メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.02.06

ある酪農従事者の告発~この国で乳牛はどう扱われているのか

アニマルウェルフェアの観点から日本の酪農を問い直す

論座に掲載(2023年1月20日付)

農業・ゲノム

世界はプロダクトからプロセス重視へ

これまで、企業は生産したモノやサービス(プロダクト)の優劣を考慮して活動していればよかった。しかし、現在では、それ以外のさまざまな社会的要求に答える必要が出てきている。

ESGは、「Environment=環境」「Social=社会」「Governance=企業統治」の頭文字である。従来、企業価値を測る方法は業績や財務状況が主だったが、企業の安定的かつ長期的な成長には、環境や社会問題への取り組み、ガバナンスが少なからず影響しているという考えが広まってきた。ESGに対する配慮ができていないと企業の持続的な成長が困難となり企業価値を壊すリスクがあるとという考えが投資家の間に浸透し、投資先の判断基準としてESGが考慮されるようになっている。ESGは投資のための基準であるが、投資家がESGを考慮すると、企業もこれを考慮した企業経営を行わざるをえなくなる。

CSRCorporate Social Responsibility)とは、企業が利益の追求だけでなく、労働者の人権や環境問題への配慮、地域社会への貢献など社会のさまざまな要求に適切に対応しなければならないというものである、これは企業に対する直接的な要求である。

企業活動について、プロダクト自体の特性ではなく、それを提供している企業がESGCSRにどのように取り組んでいるのか、プロダクトの背景にどのようなストーリーやヒストリーがあるのか、環境負荷をかけないなどの生産方法で提供されているのか、などが重要になっている。つまり、誰によってどのように作られたかなどという、プロセスが重視されるようになっているのである。

アニマルウェルフェアとは何か

日本ではまだなじみが薄いが、欧米においては、酪農・畜産のプロセス(生産方法)としてアニマルウェルフェアが重視されるようになっている。

アニマルウェルフェアについて、一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会のウェブサイトの説明がわかりやすいので、少し長くなるが、紹介したい。

アニマルウェルフェア(Animal Welfare・家畜福祉)とは、感受性を持つ生き物としての家畜に心を寄り添わせ、誕生から死を迎えるまでの間、ストレスをできる限り少なく、行動要求が満たされた、健康的な暮らしができる飼育方法をめざす畜産のあり方です。

近代的な集約畜産は国民の食を支えてきましたが、生産効率を重視した品種改良や、大量の濃厚飼料を与えた飼育管理などによって、家畜に過度の負担を強いてきた実態があります。

生産性を重視する集約的畜産では、多くの濃厚飼料(穀物など)を与え、行動を強く制限する施設で家畜を飼育しています。こうすることで私たちは、安い畜産物を大量に生産することを可能としてきました。しかしその一方で、家畜は心身の健康と自然な行動を奪われています。

畜産に関する問題は多くあります。家畜生産のための大量の穀物消費や、大量に排出される糞尿による環境汚染、そしてアニマルウェルフェアもそのひとつです。環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3つの課題に対する取組みを考慮して投資先を選別するESG投資において、アニマルウェルフェアが重要な評価指標のひとつとなっています。

日本においても、消費者の強い要望からアニマルウェルフェア認証を受けた牛乳が販売されているように、国内におけるアニマルウェルフェアの認知度は確実に高まっています。SDGs(持続可能な開発目標)の12番目の目標は、アニマルウェルフェアと関係のある「つくる責任、つかう責任」です。こうしたエシカル消費(倫理的消費)の推進とともに、アニマルウェルフェアへのさらなる需要の高まりが予測されます。

アニマルウェルフェアでは次の“5つの自由が原則として掲げられる。これは1960年代にイギリスで唱えられ、議会で定められたものである。

  1. 「飢えと渇きからの自由」(健康と活力の為に必要な新鮮な水と飼料の給与)
  2. 「不快からの自由」(畜舎や快適な休息場などの適切な飼育環境の整備)
  3. 「痛み、傷、病気からの自由」(予防あるいは救急診察および救急処置)
  4. 「正常行動発現の自由」(十分な空間、適切な施設、同種の仲間の存在)
  5. 「恐怖や悲しみからの自由」(心理的な苦しみを避ける飼育環境の確保及び適切な待遇)

