や避難先地域の指定はするが、具体的な避難方法や住民の誘導などは自治体の責務だ」と主張した。一方で自治体側は「われわれは避難の実施要領をつくっておらず、政府が住民の受入地域や避難手段を調整すべき」と訴えたことで、責任の押し付け合いに終始した。台湾情勢の悪化を受けて、政府と自治体が共同で対処することになったが調整は難航した。東日本を中心とした防災用広域避難場所を一時的に避難先にすることになったものの、それでも圧倒的に不足していた。

「うちの住民は避難させなくて大丈夫なのか」。南西諸島の状況を見た九州の各自治体の担当者から、政府に問い合わせが殺到した。だが、窓口となった総務省の担当者は「要避難地域の指定については、内閣官房に尋ねてくれ」と返答。続く内閣官房の担当者は「戦況の推移次第となる。状況については防衛省に尋ねてくれ」とたらいまわしに終始した。誰もみずからの責任で判断することをせず、右往左往するばかりだった。

 避難のための輸送手段の確保についても、議論が紛糾した。当初、自治体は民間の船舶・航空会社に住民の輸送を打診したが、「南西諸島周辺の情勢が危険なので、派遣はできない」と各社から断られた。

 そこで残された手段は、自衛隊のアセットを使うことだった。各自治体が防衛省に要請した結果、作戦準備のため兵員・物資などを南西諸島に輸送したあと本土に戻る自衛隊の輸送機や輸送艦を使うことが決まった。

 ただ、輸送できる人数は限られていた。主力のC-2輸送機で百人ほど、海自輸送艦も最大で千人が限界だった。さらに、家財道具をもち出して避難しようとする住民や、逆に避難を拒む住民も続出して現場は大混乱となった。そもそも、自治体の職員のみで数十万人の住民を誘導することに無理があった。役所の職員のほか、警察や消防、さらには休校となった学校教員までもが動員されて避難活動にあたったものの、統制がとれず、人数も車両も足りなかった。

 そこで、各自治体から自衛隊に対して国民保護活動を担うように要請が相次いだ。防衛省は普段から「予測事態における国民保護に全力を尽くす」と説明していたので、自治体からの期待感は高まっていた。そこで、自衛隊内で国民保護活動の人員や装備を確保しようとしたところ、予測事態認定を受けて作戦活動と機動展開に忙殺されていた現場から「国民保護どころではない」という声が続出し、ほとんど対応できなかった。これに対し、各自治体からは「災害派遣はいつもやってくれるのに、なぜ肝心の国民保護はできないのか」「太平洋戦争に続いてふたたび沖縄の人びとを犠牲にするのか」などと批判が相次ぎ、記者会見で公然と自衛隊批判を展開する首長が現れた。SNS上でも「いざというときに国民を守るのが、自衛隊の任務ではないのか」「防衛費を上げたのに、役に立たない自衛隊に失望した」など、非難の声が上がった。

3.国民保護-2(開戦後)

【台湾単独での戦闘を続ければ、降伏は時間の問題と見た米国は参戦を決め、人民解放軍と交戦を開始。日本政府は「存立危機事態」を認定し、自衛隊に防衛出動命令が下された】

 沖縄本島では、自治体がかき集めたバスで不十分ながら住民避難が始まった。那覇空港につながる道路では大渋滞が起きて、空港内も避難民でごった返していた。

 こうしたさなか、台湾を巡って米中両軍の交戦が始まった。これを受けて、日本政府も「存立危機事態」を認定した。中国から日本に向けて数百発の弾道・巡航ミサイルが一斉に発射されたのは、その直後のことだった。標的となったのは、在日米軍基地をはじめ、自衛隊駐屯地・基地や民間空港、港湾、幹線道路などである。飛来したミサイルのうち、一部は自衛隊のミサイル防衛システムで迎撃したものの、飽和攻撃には対応しきれず、その多くが着弾して大きな被害が出た。この攻撃によって、政府は「武力攻撃事態」を認定した。

 ミサイルは避難民が押し寄せていた那覇空港にも複数着弾し、ターミナルや搭乗ゲートにいた住民に多数の死傷者が出た。日本政府は「罪のない民間人を狙った違法行為」として中国の対応を非難した。これに対して中国国防省報道官は「『住民と軍を分離しなければならない』という国際人道法の原則を無視した日本側の問題だ。責任は『人間の盾』として住民を利用した日本政府と自衛隊にある」との声明を出した。那覇空港は自衛隊の那覇基地との共用で、戦時には合法的な軍事目標となりうるため、中国側の声明は日本が抱える矛盾点を突くものだった。

 中国のミサイルによって、空港施設や滑走路が修復不能になるほどの被害を受けたため、沖縄県は空路での住民避難の中止を決断し、海路での避難に切り替えることにした。すでに南部にある主要港や軍港はミサイル攻撃によって使えなくなっていたため、生き残った住民は主要道路がミサイル攻撃で不通になっているなか、やっとの思いで中部の漁港に到着した。岸壁から小舟で沖合に停泊する輸送艦に住民をピストン輸送し、本土に向けて出航した。だが、輸送艦は奄美大島沖を航行中、中国軍の「空母キラー」と呼ばれる弾道ミサイル「DF―21D」が命中したことで沈没した。避難住民の多くが犠牲となったこの事件は、一九四四年に沖縄から疎開する学童約八百人などを乗せて九州に向かう途中に米潜水艦に攻撃されて沈没した対馬丸の事件を想起させる悲劇となった。

