メディア掲載  外交・安全保障  2023.08.09

科学も政治の道具…それが中国

産経新聞【World Watch】(2023年7月27日)に掲載

国際政治・外交 中国

昨年末、米某有力紙が福島第1原発の処理水海洋放出計画を批判する記事を掲載した。「日本は核廃棄物汚染で南太平洋諸国を怒らせている」との指摘に憤った筆者は、今年1月のジャパンタイムズで「同計画は公正かつ客観的プロセスを経て、環境への最大限の安全性を確保すべく、科学的に証明された方法で処理するもの」と述べ、次の通り反論した。

  • 処理水は汚染されていない —— 放射性物質の大半を取り除く多核種除去設備(ALPS)で処理され、安全基準を満たすよう浄化されている。

  • トリチウム水は飲め —— ALPSで除去できないトリチウムは、水素の仲間で雨水や水道水など身の回りに広く存在する。我々も毎日飲んでいるが、トリチウムのベータ線は体内に蓄積されない。

  • 各国も処理水を放出する —— トリチウムを含む液体廃棄物は仏米加中韓などの原子力施設から放出されているが、施設周辺でトリチウムによる悪影響は報告されていない。

  • トリチウムを政治化するな —— 利用可能な最高の科学的水準で処理されたALPS処理水は「汚染水」ではない。この問題は科学的根拠に基づき議論すべし。

ちなみに同記事を書いたのはニュージーランドのフリーランス記者。愉快な記事ではなかったが、核問題に敏感なジャーナリストの矜持なのだろう。それなりにバランスはとれていたと記憶する。

ところが最近再び、これよりはるかにタチの悪い議論が起きている。中国が「日本の『核汚染水』海洋放出は海洋環境の安全と人類の生命・健康に関わる」などと批判し始めたからだ。

中国の非科学的主張

林芳正外務大臣は「悪意のある偽情報の拡散」は「普遍的価値への脅威」であり「日本政府は偽情報やその流布に断固として反対する」と述べた。外務省も中国側主張には次の通り反論している。

原発事故に由来する「核汚染水」は通常の原発排水と異なるのでは?
《外務省の反論》海洋放出ではトリチウム濃度が日本の規制基準の40分の1を下回るまで海水で100倍以上希釈する。事故炉の放射性物質でも、国際的規制基準を守る限り人体や環境への安全は確保される。

放出される処理水は大量過ぎる。
《反論》日本の年間放出量は事故前の管理目標値22兆ベクレルを下回るが、これは中国の寧徳原発の2018年放出実績の5分の1程度に過ぎない。 ▽放出には近隣諸国の了解が必要だ。 《反論》海洋放出について他国の事前了解を得る義務を規定する国際条約等はない。

処理水に問題ないなら国内の湖川へ放出せよ。
《反論》トリチウムの放射能濃度が自然レベルを超えるのは原発近傍半径2キロに限られ、海洋放出は国際原子力機関(IAEA)も「技術的に実現可能であり、国際慣行に沿ったもの」と評価している。


日本が切り返すには

外務省の反論は科学的根拠に基づくが、中国は批判をやめない。文化から科学まで森羅万象が政治的意味を持つ中国には「科学的根拠に基づく丁寧な説明」など馬耳東風なのだ。20年前、筆者の北京赴任前に外務省の先輩が「中国で文化は政治だよ、文化大革命って言うだろう?」と言っていたのを思い出した。

ではどうすれば良いのか。中国がトリチウムを政治化するなら、日本も政治的に切り返すしかない。筆者が政治家ならズバリ、「トリチウム水」を飲んで見せるだろう。自然界にある水素の仲間なら処理水の「水割り」を飲んで証明してはどうか。そう考えて関係筋に聞くと、それはできないという。原子炉等規制法と実用炉規則により、海水と混ぜる前の処理水を取り出すのはご法度らしい。なるほどね。でも、これでは中国との政治戦に勝てない。どこかに処理水を豪快に飲み干す政治家はいないものかね?