さらに、1990年代になると、欧州連合(EU)でアニマルウェルフェアの基準が法的に定められるようになった。

私も行き過ぎた動物愛護と感じていたが

私は1993年ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉(ジュネーブ)の日本政府担当官として、1995年から98年まで日本政府のEU代表部(ブラッセル)の農業担当参事官として、EUにおけるアニマルウェルフェアの動きに接していた。しかし、当時の私の思考は、今の日本の畜産関係者と同じだった。屠畜するために動物を輸送するのに、なぜ途中でエサや水をやったり休憩させたりしなければならないのか、EUの規則が理解できなかった。行き過ぎた動物愛護のように感じていた。

これまで、牛乳乳製品、食肉、卵という畜産物を生産するために、酪農・畜産業は、家畜を物や道具として扱ってきた。人間と同じ生物だと扱わなかったのである。これに対する反省が、アニマルウェルフェアの思考である。

今では、鶏を狭いカゴ(ケージ)に入れて飼養することは、EUでは禁じられている。アメリカでは、法的にこれを禁じているのはカルフォルニア州だけであるが、マクドナルドなど世界有数のファーストフードチェーンやウォルマートなどの大手スーパーが、ケージフリー(カゴで飼わない)の卵しか扱わないと表明している。アニマルウェルフェアは、ESGとの関連でもグローバルスタンダードとなりつつある。

世界の動物衛生の向上を目的とする政府間機関である国際獣疫事務局(OIE)においても、2005年には輸送やと畜に関するガイドライン、2015年に「アニマルウェルフェアと乳用牛生産システム」が策定されている。

日本の畜産はどこに問題があるのか

税金の無駄遣いがやまない畜産基金とはなにか」(論座2022927日付)で、私は、日本の畜産の問題点を次のように指摘した。

「日本の畜産は、トウモロコシなど輸入農産物の加工工場といっても過言ではない。動物がいる工場に、輸入農産物を投入(インプット)すれば、生産物(アウトプット)として牛乳、食肉、卵が出てくるというイメージを持ってもらえばよい。生物を利用するという点以外では、工業と変わらない。工場のような生産なので、天候や自然の影響を受けない。日本では狭いケージ(籠または檻)に鶏を閉じ込めて鶏卵が生産される。アニマルウェルフェア(動物福祉)の主張が強い欧米ではケージフリー(籠なし)の飼育が行われている。吉川貴盛・元農林水産大臣が汚職で有罪判決を受けたのも、鶏卵業界がケージフリーが(OIEの)国際基準にならないよう農林水産省に働きかけようとしたためだとされている。

畜産は、エサの輸入が途切れる食料危機の際には壊滅し、国民への食料供給という役割を果たせない。環境面でもマイナスである。エサを輸入している畜産は、糞尿を穀物栽培に還元することなく、国土に大量の窒素分を蓄積させている。環境面からは、穀物を輸入するのではなく牛肉や豚肉などを輸入した方が良い。家畜の糞尿も牛のゲップも、温暖化ガスのメタンを発生させる。世界的には、農業は温暖化ガスの2割を排出しているが、その半分は畜産だと言われている。健康面でも、牛肉、豚肉、バターなどに含まれる脂肪酸オメガ6は、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす。日本で一般に行われている穀物肥育の牛肉は牧草肥育に比べオメガ6を多く含む。穀物(飼料)の国際価格が上昇すると酪農家などの畜産農家が大変だという報道がなされるが、これには日本の畜産のいびつな姿が隠されているという根本的な問題について、掘り下げて報道されることはない。

畜産を保護する理由は、食糧安全保障の観点からも、環境保護の観点からも、存在しない。OECD(経済協力開発機構)の汚染者負担の原則(PPP~Polluter Pays Principle)からすれば、補助金で振興するのではなく、税金を課して生産を縮小させるべきなのである。地球温暖化への対応が求められている中、世界で検討されているのは、植物活用による代替肉、細胞増殖による肉生産など、畜産の縮小である。

日本の畜産は、農林水産大臣を有罪とした贈収賄事件が示す通り、グローバルスタンダードとなりつつあるアニマルウェルフェアに逆行している。

酪農の現場で乳牛はどう扱われているのか

上記の私の記事を読んで、酪農家で働いた人から、乳牛がどのように扱われているかについての報告を受けた。すべての酪農家に当てはまるものではないだろうが、現場の状況を記述したものとして、若干の説明を加えながら、その一部を紹介したい。

