メディア掲載  外交・安全保障  2023.09.07

日米韓首脳会談はなぜ、そこで

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2023年8月24日)に掲載

国際政治・外交 安全保障 米国 朝鮮半島

8月18日、米ワシントン郊外の大統領山荘キャンプデービッドで日米韓首脳会談が開かれた。直前筆者も別件で米国出張していたが、現地メディアの関心と評価は予想以上だった。今週はこの「歴史的」会合について書こう。

なぜキャンプデービッド

19789月、民主党のカーター大統領はエジプトとイスラエル首脳をキャンプデービッドに招き、国交樹立やシナイ半島返還などの合意を仲介した。有名なキャンプデービッド合意(CDA)である。当時筆者は外務省入省直後でCDAには深い思いがある。その後2000年の首脳レベル交渉は失敗するが、同山荘は今も一部民主党関係者にとって特別な場所だ。その場所で日米韓首脳会談というだけで米側の強い熱意が伝わってくるではないか。

なぜ合意ではなく精神か

今回、首脳会談後に発表された共同声明「キャンプデービッドの精神」は、CDAのような「合意」ではなく「精神」と題された。45年前のCDAには各国の具体的行動が詳細に書かれていたが、今回の「精神」はわずか5ページ。これを「合意」と呼ぶのは無理だ。一部メディアは米国の「前のめり」と書いたが、当たらずとも遠からず。おそらく日韓の具体的合意を求めた米側に対し、日韓側はそこまで踏み切る国内政治環境になかったのだろう。

なぜ米国は急いだのか

インド太平洋地域では中国の台頭が止まらない。ロシア抑止に失敗した欧州ではウクライナ戦争長期化の可能性すらある。欧州にはNATO(北大西洋条約機構)があるが、東アジアでは米国を中心とする2国間同盟を重層化するしかない。かかる多角的安保枠組みの中で最も脆弱な部分が日韓関係なのだ。今中国は何らかの行動を計画しているはず。されば日韓の漸進的関係改善を待っている余裕はない、と考えたのだろう。

制度化は定着するか?

これまでも米国は水面下かつ閣僚レベルで日韓関係改善を働き掛けてきた。皮肉にも韓国の民主化が進むにつれ、日韓関係は「国内政治化」する。過去にも両国関係が改善するたびその反動で「ゴールポスト」が動かされてきた。典型例は文在寅(ムンジェイン)政権だが、今の米国には韓国の試行錯誤に付き合っている余裕はない。だからこそ今回米国は首脳レベルのキャンプデービッドという切り札を切ってでも、日韓連携の「制度化」「永続化」に向け舵を切ったのだ。

韓国外交戦略は変わる?

問題の本質は韓国の個々の政権の政策ではない。注目すべきは今後韓国の国家戦略が変わるか否かである。これまで韓国は北朝鮮の脅威を念頭に朝鮮半島の安全を最優先、中国台頭を念頭に置いた日米の「自由で開かれたインド太平洋」構想とは一線を画してきたが、今回の共同声明を読む限り、尹錫悦(ユンソンニョル)政権は「インド太平洋海域における現状を一方的に変更しようとするいかなる試みにも強く反対する」と一歩踏み込んでいる。今後、韓国が国家として伝統的「バランス外交」を修正し「対中抑止」に舵を切るか否か、これに注目すべきだ。

中国はどう出るか

案の定、中国は「中国脅威論というデマを拡散させた」「日韓は米国の覇権の駒になるべきではない」と強く反発した。想定内とはいえ、中国側はかなりの衝撃を受けているのではなかろうか。

ゴールポスト再び動く?

韓国のリベラル「386世代」は日本でいえば、学生運動に明け暮れた全共闘世代。現在50代とまだ若い386世代の引退は20年後だろう。逆に言えば、今後20年は「ゴールポストが動く」可能性が続くということ。されば、今できることは次回の「ゴールポスト移動」の幅を最小化すること。「全共闘世代」後の日本と同様、韓国の若い世代の政治的成熟が望まれる。