 一方、避難できなかった住民が頼りにしたのがシェルターだった。沖縄県内に6カ所しかない地下避難施設には多数の住民が殺到したが、ほとんどが入れなかった。運よくシェルターに逃れることができた住民たちもミサイル攻撃の犠牲となった。シェルターには空気や水の浄化装置やトイレすら備わっていないため、地上と行ったり来たりする避難生活を与儀なくされ、そのあいだにミサイル攻撃を受ける市民が後を絶たなかったためだ。しかも、ほとんどのシェルターは、核や生物化学兵器の攻撃から防護する装置が備わっておらず、ミサイルが直撃した際の被害を防ぐだけの、十分な厚さの鉄筋コンクリートでもなかった。沖縄を中心に多数の民間人の犠牲を出したことから、「沖縄戦の再来」などと、政府と自衛隊への批判が噴出した。

■問題の背景

 2004年に国民保護法が制定されて以来、国民保護に関する訓練は全国で実施されている。だが、自治体が企画する訓練のほとんどが「テロリストがデパートに爆弾をしかけた」など緊急対処事態をシナリオとしたもので、戦争を前提としたものは実施してこなかったのだ。

 ただでさえ戦争が起きると大混乱が生じる可能性が高いのに、そもそも訓練すらできていない状況で政府や自治体が対処できないのだから、国民はただ戸惑うばかりだろう。しかも、訓練は繰り返されることで精度が上がるものであり、一度実施すればそれで終わりというものではない。日ごろからの備えの不足が避難の遅れや停滞につながり、犠牲者を増やすことにつながるのだ。

 台湾有事が現実化するなか、いつ誰が、どのような訓練をするかという計画を策定し、南西地域を中心とした国民と一体となった訓練を複数回実施する必要がある。その際には、上手くいくことを前提とした図上訓練だけでは済ませず、できるだけ現実に即したかたちでの実動訓練も実施すべきだろう。

 次にシェルターについては、台湾有事の際にもっとも戦場に近い沖縄県に地下避難施設がほとんど存在しないことが深刻な問題といえる。シェルターとはいえないような地下避難施設をすべて含めても、沖縄県内に6カ所しかない。そのうち6カ所は沖縄本島にあり、先島諸島は石垣市役所の一カ所だけである(出典:「沖縄県避難施設一覧〈202241日現在〉」、内閣官房国民保護ポータルサイト)。

 日本全体で見ても、シェルターの整備は進んでいない。現在の地下避難施設は、公民館地下や地下駐車場という収容人員数も堅牢さも十分でないものばかり。核攻撃に耐えられるシェルターに絞ると、ほとんど整備されていないのが実情だ。NPO法人「日本核シェルター協会」によると、核シェルターの普及率はスイスとイスラエルが100%、米国82%、英国67%に対し、日本はわずか0.02%にすぎない。ロシア軍からの攻撃から市民を守るキーウの地下鉄駅が約70100mの深さにあることを考えると深さも不十分で、現状ではミサイルが周辺に着弾した際に被害を抑える程度の効果しか見込めない。

 2022年末の三文書策定を経た今年度予算においても、シェルターに関する「調査研究費」のみが計上されただけだ。この背景の一つには、「シェルターを整備することは戦争を容認することにつながる」という一部の市民活動家らの反対の声により、自治体や国がシェルターの整備を躊躇したことが挙げられるだろう。このために、浜田靖一防衛大臣は地下部分を有する「自衛隊施設」を新たに整備または改築し、有事においてはそこを避難先にするというアイデアを披露し、いくつかが建設されようとしている。だが本シナリオで見たとおり、戦時には自衛隊施設は合法な軍事目標となるため、中国によるミサイル攻撃で避難先施設が狙い撃ちされ、避難していた多くの住民が犠牲になるリスクがある。シェルターは国民の命を守ることに直結するということを十分意識して、政府・自治体が一体となって整備を早急に進めるべきだ。

 国民保護のための具体策が遅々として進まない背景として、国や自治体の当事者意識の欠如が挙げられるだろう。有事への対処は、防衛省・自衛隊が「自己完結的に」やってくれるという過度な期待に加えて、「戦争は日本とは関係がない」という根拠なき楽観主義のため、有事というものを具体的にイメージすることができず、「国民・住民の命を守る」というもっとも重要なことに備えることができていない。

 多くの国民は、自衛隊については災害派遣で活躍しているイメージが定着しているだろう。だが本シナリオで分析したように、有事になれば主な任務は敵国との交戦であり、国民保護に割ける戦力はほとんどなくなる恐れがある。また、国民保護法では避難方法の提示や避難誘導は基本的に地方自治体の事務だと明記されている。それにもかかわらず、多くの自治体は、国民保護を真剣には考えておらず、実効性のある避難計画の策定や自治体間での事前の調整もほとんど進んでいないのが実情だ。

 同時に、政府側の態勢にも問題を抱えている。国民保護については全般を内閣官房が、自治体との関係を総務省が担当しているが、防衛省や国交省、海上保安庁、警察庁といった省庁も避難における関わりが大きい。これらの多岐にわたる省庁を上手くまとめるかたちで内閣官房がリーダーシップを発揮し、国家として国民保護をどのように実施するかというグランドデザインを示すことが十分にできていないことが、最大の問題となっている。国・自治体双方に問題を抱えているのが実情といえよう。

 〈続く〉