現在の工場畜産では、乳牛は放牧されずコンクリートの床の上で過ごしています。乳牛は毎日50kg以上の糞をするので床は糞尿だらけでぐずぐずになっています。そういう床の上で毎日過ごすため、蹄が伸び切り、趾は感染症にかかり、乳牛の多くは跛行(ビッコを引きながら歩く)しています。

足が痛くて、立ち上がりたくない牛や、ベッド(フリーストール(牛舎)の一段高くなった場所)からなかなか降りられない牛が多くいます。そういう牛は、無理やり搾乳場においやられます。

産まれて10年たった搾乳牛が廃牛として出荷・と殺されました。その牛は最後のほうはずっと足を引きずり、一日二回の搾乳のための移動が辛そうでしたが、もう出荷することが決まっていたため、数か月治療はされませんでした。お金がかかるからです。

「敷料が高い(無料で入手できるモミに比べ、おが屑は吸水性があるが高い)」「時間がない(わずかな労働者でたくさんの乳牛を管理しなければならない)」という理由から、育成牛(子牛から搾乳されるまでの間)の囲いの敷料の入れ替えが行われるのは月に一回で、中に入ると長靴がはまって抜けなくなるくらい(糞尿で)ドロドロになっています。フリーストールのベッドの上だけでもきれいにしようと、毎日ベッドから糞をおろしていますが、そんなことではどうにもならず、牛たちの下半身は糞だらけで鎧を着たようになっています。

産まれた子供はすぐに(栄養価の高い初乳は与えるが)母牛から引き離されて狭い囲いに2か月間、一頭だけで飼育されます(乳は輸入された脱脂粉乳を使用)。母牛の乳首を吸うことができないため、水を入れたバケツの取っ手を舐めたり、囲いの鉄柵を舐めたりを繰り返しています。手間がかかるため敷料は交換されず、時々モミが追加されます。モミはおが屑と違ってタダ同然なので使用されますが、吸水性が低く、すぐにぐずぐずに汚れます。

人と違って動物は自分の窮状を訴えることができません。いくらでも負担を背負わせることができます。

記事を読んで、牛が苦しんでいる裏側で、畜産議員や農林水産省が私欲のために動いていることに、怒りを覚えました。

畜産が振興すべき価値のあるものかと問題提起してくださったことにとても感謝しています。多くの補助金を使って守られるべき産業なのか、一人でも多くの人に考えてみてほしいです。

ほとんどの日本人は、広大な草地で草を食む健康な牛から牛乳や乳製品が作られていると思っている。これだと、フカフカのベッドで寝ているようなものだし、牛が足を痛めるようなことはない。また、糞尿は大地に還元され、牛が不衛生な条件で生活することはない。山地酪農では、子牛がすぐに母牛から引き離されるのではなく、母乳で数カ月間子牛は育てられる。しかし、日本の乳牛のうち放牧されている牛は2割に過ぎない。かなりの乳牛が劣悪な状況で生きている。

建前と現実のギャップに驚く

農林水産省の関連団体、公益社団法人・畜産技術協会が定めた「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛の飼養管理指針」と上の現状を対比してみよう。EUと異なり、これはあくまでガイドラインに過ぎず、法的な拘束力はない。この指針自体、業界寄りの農林水産省と相談しながら作られたものであり、真のアニマルウェルフェアを示したものかどうかわからないが、それでも現実とのギャップに驚かされる。

この指針のうち上記の報告と関連する記述を抜き出してみよう。

・牛の扱いについて
牛は、周囲の環境変化に敏感に反応するため、不要なストレスを与えたり、けがをさせたりしないよう、手荒な扱いは避け、丁寧に取り扱うこととする。乳用牛では、通常1日2回以上の搾乳を行うことから、管理者及び飼養者 が愛情を持って牛と接し、信頼関係を築くことが重要であり、良好な関係は乳量の増加をもたらすことにつながる。牛が搾乳時に搾乳室への移動を拒んだり、人や設備を蹴ろうとしたり、発声したりする等の行動は、気性のみならず信頼関係欠如の兆候であり、注意する必要がある」

