メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.03.16

食料安全保障、日本の危うさ ウクライナ侵攻から見えた危機

時事ドットコム2023221日)に掲載

農業・ゲノム

1年前のロシアによるウクライナ侵攻により、世界の小麦輸出の3割を占めるロシアとウクライナからの輸出が減少した。これにより、小麦など穀物価格は上昇し、中東やアフリカの所得の低い国で大きな影響が出た。日本の食料安全保障は有事に耐え得るのか。軍事紛争から見えた現状と、問題点、対策についてまとめた。


二つの食料危機

食料危機には二つのケースがある。このうち一つは、価格が上がり買えなくなって飢餓が生じるケースだ。ウクライナ侵攻を契機に小麦価格が高騰し、アフリカなどで食料危機が生じている。

物価変動を除いた穀物の実質価格は、過去1世紀低下傾向にある。名目価格では史上最高値と言われる現在の穀物価格も、実質価格では1960年代の平均価格と同程度である。

1961年に比べ人口は2.5倍だが、米、小麦とも生産量は技術進歩によって3.43.5倍となり、供給が需要を上回っている。しかし、突発的な理由で需給のバランスが崩れ、価格が急騰するときがある。途上国の人たちは、支出額の半分以上を食料費に充てている場合が多い。穀物価格が倍以上になると、パンや米を買うことができなくなり、飢餓が生じる。

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日本でこの種の危機が起きることはない。2008年、穀物価格が3倍程度に高騰したときでも、日本の食料品の消費者物価指数は2.6%しか上昇しなかった。日本の消費者が飲食料品に支払っているお金のうち87%は、加工・流通・外食への支出だ。輸入農水産物に払っているお金は2%に過ぎず、その一部の輸入穀物の価格が3倍に跳ね上がっても、全体の支出に影響することはほとんどない。小麦輸入の上位3カ国、インドネシア、トルコ、エジプトに、日本が買い負けることはないのだ。

深刻なシーレーン破壊

食料危機のもう一つのケースは、食料が届かなくて飢餓が生じるという危機である。日本が懸念すべきはこれで、例えば台湾有事のように日本周辺で軍事的な紛争が生じ、シーレーン(海上交通路)が破壊されて輸入が途絶すると、深刻な食料危機が起きる。

小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入穀物に依存する畜産はほぼ壊滅する。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかない。

当時の米の一人1日当たりの配給は23勺だった。今は1日にこれだけの米を食べる人はいない。肉、牛乳、卵などの副食がほとんどなく、米しか食べるものがなかったので、現代よりも量が多いとはいえ当時の国民は飢えた。

現在、12550万人に23勺の米を配給するためには、玄米で1600万トンの供給が必要となる。しかし、農水省とJA農協は、減反で米生産を減少させてきた。米価を高く維持し零細で非効率な兼業農家を滞留させることで、その兼業(サラリーマン)収入をJAバンクの預金として活用できるからである。2022年の生産量は、ピーク時(19671445万トン)の半分以下の670万トンである。

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今、輸入が途絶すれば、国民の半分以上が餓死する。

これが、食料自給率向上や食料安全保障を叫ぶ農水産やJA農協が行っている政策がもたらす悲惨な結末だ。1960年から比べて、世界の米生産は3.5倍に増加したのに、日本は4割の減少である。しかも、補助金を出してまで主食の米の生産を減少させてきた。

コメ輸出国となれば

農水省は今回のウクライナ危機に便乗し、小麦や大豆の国内生産を拡大するとしている。しかし、2300億円の財政負担により生産を振興しているが、130万トンの麦・大豆しか生産できていない。

一方、同じ2300億円を拠出するなら、計700万トンほどの小麦を輸入・備蓄ですることができる。危機が起きたとき、130万トンと700万トンの差は大きな違いとなる。

米農業を農水省やJA農協から救う方法はある。減反を止めてカリフォルニア米と同程度の面積当たりの収穫量(単収)の米を全水田に作付けすれば、1700万トン生産できるのだ。平時は700万トンを国内で消費し、1000万トンを輸出に回せばよい。

そして、危機のときには輸出していた米を食べるのだ。平時の米輸出は、危機時のための米備蓄の役割を果たす。しかも、倉庫料や金利などの負担を必要としない無償の備蓄である。自由貿易が食料安全保障の確保につながるのだ。

米の貿易量は、小麦2億トンに対し5000万トンと4分の1に過ぎない。また、世界全体の生産に占める輸出の割合は、小麦26%、大豆43%に対し、米は6%と極めて低い。わずかな不作であっても輸出量は大きく減少する。さらに、3大輸出国のインド、タイ、ベトナムは途上国であり、国際価格が高騰すると、国内から米が輸出され、国内価格も高騰して飢餓が生じるので、輸出を制限しがちである。つまり米の国際市場は極めて不安定なのだ。

日本が1000万トンを輸出すれば、世界の貿易量は2割上昇し、日本はインドに次ぐ世界第2位の米輸出国になる。生産量に対する輸出比率が高いので、不作でも輸出はインドのように減少しない。信頼できる安定した輸出国である。世界の食料安全保障の最も弱い部分である米貿易に対して、日本は大きな貢献を行える。日本の食料安全保障が世界の食料安全保障となるのだ。

減反政策は、国民が納税者として補助金を負担しつつ、米価上昇を消費者としても負担するという異常な政策だ。減反が廃止されれば3500億円の補助金は不要になり、消費者は米価下落の恩恵も受ける。価格低下の影響を受ける主業農家に補償するとしてもその費用は1500億円で済む。

なぜキーウを落とせなかったか

有事によってシーレーンが破壊されると、石油も輸入できなくなる。石油がなければ、肥料や農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、一定の面積当たりの収量は大幅に低下する。戦前はある程度、化学肥料も普及していたが、農薬や農業機械はなかった。石油がなければこの状態に戻る。

終戦時の人口は7200万人、農地は600万ヘクタールあった。仮に、この時と同じ生産方法を用いた場合、現在の人口は12550万人に増加しているため、農地面積は、1050万ヘクタール必要になる計算だ。しかし、農地は宅地への転用が進んだ結果、440万ヘクタールしか残っていない。

ゴルフ場や公園、小学校の運動場などを農地に転換しなければならないが、九州と四国を合わせた面積に相当する600万ヘクタールの農地を追加することは不可能だ。

真に国民への食料供給を考えるなら、大量の穀物を輸入・備蓄して危機に備える必要がある。原資には、減反廃止で余った金を活用すればよい。

ロシア軍がウクライナの首都キーウを陥落できなかったのは、食料や武器などを輸送する兵站に問題があったからだ。食料がなければ戦争はできない。戦前、農林省の減反提案を潰したのは陸軍省だった。減反は安全保障に反する。

日本の食料安全保障は、農水省やJA農協に農政を任せてしまった結果、危機的な状況に陥っている。いったん有事となれば、日本は戦闘行為を行う前に食料から崩壊するだろう。国民は彼らから食料政策を自らの手に取り戻すべきだ。