メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.04.20

国民のための農政を実現する方法

『週刊農林』第2510号(4月5日)掲載

農業・ゲノム

食料安全保障や多面的機能という利益を向上させるためには、どのような方法で実現すべきかを議論したい。

世界標準から周回遅れの日本農政

OECDが開発したPSE(Producer Support Estimate)という農業保護の指標は、財政負担によって農家の所得を維持している「納税者負担」と、国内価格と国際価格との差(内外価格差)に国内生産量をかけた「消費者負担」(消費者が安い国際価格ではなく高い国内価格を農家に払うことで農家に所得移転している額)の合計である(PSE=財政負担+内外価格差×生産量)。

農家受取額に占める農業保護PSEの割合は、2020年時点でアメリカ11.0%、EU19.3%に対し、日本は40.9%と異常に高い。欧米の方が保護が手厚いというのはフェイクだ。

しかも、欧米が価格支持から直接支払いへ政策を変更しているのに、日本の農業保護は、価格支持や関税による消費者負担の割合が圧倒的に高い。2020年ではアメリカ6%、EU16%に対し、日本は76%(約4兆円)である。国内価格が国際価格を大きく上回るため、輸入品にも高関税をかけなければならない。

fig01_yamashita.png

(出典)OECD “Agricultural Policy Monitoring and Evaluation 2020”より筆者作成

直接支払いの方が価格支持より優れた政策であることには、世界中の経済学者のコンセンサスがある。本来市場で実現している価格より高い価格を農家に保証しようとする価格支持は、過剰を生じ、それを処理するために、財政負担(補助金)が必要となる。この問題に気付いたEUは、1993年価格支持から直接支払いに移行した。日本も1995年に食糧管理制度を廃止した際、直接支払いに移行するチャンスがあった。しかし、減反で供給を減少させ、高い米価を維持することを選択してしまった。今は、減反によって事前に過剰米処理をしていることになる。日本の政策当局者にとって不幸だったのは、EUと異なり、日本には、高米価で発展してきたJA農協という圧力団体があったことだ。

最も簡単な物価・食料安全保障対策

医療のように、本来財政負担が行われれば、国民は安く財やサービスの提供を受けられる。しかし、米の減反は補助金(納税者負担)を出して米価を上げる(消費者負担増加)という異常な政策である。国民は納税者として消費者として二重の負担をしている。主食の米の価格を上げることは、消費税以上に逆進的だ。

減反を廃止するだけで3500億円の財政負担なくなる。米価が下がって困る主業農家への補てん(直接支払い)は1500億円くらいで済む。サラリーマン収入に依存している兼業農家には、所得補償となる直接支払いは不要である。

2008年、糊用に安く汚染米を政府から買い入れた業者が主食用に高く転売して、利益を得るという事件が起きた。米の一物多価を作り出している減反廃止で、こうした事件はなくなる。

米価は下がり消費者は利益を受ける。零細な兼業農家は耕作を止めて主業農家に農地を貸しだす。主業農家に直接支払いを交付すれば、これは地代補助となり、農地は円滑に主業農家に集積する。規模拡大で主業農家のコストが下がると、その収益は増加し、元兼業農家である地主に払う地代も上昇する。

都府県の平均的な農家である1ha未満の農家が農業から得ている所得は、トントンかマイナスである。こうした農家のゼロの米作所得に、20戸をかけようが40戸をかけようが、ゼロはゼロである。しかし、20haの農地がある集落なら、1人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと、1,500万円の所得を稼いでくれる。これを地代として、みんなの農家に配分した方が、集落全体のためになる。

農地に払われる地代は、地主が農業のインフラ整備にあたる農地や水路等の維持管理を行うことへの対価である。健全な店子(担い手農家)がいるから、家賃によってビルの大家(地主)も補修や修繕ができる。このような関係を築かなければ、農村集落は衰退する。農村振興のためにも、農業の構造改革が必要なのだ。

