メディア掲載  外交・安全保障  2023.08.03

自衛隊と外務省に訪れる危機

産経新聞「World Watch」(2023年7月13日)に掲載

安全保障

先週は感慨深い1週間だった。キヤノングローバル戦略研究所が3日に主催した政策シミュレーションには若き俊英の国会議員が4人も参加してくれた。6日は久しぶりで広島の海上自衛隊呉地方総監部を訪れ、地方総監や若き「海の男女」と話す機会を頂いた。翌7日には外務省元同僚の悩みを聞き、あの銃撃事件から1年となった8日には「安倍晋三元総理の志を継承する集い」の後、若き友人の結婚式にも参列した。わずか1週間ではあったが「日本は変わり始めたな」との思いを強くした。

■ 呉総監の仕事
帝国海軍呉鎮守府の伝統を受け継ぐ呉地方隊の総監の任務は膨大だ。和歌山県から宮崎県に至る112県と東京都の沖ノ鳥島を含む広大な陸海域の防衛警備や各部隊への後方支援に加え、災害派遣、救難活動、民生協力などの責務を負う。兵器など正面装備の整備も大事だが、地方組織の日常業務が如何に大切かを、今回改めて思い知った。

呉で自衛隊員を前に行った2時間の講演では鋭い質問が相次ぎ、頼もしい「海の男女」たちが育っていると感じた。彼らの仕事ぶりには驚くばかりだが、もっと驚いたのは今の自衛隊の悩みが「求人難」ということ。どんな組織でも中核は若く優秀な中堅職員だが、自衛隊ではそうした下士官クラスを供給する人材のリクルートが難しくなっているのだそうだ。

■ 外務省員の退職
外務省でも同様の話を聞いた。今霞が関では30代前半までの若手職員が次々と辞めているという。昔なら「給料は安いが国民のために頑張る」のだろうが、今は異動で希望ポストが得られなければ、あっさり退職するらしい。筆者が入省した頃は漠然と「国のため仕事がしたい」と思い、国会答弁作成作業で何日徹夜が続こうが、生活の厳しい途上国勤務になろうが、辞めようとは思わなかった。「おいおい、そう言うお前だって途中退職したではないか」とお叱りを受けそうだが、当時は「やりたくない仕事ほど大事」と錯覚し、がむしゃらに働いたものだ。勿論、これは古い「昭和」の話である。

■「働き方改革」の功罪
中堅職員の大量退職は霞が関だけの問題ではない。今や大企業でも「転職は35歳が限界」らしく、優秀な若い社員はさっさと辞めていく。

 第2次安倍政権の「働き方改革」の目玉は、(1)長時間労働の是正(2)多様で柔軟な働き方の実現(3)雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保だった。ところが若手退職組は「働き方改革」で禁じられた長期残業など厭わない。それよりも自分たちが望む分野で可能性を試したいのだ。彼らは思うように働けなくなった日本企業に愛想を尽かし、一部は海外を目指すという。なるほど、そういうことね。

■ 消える実働部隊
だが、これが日常化するとどうなるか。企業は今働き盛りの中堅幹部を失い、管理職が残業し日々の業務をこなしているという。これって一体何なのか。筆者は「日本沈没の予兆だ」と唸るばかりだ。

日本では少子高齢化が進行し、労働力の確保が深刻な課題になるといわれ久しい。生産年齢人口は2030年に6773万人(10年から17.1%減)、60年には4418万人(同45.9%減)となる。

■ 没落する日本
自衛隊でも外務省でも、また民間企業でも、このままいけば、組織が空洞化するだけだ。逆に言えば、危機感を持って従来の人材確保方法を根本的に見直さない限り、日本の官僚組織も民間企業も国際的競争力を失い、日本の組織と産業は一層空洞化していく。今求められているのは、危機感を伴う真の「働き方改革」ではなかろうか。