メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.03.24

6000万人以上の日本人は餓死する…台湾有事からの「輸入途絶」で起きる現代の大飢饉を警告する

米の生産量を減らし続けた農水省とJA農協の罪

PRESIDENT Onlineに掲載(202292日付)

農業・ゲノム

ロシアによるウクライナ侵攻の影響で、途上国では食料危機が起きている。日本ではこうしたリスクはないのか。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「台湾有事などで海上交通路が破壊された場合、輸入に依存している日本の食料供給は壊滅的な被害を受ける。国内の米生産だけでは必要量の半分に過ぎず、国民の多くが餓死する事態になるだろう」という――

※本稿は、山下一仁『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。


いま、ウクライナで起きている食料危機

食料安全保障には、2つの要素がある。①食料を買う資力があるかどうか、②食料を現実に入手できるかどうか、である。つまり、経済的なアクセスと物理的なアクセスである。

貧しい途上国では2つとも欠けている。世界的な不作などが原因で食料品価格が上がると、収入のほとんどを食費に支出している人は、買えなくなる。このとき、先進国が港まで食料を運んでも、内陸部までの輸送インフラが整備されていないと、食料は困っている人に届かない。

別の観点から見ると、食料危機には2つのケースがある。ロシアのウクライナ侵攻では、2種類の危機が同時に起きた。

1つは、価格が上がって買えなくなるケースである。途上国では所得のほとんどを食料品の購入に充てている。例えば、所得の半分を米やパンに充てているとき、この価格が3倍になると、食料を買えなくなる。

2008年にはフィリピンなどでこのような事態になったし、インドが2008年に米、2022年に小麦の輸出を制限したのも、自由貿易に任せると国内から穀物が輸出され、国内価格が高い国際価格まで上昇することを避けようとしたためだ。

2022年のロシアのウクライナ侵攻による小麦価格の高騰で、スーダンでは暴動が起きている。マスメディアで報道されているのは、この危機である。たしかに、途上国の貧しい人にとってこれは重大である。しかし、所得水準の高い日本では、このような事態は起きない。

日本でも物流途絶で食料が手に入らない事態があり得る

もう1つは、物流が途絶えて、入手できないケースである。

東日本大震災のとき、東北の被災者たちは、お金はあっても食べるものに事欠いた。ウクライナの首都キーウのスーパーの棚から、食料品が消えた。ロシアに包囲され孤立したウクライナの都市では、政府や赤十字による、食料、薬、生活物資の輸送がロシア軍に阻まれ、飢餓が発生している。お金があっても物流が途絶して食料が手に入らないという、物理的なアクセスに支障が生じる事態である。日本にとって重大なのは、この種の危機である。

日本は食料供給の多くを海外に依存している。日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーン(海上交通路)が破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に寄港しようとしても近づけないという事態になれば、国民への食料供給に重大な支障が生じる。具体的には、台湾有事だ。

1000万人が餓死するといわれた終戦直後の日本

これと全く同じ状況ではないが、似たような事態を日本人は経験している。終戦直後の食料難である。このとき、供給面では、米は大凶作だといわれた。東京・深川の農林省の倉庫には、東京都民の3日分の米しかなかった。多くの人が海外から引き揚げてくるので、需要は増加する。輸入はゼロである。戦前は、朝鮮や台湾という植民地からの米輸入があったが、それもなくなった。巷間(こうかん)では1000万人が餓死するといわれた。

米、麦、イモなど多くの食料は政府の管理下に置かれ、国民は配給通帳と引き換えに配給公団から食料を買った。配給制度である。ただし、このときは、アメリカからの穀物援助で糊口(ここう)をしのいだ。また、1945年は、農林省の統計が予測したほどの不作ではなかった。

このときの経験を活かせばよいのだが、この危機を生き抜いた人たちのほとんどは、鬼籍に入いっている。終戦当時20歳の人は2022年では97歳である。1942年制定の食糧管理法による配給制度を実行したのは農林省だったが、現在の農林水産省にそのときのノウハウは全くといってよいほど引き継がれていない。日本人は75年間食料危機を経験していないのだ。

