メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.06.01

持続型へ変貌する米国農業と対照的な日本農業

自己改革怠れば、市場から排除

「金融財政ビジネス」 (2023年4月10日号掲載)

農業・ゲノム

穀物価格の上昇で米国など穀物輸出国が好況に沸いているのに、その穀物を輸入して家畜のエサにしている日本の酪農・畜産は苦境に陥っている。NASA(米航空宇宙局)による地球水循環に関する分析通り、将来的に米国でトウモロコシの生産が減少すれば、日本はさらなる打撃を受ける。米国農業はこれまでの資源収奪型から気候変動対応や土壌健全化など持続可能な農業に変貌している。持続可能な農業やアニマルウェルフェア(動物福祉)へ対応していることが取引のための認証基準として要求されれば、日本農産物は市場から排除されかねない。


2月から3月にかけて農業先進国である米国やオーストラリアの政府や民間主催の食料・農業フォーラムに出席した。あるセッションでは、メインの報告者ともなった。そこで見聞きしたのは、これらの先進的な農業の大きな変貌だった。

好調な米豪と救済を求める日本

2022年はこれらの農業にとって記録的な収益を挙げた年だった。これらの国から穀物を輸入してエサとする日本の酪農や畜産は、21年までは穀物価格の低迷により大きな利益を得ていた。それが今では穀物価格の高騰によって、政府に大幅な価格上昇分の補填などの救済を要求している。それを日本のマスメディアは酪農家がかわいそうだというトーンで報道している。

穀物価格高騰前の状況を示そう。図表は、17年と18年について、民間の平均年収(給与所得者の所得)を100として、農家所得と比較したものである。民間の平均年収は17年432万円、18年441万円である。

〈図表〉農家所得(民間平均年収=100)

fig01_yamashita.png

(出典)農家所得:農水省「営農類型別経営統計(個別経営)」
民間の平均年収は国税庁「平成30年分民間給与実態統計調査結果について」)より筆者作成


繁殖牛を除いて、ここに挙げた業種の農家所得は民間の平均年収の倍以上、酪農や養豚の大規模経営では、17年は民間の平均年収の11~16倍である。

農家と他産業で労働時間の違いがあることを考慮して、家族労働一時間当たり農業所得を他産業の単位時間当たりの給与(時給)と比較しよう。民間の平均時給は17年2133円、18年2205円である。酪農では、全国平均2509円(17年は3007円)、大規模な100頭以上層4647円(同5256円)。大規模層では、民間の倍以上の報酬を得ている。

19年当時、北海道酪農の実態を知っている新聞記者は、「今、酪農バブルといわれてますが、北海道で酪農バブルなんて記事は書けませんよ」と私に言っていた。22年に起こったことは、このバブルが弾けただけなのだ。

輸入穀物の加工業だと言ってよい今の酪農経営は、穀物の国際価格の動向に影響される。しかし、最近まで穀物価格は低位安定していた。副産物のオス子牛価格も3万円が15万円ほどになった。このため酪農家の所得は15年から5年間1000万円を超えた(17年は1602万円)。穀物の国際価格は大きく変動する。輸入穀物依存の経営を選択したなら、価格高騰時に備えておくべきだ。経営が好調なときは黙っていて、穀物の価格が高騰した途端に政府(納税者である国民)に補填を要求するのはフェアではない。

非持続的な酪農・畜産

牧草地で飼育する一部の酪農と肉牛を除いて、日本の畜産は米国等から輸入されたトウモロコシ、大豆、乾草などをエサとしている。シーレーンが破壊され、飼料の輸入が途切れると、日本の畜産は壊滅する。食料危機の際には、何の役にも立たない。

環境面でも多くの糞尿を排出している。穀物などの農産物生産に使われないので、日本の国土に大量の窒素分が蓄積する一方である。牛のゲップは、二酸化炭素より温暖化効果が高いとされているメタンが含まれる。糞尿もメタンや亜酸化窒素を発生する。

米国では、温暖化ガスを発生させる酪農・肉用牛生産への批判から、植物を使った食品(肉だけでなくチーズなども)や牛などの細胞を使った培養肉(肉だけでなくキャビアまでも)の開発・実用化が急速に進んでいる。数年前までは価格・コストが高いことが問題視されたのに、現在の課題は食味の向上だという。コストの問題は解決したようである。ある会議で「牛が生産するもの全て(牛乳も肉も)が持続的ではない」という発言があったのには驚いた。

日本の畜産は健康上も問題がある。魚の脂やナッツなどに含まれるオメガ3は血液をサラサラにする機能を持っている。これに対し、牛肉、豚肉、バター、大豆油などに含まれるオメガ6は、白血球に働きかけてウィルスや病原体を攻撃させるという重要な役割を持っているが、これを摂取しすぎると、自分の身体を攻撃するようになり、動脈硬化を進行させ、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす。オメガ3はこの作用を抑制する働きをするが、オメガ3とオメガ6の比率が1:2を超えると、オメガ6が暴走してしまう。しかし、畜産物摂取が多い欧米型の食生活になってしまったため、日本人ではこの比率が1:6~1:10になっている。