農地が流動化しないのも輸出が増えないのも、全て米価が高いことに原因がある。これを改める勇気がないので、農林水産省は効果のない無駄な政策ばかり繰り返してきた。

私的な経済を活用して無駄な財政支出を止めよう

先物取引は、生産者にとって、将来の価格変動へのリスク回避の行為を行い、経営を安定させるための手段である。1万5千円で売る先物契約をすれば、出来秋の価格が1万円となっても、1万5千円の収入を得ることができる。

これまで農政は、米価が下がると市場から米を買い上げて米価を維持したり、農家に価格低下分を補てんしてきた。2019年には、価格低下や災害などで収入が減少した場合に補てんする保険制度を導入した。

このような施策があるから、農家は試験的に導入された先物取引にメリットを感じなくなり、これを利用しようとしなかった。利用量が少ないことを主張して、農政トライアングルは先物取引の本格導入を認めなかった。しかし、先物を利用すれば、価格補てんや保険制度などは要らなくなる。国民負担は軽減される。

真剣に食料自給率を向上させよう

1960年の食料自給率79%も今の38%も、その過半は米である。つまり、食料自給率の低下は、米生産を減少させてきたことが原因なのである。

最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止による米の増産とこれによる輸出である。平時には米を輸出し、危機時には輸出に回していた米を食べるのである。平時の輸出も、財政負担の必要がない無償の備蓄の役割を果たす。

輸出とは国内の消費以上に生産することなので、食料自給率は向上する。現在の水田面積全てにカリフォルニア米程度の単収の米を生産すれば、1,700万トンの生産は難しくはない。国内生産が1700万トンで、国内消費分700万トン、輸出1000万トンとする。米の自給率は243%となる。

現在、食料自給率のうち米は20 %、残りが18%であるので、米の作付け拡大で他作物が減少する分を3%とすると、この場合の食料自給率は64%(20%×243%+18%-3%)となり、目標としてきた45%を大きく超える。

農政は麦や大豆の生産を振興すると言うが、これは1970年からの減反=転作を行ってほとんど効果がなかった政策である。また、財務省は減反の補助金を払いたくないため、水田の畑地化を推進しようとしている。これは品質が悪く過剰となっている国産小麦をさらに過剰にするばかりか、畑を大きく上回る水田の多面的機能を損なう。日本に適した農産物は米である。米はグルテンフリーであるばかりか、体内で合成できない必須アミノ酸を小麦より多く含む。

農政をスリム化する

欧米と異なり、日本では行政が課題を細かく設定し、補助している。さらに、法令に加え、補助事業ごとに、複雑な交付条件、申請手続きなどに関する通達が作られる。自治体職員は、これを読み込んだうえで、農家等の補助金申請を手助けしなければならない。農林水産省は、彼らが地域の農業振興に必要な政策を考える時間を奪っている。

また、様々な事業が多くの課ごとに作られるため、政策の整合性は図られない。例えば、農家が投資してコストダウンを図っても、農産物価格が低下すると消費者はメリットを受けるが、農家は投資額を回収できなくなると考えて投資しなくなる、これが、農地整備という私的な投資を公共事業で行う根拠なのに、農産物価格を下げないことを目的とする減反に巨額の国費を投入した。農政は矛盾の体系である。

食料安全保障も多面的機能も、農地資源を維持してこそ達成できる。そうであれば、品目ごとの農業政策や就農補助などこまごました補助事業は全て廃止して、農地面積当たりいくらという単一の直接支払いを行えばよい。このような単一の直接支払いは、EUが長年の改革の末到達した農業保護の姿である。

農地を利用しない輸入飼料依存の畜産には直接支払いは交付されない。直接支払いをどう使うかは農家の経営判断である。土地改良を行いたければ、直接支払いから出せればよい。農業土木技官がゼネコンに天下るための公共事業予算獲得運動などなくなる。農水省の組織・定員は大幅にスリム化できる。自治体職員は、こまごました零細な補助事業に悩まされなくなる。これこそ国民のための農政ではないだろうか。