「起こりそうもない」食料危機への対策は未検討

日本人は極めて幸福な時代を生きてきた。シリア、アフガニスタン、エチオピア、ソマリア、コロンビア、ベネズエラなど、大きな内戦、紛争が生じた国の出来事が、自分たちにも起こりうるとは思ってこなかった。

ウクライナの人たちも同じだった。ロシアが侵攻してくる直前まで、そのような事態が起きるとは、大統領以下思ってもいなかった。起こりそうもないことが起きる。それが、ロシアのウクライナ侵攻の教訓の1つだろう。しかも、日本周辺には、中国や北朝鮮という、ロシアと似た独裁的な政治体制を持つ国がある。

80年ほど前の貴重な経験は失われた。農林水産省は、オオカミ少年のように低い食料自給率や食料危機を煽るが、食料危機になったときに具体的に何をすべきか、全く検討さえしてこなかった。農林水産省は、オオカミが来るとは思っていないからだ。オオカミが来ると言えば、農業保護を増やしてくれると思っているのだ。

配給通帳の配布や農産物の生産はすぐにはできない

危機への対応は、起きてからでは間に合わない。新型コロナが流行してから、政府は思いつきのように布マスクを生産・配布しようとしたが、タイミングを失し、利用されずに在庫として積み上がった。

配給通帳を印刷して全国民に配布するには、相当な時間がかかる。また、輸入が途絶してから、農産物の生産を始めても収穫できるのは遠い先である。タイミングが悪ければ、1年半くらい待たなければならない。他の用途に向けられている土地をすぐには農地に転換できない。法律上、政府が勝手に土地を取り上げることはできないし、機能上も、コンクリートで覆われたりガレキが埋まっていたりする土地は、物理的にも生物学的にも、農地として利用できない。

石油も輸入できないと、これまでのような農業は行えない。面積当たりの収量は大幅に減少する。国内で自給しようとすると、九州と四国を合わせた面積の農地を見つけてこなければならない。

危機を想定した周到な準備が必要なのである。防衛省は、軍事的な紛争が起きることを想定して、平時から武器弾薬の整備や兵の訓練を行っている。軍事的な紛争が起きるかもしれないし、起きないかもしれない。しかし、起きると大変な事態となるので、防衛省が必要である。

食料危機も同じである。そもそも、軍事的な紛争が起きると食料の輸入が途絶すると思われるのに、前者には対応する組織や手段があるのに後者への対応はなおざりにされている。日本を巻き込んだ軍事的な紛争が起きるときに、兵站は大丈夫なのだろうか?

「腹が減っては軍(いくさ)はできぬ」。それなのに、自民党国防族の幹部は防衛費を増額するよう要求する傍らで、米生産を減少させる減反をより強化すべきだと主張している。

豊かで健康な食生活は諦めるしかない

まず、輸入途絶という危機が起きたときに、国民が餓死しないために、どれだけの食料(特に、米、小麦などカロリーを供給する穀物)が必要なのだろうか?

小麦も牛肉もチーズも輸入できない。トウモロコシや大麦も輸入できないので、日本の畜産は壊滅する。輸入物だけでなく、国産の畜産物、牛肉、豚肉、鶏肉、卵、牛乳・乳製品も食べられない。豊かで健康な食生活は、あきらめるしかない。

生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる程度の食生活を送るしかない。具体的には、米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかないのだ。

必要量の半分の米を全国民が奪い合う事態に

当時の米の11日当たりの配給は標準的な人で23勺(330g/一時21勺に減量)だった(子供は減量され、炭鉱労働などカロリーを多く使う者には加配された)。年間では120kgである。今、これだけの米を食べる人はいない。2020年の11年当たりの米消費量は50.7kgである。

しかし、12550万人に23勺(15歳未満を半分と仮定)の米を配給するためには、玄米で1600万トンの供給が必要となる。しかし、農林水産省とJA農協は、自分たちの組織の利益のために、減反で毎年米生産を減少させ、2022年産の主食用米はピーク時の半分以下の675万トン以下に供給を抑えようとしている。

今輸入途絶という危機が起きると、エサ米や政府備蓄の米を含めて必要量の半分に相当する800万トン程度の米しか食べられない。現在、政府は配給通帳を用意していない。食料危機が起きてから、12550万人用に印刷して配布したのでは、危機対応に間に合わない。配給制度がなかったら、どうなるだろうか?

