アフガニスタンのタリバン政権が7月、西部ヘラート州で住民から没収した大量の楽器を焼却したという。「音楽は若者を誤導し、社会を破壊する」と断じ、楽器演奏者も処罰されるそうだ。おいおい、筆者だってサックスとベースを嗜む音楽家の端くれ。実に驚くべきニュースである。
確かにイスラムを厳格解釈する宗派は「歌舞音曲」をタブー視してきた。タンバリンをたたきながら歌う少女に近付かないよう預言者ムハンマドが信者に命じたなどとする伝承が残っているからだ。実際サウジアラビアでは過去半世紀、公共の場で音楽の演奏・再生が禁止されてきた。
筆者が1980年に初めて訪れた首都リヤドには映画館も劇場もなく、唯一、音楽らしい響きは1日5回モスクから流れるコーラン朗誦だけだった。ところが今この石油大国は大きく変わりつつある。
2021年11月、サウジアラビア初の公認音楽教育施設がリヤド市内で開校した。その「音楽教室」を運営するのは何と日本の楽器メーカー「ヤマハ」だという。レッスンには4歳児から成人趣味層まで様々なプログラムが用意され、ピアノ、キーボード、エレキギター、バイオリンに加えドラムや管楽器などのコースもあるそうだ。現在は2教室で計140人が在籍しているというから驚きだ。
あのサウジに音楽教育があるなんて最初は信じられなかったが、同国の変化はこれだけではない。今年5月には文化省・教育省が中等・高等教育課程学生を対象に、キャラクター創造、文章、絵コンテの技術などマンガ制作に必要な基礎を学ぶ「マンガ教育プログラム」を発表した。これにも日本の出版社が協力しているという。
こうした背景にはムハンマド皇太子肝いりの「サウジビジョン2030」構想の下で公教育にも文化・芸術を取り入れる戦略がある。なるほどね。実は、日本が関与する教育プログラムは他のアラブ諸国にもある。その典型例がエジプトの日本式教育だ。
16年に東京の小学校を視察したエジプトのシーシー大統領は、児童自らが協力して給食を配膳する姿に感銘を受け、早速、翌年から「特活」など日本式教育の導入が決まったという。今「エジプト日本学校」に通う生徒は全員で教室を掃除し、日直当番を決めている。一人一人は賢くたくましいが、集団での組織的作業が苦手だった、あのエジプトの児童に「場所やモノへの愛着」が生まれ、「家の中でも整理整頓や掃除をするようになった」というから驚きだ。
このエジプトの教育改革にも日本政府・企業が協力している。特に、音楽教育は芸術的感性だけでなく、組織内の協調性を育む観点からも重要だ。エジプト小学校の音楽教育は歌唱と楽典だけの一方通行授業だったが、ヤマハが新たに作った教材は日本式で、歌唱・器楽・音楽作り・鑑賞に加え、集団による協働活動なども取り入れている。
筆者は外務省のエジプト研修時代に初めてアラブ音楽を聴き驚いたことがある。演奏者と歌手全員がほぼユニゾン(単音)を奏で、ハーモニー(和音)がほとんどないのだ。なるほど、ハーモニー(調和)がない点ではアラブ社会もアラブ音楽も同じなのか。エジプト日本学校での音楽教育はリコーダー演奏が中心らしい。こうした授業を通じアラブなど中東・アフリカの子供たちが「集団で音楽を演奏する楽しみ」を知り、そこから「組織での分業や協調の素晴らしさ」を学んでほしいものである。