牧草を食べさせて肥育した牛肉では、この比率も1:2であるのに、トウモロコシなどの穀物で肥育した牛肉では、1:8~1:10に上昇する。和牛など穀物肥育した国産の牛肉を食べていると、動脈硬化を起こしてしまう。国民は、所得の高い畜産農家のために、関税による高価格を負担し、補助事業への納税者としての負担を行い、その結果、高い医療費という負担を強いられることになる。

環境の面でも国民の健康の面でも、輸入穀物を飼料とする日本の加工型畜産はマイナスの効果をもたらしている。経済学では、これを「外部不経済効果」という。この場合行うべきは、保護や補助ではなく、このような効果を有する活動を抑制・減少するための規制や課税である。しかし、日本の農政は、公害をまき散らす工場に生産補助金を与えてさらに悪化・増大させるようなことをしているのだ。

特に、我が国の農業産出額の中で、問題が多い牛を利用した畜産(20%)は、米(16%)を凌ぐ一大農業部門となっている(21年)。世界で行われているのは、畜産の縮小であるのに、日本は畜産部を局に昇格させて振興しようとしている。

いずれ壊滅する日本の酪農・畜産

多くの国民は、酪農から「牧草を食む牛」を想像する。しかし、放牧されている牛は2割に満たない。ほとんどは、狭い牛舎の中で、また首を繋がれたままで歩くことも許されず、米国産の輸入穀物を主原料とする配合飼料を食べている。栄養価が高く、乳量が上がるからだ。1990年代以降土地が広い北海道でも配合飼料依存が高まった。

JA農協は、酪農家が生産した生乳を販売するだけではなく、米国から穀物(主にトウモロコシ)を輸入し、これを加工して付加価値を付けた配合飼料を、酪農を含む畜産農家に販売することで利益を得た。生産物と資材の販売の双方向で二重に手数料を稼いだのである。米国は牛肉については自由化や関税削減を強く迫ったが、バターを主体とする乳製品については、ホエイを除き関税引き下げを求めなかった。日本の酪農を維持して穀物を輸出した方が有利だからだ。日本の酪農については、JA農協と米国穀物業界は利益共同体である。被害者は、高い牛乳や乳製品を買わされる日本の消費者である。

日本の酪農は米国に基盤を持つ産業と言ってよい。かつての日本経済と同様、米国がクシャミをすれば日本は肺炎にかかる。その米国のトウモロコシ生産に異変が起きそうなのだ。

米農務省主催のフォーラムで、NASAの地球科学課長は、衛星による宇宙からの地球の水循環に関する分析(土壌表面だけでなく土壌内部の水分濃度まで分析できる)から、乾燥地帯はより乾燥し、湿った地域はより湿潤になるとし、気候変動がさらに厳しいものになると予測した。続けて、米国で最も土地が肥沃な中西部のコーンベルトで、トウモロコシの収量が低下し小麦の収量が増加すると報告した。つまりコーンベルトが小麦ベルトになるというのだ。

これは、コーンベルトの農家にとって、かなりのショックだったようだ。小麦ではなくトウモロコシを生産してきたのは、トウモロコシの方が高い収益を上げられるからだ。米国で現在小麦を作っているのは、肥沃度の劣る西部地域である。コーンベルトが小麦ベルトになることは、農家所得が減少することを意味する。

他方で、日本の酪農・畜産は米国産トウモロコシをエサにしている。米国でトウモロコシ生産が減少し、その価格が上昇していくと、日本の酪農・畜産はいずれ壊滅的な打撃を受ける。現在のトウモロコシ価格上昇は、その序曲に過ぎない。

日本の酪農が生き残ろうとするなら、輸入飼料に依存しない、酪農本来の放牧型へ転換するしかない。農林水産省や農林族議員が現在行っている飼料価格上昇分の補てんは、死期が近い患者への延命治療に過ぎない。

変貌する世界農業

米国や豪州の会議でもっとも印象的だったのは、日本の農業とは全く逆の持続型農業への展開だった。

豪州の農業者は、ESG(環境・社会・企業統治)を盛んに話題にしている。気候変動への対応は会議のメインテーマである。

注目すべきは米国農業の変貌である。かつて日本の農業関係者は米国農業を貴重な土壌や水を収奪する非持続的な農業だと批判してきた。それがこの数年で180度と言っていいほど変化した。持続可能性(サステイナビリティ)は農業者共通のキーワードとなっている。米農務省は有機農法を積極的に推進している。