価格は高騰する。その価格で購入できる資力のある人たちは、23勺以上の米を買うだろう。この場合、半分以上の国民が米を買えなくなり、餓死する。その前に、米倉庫に群衆が押し寄せ、米は強奪されるだろう。米騒動の再来である。しかし、運よく入手した人も、いずれ食べる米に事欠くようになるだろう。

幸運な人だけが生き残るか、国民全員が飢えるか

国民の半分に23勺を配給して、残りの半分に全く配給しないとして、やっと国民の半分は生き残れる。それでも約6000万人が餓死する。しかし、ある人に配給して、ある人に配給しないことは、政府が生存者を選別することになるので行えない。

危機が1年間続くという最悪の事態を想定すると、全ての人に23勺(年間120kg)の半分の11勺(年間60kg)を配給するしかない。これで生存できる人は、他に食料を入手するすべを持っているなど、極めて幸運な人だけである。

あるいは、とりあえず23勺を配給して、米の在庫が尽きたときは、その時点で何らかの供給手段を考えるという楽観的なシナリオを政府が考えるかもしれない。しかし、半年くらいあとに米の在庫がなくなったとき、他の供給手段がなければ、国民全員が飢えるしかない。終戦直後の場合には、アメリカから援助物資が届いたが、シーレーンが破壊され続ければ、輸入はできない。

終戦後の国民を助けたすいとんも満足に食べられない

別の観点から言うと、今の米生産で生きていくしかないとなると、米の消費量は現在の年間50.7kgと同じとなる。今の食事から米だけが残り、他には何もない献立、食生活を想像してもらえばよい。

終戦後は、小麦から作ったすいとんという非常食があった。しかし、麦生産も減少しているので、国民に戦後ほどの麦は供給できない。米の代用食としてのすいとんも満足に食べられない。かろうじて魚は供給できるかもしれないが、石油がないので漁船は操業できない。漁獲量は大幅に低下する。

カロリーから見ると、1946年の国民1人当たりの摂取カロリーは1903キロカロリーである。現在の米の消費量では、475キロカロリー(2020年)が供給されているにすぎない。

終戦時のカロリーのわずか4分の1である。

これで、どれだけの人が生存できるかわからない。数字的には、国民全てが餓死する。その前に、乏しい食料を奪い合うという凄惨な事態が発生し、これで半数近くの国民が命を落とすかもしれない。

日本の食料安全保障を脅かす者はだれなのか

終戦後の飢餓を経験した日本は、米を中心に食糧増産に努めた。米生産は、1945年前後の平均的な生産量の900万トンから1967年には1445万トンにまで拡大した。しかし、農家の所得向上という名目で米価を上げたことで、消費が減少して過剰になったため、1970年から農家に補助金を与えて供給を減少させて米価を維持する減反政策を続けている。水田の3割がなくなった。

農家の所得を維持する方法は、価格だけではない。アメリカは1960年代から、EU1990年代から、価格は市場に任せ、財政からの直接支払いで農家所得を維持する方法に切り替えている。これによって、小麦では、EUは世界第2位の、アメリカは第3位の輸出国になっている。農業保護に占める価格支持の割合は、アメリカ6%、EU16%と極めて低いのに、日本は76%となっている(2020OECD)。

日本の農業政策は国民に高い食料・農産物を食べさせ、消費者に大きな負担をかけている。増産して輸出をすれば海外市場を開拓できるばかりか、危機の時には輸出したものを消費できる。

世界は、米、小麦などの穀物生産を大幅に増加させている。1960年から、米も小麦もほぼ3.5倍に増えている。JA農協は、米農業を維持するためには、農家が再生産できる高い米価が必要だとしている。しかし、米農業を維持するため、補助金を出して米生産を縮小させることは、矛盾していないか。米の生産を半分に減らして、なにが米農業の維持なのか?

これが、食料自給率向上や食料安全保障を叫ぶ、農林水産省とJA農協という組織が行っている米減らし政策がもたらす結果である。

戦前農林省が提案した減反を潰したのは、陸軍省だった。減反はだれが考えても間違った政策なのに、どうして止められないのだろうか?