メディア掲載 グローバルエコノミー 2023.03.02
NHK クローズアップ現代 取材ノート(2023年1月25日公開)
(こちらの記事は、キヤノングローバル戦略研究所 山下 一仁研究主幹の該当部分を掲載しております。)
過去最悪レベルとも言われる酪農危機が日本を襲っている。円安やロシアによるウクライナ侵攻で大部分を輸入に依存するエサが高騰。さらに、新型コロナウイルスの影響で生乳の需要が落ち込み続け、生乳の廃棄や牛の処分を求められる事態にまで発展。“もはや経営は維持できない”と離農する人も後を絶たない。“牛乳ショック”はなぜ引き起こされ、食の未来を守るために何が必要なのか、3人の専門家の見解と提言をまとめた。
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▼ポイント
この60年間で国内の酪農家戸数は30分の1に減少している一方、生乳の生産量は4倍弱に増えている。一戸あたりの生産量は120倍近くに増えた。大規模化が進む過程で、安易に輸入飼料依存型の酪農ができてしまった。本来、大規模化するならエサを国内で生産する飼料基盤も拡充しないといけなかったが、1961年に農業基本法を作って畜産振興を始めた際に、手っ取り早く安い海外産のトウモロコシを輸入すれば畜産農家の所得も上がると思って進めた結果、日本の畜産は輸入飼料漬けになった。輸入飼料依存型の酪農を続けてきたことは食料安全保障上も問題がある。
価格が変動する輸入飼料に依存する経営を選択するなら、価格が上がれば経営が苦しくなり、安くなれば経営が良くなることを前提にして経営しなければならない。2014年から2020年まではトウモロコシ価格は低位で安定し、酪農家の平均所得は1000万円を超えていた。しかし、穀物価格が上昇した今、厳しくなるのは当然の話で、2007年、2008年に穀物価格が高騰した時も、酪農家の所得は大きく減った。
だからこそ、単に飼料価格が上がったから政府が補てんして価格を下げるとか、加工原料乳の補給金を上げるなどの対処療法ではなく、もっと根本的なことを考えていくべきではないか。
例えば、山間地で放牧する「山地酪農」では、草だけを飼料として肥育していて、飼料高騰の影響を受けない。牛のふん尿も大地に還元し、草の肥料となる。草(野シバ)が根を張るので、山崩れも防止できる。本来草を食べてきた反芻動物である牛に、トウモロコシを主体とする配合飼料を牛に食べさせるのが本当の酪農なのかと、考え直さなければいけないのではないか。
酪農大国ニュージーランドは、ほとんど草だけで牛を飼っている。ほ場を何区画かにわけてローテーションで回しているから、牛のふんが肥料になって、草がまた生える。そして区画を1周した後には、再び草が青々と生え、また牛が草を食べるという循環をしている。日本の酪農もこうした循環型の酪農を真剣に考えていくべきだ。
日本の農政や農業団体は守る一方で、いかにして輸入を止めるかしか考えておらず、輸出をまったく考えていないと私は思う。中国では地理的に遠く離れたヨーロッパからのLL牛乳(飲用のロングライフ牛乳=長期保存できる牛乳)の輸入量が爆発的に増えている。日本国内でも北海道の釧路港から茨城県の日立港に大量に生乳を送っている。それができるなら、九州から少し西に行くだけで、上海に生乳や牛乳の輸出ができる。風味が良く鮮度の高い日本の牛乳の方がヨーロッパ産よりも売れるはずだ。日本は巨大な中国市場に近いという恵まれた立地条件にある。北海道で高いコストをかけてバターなどの乳製品を作るのではなく、北海道の生乳を飲用牛乳用としてさらに本州に輸送すればよい。そして、本州で余った牛乳を九州から中国に輸出してはどうか。生産者にとっても、バターなどの乳製品向けよりも高い乳価で売れる可能性がある。
取材後記 帯広局記者 米澤直樹
いずれの専門家も、国産自給飼料を前提とした持続可能な酪農経営を目指していく必要があるという見解は一致していた。これまで日本の酪農は安い輸入飼料を前提として効率化、大規模化を進めてきたが、今回の“牛乳ショック”は産業の構造基盤を考え直す機会を提示しているのかもしれない。一方、放牧などを主体にした経営では一戸あたりの搾乳量は限られ、大規模な牧場が安定した生産量を保つことで、全体の生産量を下支えしていることは見過ごせない。自給飼料を増やしつつ規模や効率も追い求めるには、どうやってバランスをとればいいのか、今後も取材を続けていきたい。
また、今回の取材を通じて、私たちの食料がどのようなプロセスを経てスーパーに並び、食卓に届いているのか、その経過があまりにも消費者から遠くなってしまっていると感じた。私たちの体を作る食料にもっと関心を寄せ、生産者と一緒になって食料のあり方を考えるきっかけになってほしいと思う。