米国の農業者は、気候変動に真剣かつ積極的に向き合うようになった。農業は、温暖化ガスの2~3割を排出する加害者であると同時に、気候変動の影響を最も受ける被害者でもあるからだ。石油業界に支持される米国共和党は気候変動に懐疑的である。しかし、農業者のほとんどが同党支持者である。地方でキャスティングボートを持つ農業者は、いずれ地方を基盤とする共和党の気候変動対応を変更させるかもしれない。

また、「土壌健康(soil health)」という言葉も頻繁に耳にした。日本で言うと、「健康な土作り」というものだろう。土壌の状況に同じものはない。従って、こまめな対策が必要だという。炭素を貯蔵する土壌は気候変動対策としても重要である。

植物が生育するために、土壌には植物が水を吸収できる「保水性」と呼吸できる「通気性」という相矛盾する機能が要求される。このような構造や肥沃度を持つ土壌は、表面から30㎝程度の深さ以内の「表土」と呼ばれる部分に限られている。

しかし、表土を作るためには有機物と土壌微生物等が必要で、その生成速度は1㎝について200~300年と推定されており、30㎝の表土は6000~9000年という長い期間をかけて形成されたものである。これが失われることは、農業生産力をほとんど喪失したも同然である。

風や水に土がさらされると、土壌侵食は進行する。米国では土壌侵食が発生しやすい地域が多い上に、大型機械の活用により表土が深く耕されるとともに、作物の単作化が進み収穫後の農地が裸地として放置されるので、より侵食が進行した。1930年代米国の大平原地帯で、開拓された農地から強風により表土が吹き飛ばされ、シカゴ等まで到達する「ダストボウル」という現象が発生したため、米農務省に土壌保全局(現天然資源保全局)という特別の組織が設置され、土地を耕さない不耕起(no-till)栽培、等高線耕作、作物残さの放置等の方法も提案されてきた。しかし、非耕法を用いれば雑草防止のため、作物残さを農地に放置すれば害虫除去のため、それぞれ農薬をより投下しなければならない。米国で遺伝子組換え農産物が普及した理由の一つに、土壌侵食防止にも資する農薬や害虫に強い農産物を必要としたことが挙げられる。

日本の農業者は補助金がなければ取り組まないだろうが、彼らは補助金がなくても、表土・水分の維持や炭素貯蔵に役立つ不耕起栽培(耕さなければ炭素や水を土中に固定できる)やカバークロップ(被覆作物)などに自発的、積極的に取り組んでいる。

興味深いのは、農業自体に対する態度の変化だ。かつて米国の農家は、短期的な収益が確保できなければ、すぐに農場を放棄してしまうと言われた。ところが、農地を子孫まで残すのだという意識が高まっている。自己紹介の際に、「私はX代目の農家だ」という枕詞が誇らしげに使われる。ところが、日本では、先祖伝来の農地(ただし、多くは農地解放でただ同然で取得)と言いながら、宅地に転用したいと多額の金を積まれると、喜んで農地を売却してきた。農家は栄えて、農業は滅んだ。

アニマルウェルフェアへの甘い対応

豪州の農業大臣は、「EUの農業担当大臣はアニマルウェルフェアのことばかり話をしていた」と語っていた。EUでは農業関係で気候変動と並んでアニマルウェルフェアが大きな関心事項なのだ。

ところが、日本の畜産は、輸入トウモロコシなどの加工工場といっても過言ではない。動物がいる工場に、輸入穀物を投入し、生産物として牛乳、食肉、卵が出てくるというイメージを持ってもらえばよい。農家もそのような認識でいるのだろう。

日本では狭いケージ(籠)に鶏を閉じ込めて鶏卵が生産する。アニマルウェルフェアの主張が強い欧米では、ケージフリーの飼育が行われている。吉川貴盛・元農林水産大臣が汚職で有罪判決を受けたのも、ケージフリーが(国際獣疫事務局〈OIE〉の)国際基準にならないよう鶏卵業界が農林水産省に働きかけようとしたためだ。酪農も、本来草を食べる反芻動物の牛に穀物を食べさせ、狭い牛舎に固定して歩くなどの運動も十分させず、出産後は子牛に初乳だけ飲ませてすぐに引き離すようなことをしている。

企業活動について、プロダクト自体の特性ではなく、それを提供している企業がESGやCSR(企業の社会的責任)にどのように取り組んでいるのか、プロダクトの背景にどのようなストーリーやヒストリーがあるのか、環境負荷をかけないなどの生産方法で提供されているのか、などプロセスが重視されるようになっている。GAP(農業生産工程管理)の認証を受けなければ、欧州の量販店で農産物を販売できないし、オリンピック・パラリンピックの選手村でも提供できない。このように、持続型農業やアニマルウェルフェアを実践しているという認証を受けた農産物でないと、量販店が扱わないという方針を打ち出せば、日本の農産物は市場から排除されかねない。気候変動やアニマルウェルフェアなどを甘く見ないほうがよい。日本の農業がこれらの課題に積極的に対応することが望まれる。