メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.04.11

人口減前提の成長モデルを

少子化対策の視点(下)

日本経済新聞【経済教室】(2023年3月29日)に掲載

経済政策

<ポイント>

○日本経済の停滞の一因は資本蓄積の低迷

○電力確保や省人化のための設備投資必須

○教育投資充実で少人数でも技術革新実現


諸外国に例を見ない速さで少子化・人口減少が進んでいる。2022年の出生数が80万人を下回ったとする厚生労働省の報告は衝撃をもって伝えられた。

政府は育児費用の補助などを柱とする様々な政策を異次元の少子化対策として検討している。これらの政策により、子育てに関する不安や懸念が解消され、出生数が回復することが望まれる。しかし育児の金銭的支援は以前から存在し、効果があまり上がっていないのも事実だ。最悪のケースとして、人口減少下の成長戦略を考える必要がある。

経済学では、経済成長は消費などの需要面ではなく供給面、具体的には労働力、資本、技術力(技術革新などを示す全要素生産性)の3要素の持続的増加により実現されると考える。成長に貢献する資本は、設備や機械、無形資産などからなる物的資本、そして人々の持つ能力を指す人的資本の2種類で主に構成される。

日本では経済成長の第一の要素である労働力が今後急減する可能性が高い。女性やシニアの就業が進み、生産年齢人口(1564歳)の就業率は20年前の約68%から約78%に上昇した。しかし就業率上昇による労働力の確保にはまもなく限界が来るだろう。経済成長を実現するには、残りの要素である資本と技術力の水準を高めていくしかない。

日本では資本、特に物的資本の蓄積の度合いが他国に比べ不足していることがわかっている。図はマクロ経済の統計サイト、ペン・ワールド・テーブル(PWT)のデータを基に、1999年から19年にかけての主要先進国の物的資本増加率と国内総生産(GDP)伸び率(ともに労働者1人当たり、年平均)の関係を散布図で示したものだ。図は因果関係を示したものではないが、資本の増加が長期的なGDPの増加に欠かせないとする経済成長論の理論的予測と整合的だ。

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日本は人口が減っているにもかかわらず、人口1人当たりでみた物的資本の伸びも極めて弱いことがわかる。日本経済の低迷がある意味必然的なことを示唆している。労働力が減少する中で、経済を成長させるにはまず物的資本の増大つまり設備投資が欠かせない。

今の日本に必要な設備投資は多岐にわたるが、特に重要なのは発電関連の設備投資だろう。ウクライナ危機や円安に伴うエネルギー価格の高騰は、日本経済に重くのしかかっている。市場経済の基礎であるエネルギーの多くを輸入に頼る中で価格高騰が続けば、日本製品の持つ付加価値が全体として下がる恐れがある。この状況下で日本経済の持続的成長は到底望めない。

今後は、脱炭素の原則に沿うエネルギー源の確保に向けた大規模投資が望まれる。東京ガスは23年、成田国際空港と合同で空港敷地内に太陽光発電所を設置するための会社を設立した。こうした発電所増設の取り組みを医療・商業施設でも進めるべきだ。また、さいたま市では全住宅に太陽光パネルを設置し、同時に蓄電機能も備えた地区(スマートシティー)の開発を進めている。都市計画の際には、発電・蓄電の面での効率性をこれまで以上に意識する必要がある。

ただ気象状況に頼ることの多い再生可能エネルギーには安定供給の面でリスクもある。風力発電設備では地域住民に反対されるケースも起きている。脱炭素の観点から火力発電の強化も困難な中で、少なくとも短期的には原子力発電に頼る必要がある。再稼働に加え、安全性を高めるためにも建て替えを進めるべきだ。

日本の労働者の賃金が相対的に安くなっていることもあり、北海道や熊本県での半導体工場建設など、製造業の国内回帰が進んでいる。この動きが経済にプラスなのは間違いないが、戻ってきた工場が安定した生産を続けるには、電力確保は必須の課題といえる。

一方、日本では省人化・デジタル化投資が活発化しているが、まだ十分でない産業もある。例えば鉄道サービスについては、ワンマン運転といった効率化に増強の余地がある。また管理に費用のかかる券売機などを取り外し、代わりにクレジットカード決済が可能な改札機を備えた駅を増やすことなども検討すべきだ。さらに都市部の路線・ダイヤが複雑化する一方、運転士が不足する中では、人流などのデータを解析し、簡素化することも必要だ。

資本蓄積のための設備投資は経済発展に必須だが、それだけでは十分でなく、技術力の向上つまり技術革新も欠かせない。PWTのデータによれば、意外にも日本の技術水準(全要素生産性)の最近20年の伸びは、資本と異なり、他の先進国と比べ劣っていない。

ただチャールズ・ジョーンズ米スタンフォード大教授が最近の研究で示したように、人口減少によりアイデアの蓄積を通じた技術革新が起きにくくなり、結果として経済が停滞する恐れがある。技術革新には多くの人々が携わってこそ成功する面があり、こればかりは機械で代替できない。

ジョーンズ教授が示唆しているように、人口減少下で経済成長を続けるには、技術革新のエネルギーともいえる人々の能力、つまり人的資本の水準を、教育・人材投資を通じて向上させる必要がある。筆者の研究によれば、人口が減っても人材投資の水準が十分であれば、持続的な技術革新を通じた経済成長が可能だ。その際、人材育成は学校だけでなく、企業でも継続的に実施される必要がある。

日本の学校教育、特に初等・中等教育の水準は高く、経済協力開発機構(OECD)が実施する学習到達度調査(PISA)の順位も先進国でトップクラスだ。だが大学や企業での教育には課題が残されている。例えば宮川努・学習院大教授の調査が示すように、日本企業が人材投資にかける費用は諸外国に比べ少ない。

ただ近年はデジタル技術習得の必要性もあり、その傾向は変わりつつある。例えばキヤノンや旭化成は、デジタル人材育成のための独自の教育プログラムを作成している。また日本IBMは自治体と共同で高松市に新たな拠点を設け、デジタル人材育成プログラムを社外の個人・法人に提供することを決めた。こうした取り組みが全国的に波及することが望まれる。

企業での人材投資を生かすために、大学教育についても変革が必要だ。これまで大学のカリキュラムは主に学術研究の基礎教育として位置づけられていたが、今後は企業での教育プログラムとも連動し、就職後必要となる技能の習得に寄与するものに変えるべきだ。それには企業の力を借りる必要がある。NEC23年、東京工業大学と共同で博士課程の学生を支援する制度を設ける。社員が学生に研究の助言をすることが予定されている。同様の取り組みが学士・修士課程にも広がることが期待される。

これからの日本を、様々な投資を通じて物的・人的双方の資本が蓄積され続けるような社会に変えることができれば、たとえ人口が減っても持続的な経済成長は十分期待できるだろう。