(筆者注)逆に言うと、このような行動をとる牛がいるということである。また、牛を搾乳場まで大声や暴力で追いたてるようなことはしてはならない。

・牛の生活環境
牛にとって快適な環境を提供することは、病気・事故の発生予防にもつながることから、建物、器具等、牛と接触する部分については、清掃及び消毒を行い、施設 及び設備を清潔に保つこととする。また、排せつ物の堆積は、スリップ等の事故や蹄の膨潤化等を引き起こし、牛のストレスにつながることから、排せつ物は適切に取り除き、牛にとって快適な環境を提供することとする。

牛床は、スリップ等によるけがの発生がなく、牛にとって快適で安全なものである必要がある。快適な床の素材は、次の点を考慮して選択することとする。・排水がよく、床の表面が乾燥しやすいこと。・滑りにくく、容易に横になったり、立ち上がったりできる構造であること。また、敷料を用いる場合は、清潔で乾燥したものを使用することが望ましい。」

(筆者注)糞尿は常に処理し、牛舎を清潔にしなければならない。おが屑などの敷料は頻繁に取り換えなければならない。なお、筆者は、このガイドラインに完全に適合した牛舎を見たことがある。皇室の用に供する家畜の飼養、農畜産物の生産を行っている栃木県の“御料牧場”である。

・子牛の扱い
母子分離は、母牛と子牛にとってストレスとなるため、過剰なストレスがかからないように母牛及び子牛の生理特性を十分に理解した上で、計画的に実施することが必要である。離乳は、液状飼料(全乳、代用乳)から固形飼料(人工乳、乾草等)に移行させる時期であり、子牛にとって大きなストレスとなるため、反芻機能が十分に発達してから行う必要がある。」
(筆者注)生まれてすぐ、栄養の高い初乳だけ飲ませて、子牛を母牛から引き離すことはしてはいけない。

放牧酪農にしか将来はない

日本にも大地に根差した酪農がある!」(論座2023年01月05日付)で指摘したように、アニマルウェルフェアの観点からも、山地酪農などの放牧酪農しか、日本の酪農の将来はない。

日本の1頭当たり乳量は世界のトップクラスとなっている。多くの乳量を出す牛を選別してきたことと、本来草を食べる反芻動物である牛に栄養価の高い穀物などの濃厚飼料を食べさせることで、乳量を増加させてきた。しかし、異常に発達した巨大な乳房を持つとともに、生理に反した穀物で肥育されることは、物理的にも(大きな体重を支えるため足に負荷がかかる)生理的にも(牛は草を食べてきた反芻動物である)、牛に大きな負担、ストレスを与える。また、草地ではなく、濃厚飼料を与えるため人が管理しやすい狭い牛舎で飼われるので、運動不足から病気に罹りやすい。日本の酪農は、アニマルウェルフェアからは、最も離れた酪農である。これに対して、放牧される牛は、草を主体に食べるうえ、運動不足にもならない。

柏久・京都大学名誉教授の編著になる「放牧酪農の展開を求めて」(日本経済評論社2012年)という本がある。体制迎合的な農業村の研究者が多い中で、異例の著作である。

日本の酪農の現状を喜ぶのは誰か

しかし、農政トライアングルの中核にいるJA農協は、高い乳製品関税で維持された高価格の生乳を乳業に販売し、また、高い配合飼料を農家に販売して、生産物と生産資材のそれぞれで、多くの手数料収入を稼いだ。JA全農はアメリカ・ニューオーリンズに巨大な穀物エレべーターを所有し、アメリカ産穀物をせっせと日本に輸出している。

これはアメリカの穀物産業にとっても好都合だった。乳製品に競争力を持っているのは、アメリカではなくニュージーランドやオーストラリアである。高い関税で日本の乳製品生産、さらには酪農を維持すれば、アメリカは飼料穀物を日本に輸出することができる。日本に酪農がなくなれば、アメリカの利益にならない。この点で、JA農協とアメリカ穀物産業は、持ちつ持たれつの利益共同体である。これが、JA農協が主張する“国産国消”なのだろうか?

日本の酪農は、日本の草地ではなくアメリカの穀物産業の上に成り立っている。JA農協の利益のためには、放牧酪農は好ましくない存在である。

このような状況では、柏名誉教授たちの著作は、農業経済学界をはじめ、酪農関係者の心に響くことはなかったのだろう。また、強大な利権構造の下では、ESGが叫ばれたとしても、日本にアニマルウェルフェアの考えが根付くことも期待できないかもしれない。あまり面白くもない話である。