メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.01.18

農業を国民に取り戻すための6個の提言

食料・農業・農村基本法見直しを機に農政を抜本的に正せ

論座に掲載(2022年12月9日付)

農業・ゲノム

前回は、国民全体の利益に立って食料安全保障や多面的機能という利益を確保し向上させるためには、どのような基本原則に立つべきかについて議論した(2022121日付「戦後農政を総決算せよ」)。ここでは、食料・農業・農村基本法見直しに関する論考の最後として、どのような方法で、それを実現すべきかについて、議論したい。今の農政は、基本原則だけでなく、政策手法についても、大きな間違いを犯しているからである。


世界標準から周回遅れの日本農政

OECD(経済協力開発機構)が開発したPSEProducer Support Estimate:生産者支持推定量)という農業保護の指標は、財政負担によって農家の所得を維持している「納税者負担」と、国内価格と国際価格との差(内外価格差)に国内生産量をかけた「消費者負担」(消費者が安い国際価格ではなく高い国内価格を農家に払うことで農家に所得移転している額)の合計である(PSE=財政負担+内外価格差×生産量)。

農家受取額に占める農業保護PSEの割合(%PSEという)は、2020年時点でアメリカ11.0%、EU19.3%に対し、日本は40.9%と高くなっている。日本では、農家収入の4割は農業保護だということである。

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しかも、日本の農業保護は、消費者負担の割合が圧倒的に高いという特徴がある。各国のPSEの内訳をみると、農業保護のうち消費者負担の部分の割合は、2020年ではアメリカ6%、EU16%、日本76%(約4兆円)となっている。欧米が価格支持から直接支払いへ政策を変更しているのに、日本の農業保護は依然価格支持中心だ。国内価格が国際価格を大きく上回るため、輸入品にも高関税をかけなければならなくなる。

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OECD “Agricultural Policy Monitoring and Evaluation 2020”より筆者作成

農政トライアングルの政治家はTPP(環太平洋パートナーシップ)交渉を「国益をかけた戦い」と表現した。その国益とは農産物関税を守ることだった。その関税で守っているのは、国内の高い農産物=食料品価格だ。これで保護しているのは農家であり、負担しているのは消費者である。

日本の場合は、小麦や牛肉などのように、消費者は国産農産物の高い価格を維持するために、輸入農産物に対しても高い関税を負担しているので、農業保護のために国民消費者が負担している額は、内外価格差に国内生産量をかけただけのPSEを上回る。これに対し、輸出国であるアメリカやEUについては、輸入が少ないうえ関税も低いので、輸入農産物についての消費者負担はほとんどなく、PSEを国民負担と考えてよい。

市場の歪みを財政で処理する日本

農家の所得を保証するのは価格だけではない。アメリカもEUも、価格は市場に任せ、財政からの直接支払いによって、農家所得を確保している。

直接支払いの方が価格支持より優れた政策であることは、(食料・農業・農村政策審議会の委員をしている経済学者についてはわからないが)世界中の経済学者のコンセンサスである。価格支持は、本来市場で実現している価格より高い価格を農家に保証しようとする。需要が減少し供給が増えるので、需給が均衡する市場では起きない過剰が生じる。日本では、政府が高価格で米を買い入れていた食糧管理制度の下で、大きな過剰が生じた。EUも同じだった。その過剰を処理するため、日本では補助金を出して減反をし、EUでは補助金を出して国際市場で処理した。

つまり、価格支持では、過剰という市場での歪みが生じ、それを処理するために、財政負担が必要となるのだ。直接支払いなら過剰は起きない。アメリカなどから攻められたこともあるが、この問題に気付いたEU1993年、価格支持から直接支払いに移行した。ただし、同じく補助金を出しても、日本は減産、EUは生産拡大という違いがあった。食料安全保障の観点からは、EUの補助金の方がはるかに優れていた。

日本も1995年に食糧管理制度を廃止した際、直接支払いに移行すればよかった。しかし、減反で供給を減少させ、高い米価を維持することを選択してしまった。今は、減反によって事前に過剰米処理をしていることになる。日本の政策当局者にとって不幸だったのは、EUと異なり、日本には、高米価で発展してきたJA農協という圧力団体があったことである。

なお、日本の「納税者負担」(直接支払い)が少ないことをもって、欧米の方が手厚い保護を行っていると主張する農業経済学者がいる。日本の農業保護が少ないなどと主張するなら、OECDだけでなく、世界の農業経済学者から相手にされないだろうと思うのであるが、不思議なことに、日本の農業経済学会の中には同調者がいるようである。間違いだと思っている農業経済学者もいると思うのだが、あえて波風を立てないというのが学会の良い所のようだ。日本の農業の場合、専門家の言うことも信じてはいけないのである。

提言消費者に負担を強いる農政を転換しよう

基本法第2条第1項は次のように規定する。

「食料は、人間の生命の維持に欠くことができないものであり、かつ、健康で充実した生活の基礎として重要なものであることにかんがみ、将来にわたって、良質な食料が合理的な価格で安定的に供給されなければならない」

さらに、同条第3項は、「食料の供給は、農業の生産性の向上を促進し」と規定する。

つまり、基本法は、できる限り安い価格で供給すべきだとし、貧しい消費者にも配慮しているのである。

しかし、自民党農林族、JA農協、農林水産省の農政トライアングルは、減反政策を強化してさらに米生産を減少させ、米価を上げようとしている。小麦よりも基礎的な食料だと思われる主食の米について、この価格高騰時にも、物価対策とは逆のことを行っているのである。

生活困窮者の声は審議会に届かない

食料・農業・農村政策審議会にも消費者の代表はいるが、豊かな主婦の人たちの代表者であって、貧しい人たちの代表ではない。最近の食料品価格の上昇で、生活困窮者の人たちのためのフードバンクに食料が集まらなくなっている。

審議会の消費者代表委員は「多少高くても国産の方がよい」とJA農協の国産国消に同調する人だ。しかし、多少高いどころか、今の食料品価格では満足に食料を買えない人たちがいるのである。生活困窮者の声は審議会には届かない。

これまで、消費量の14%しかない国産小麦の高い価格を守るために、86%の外国産小麦についても関税(正確には農林水産省が徴収する課徴金)を課して、消費者に高いパンやうどんを買わせてきた。国内農産物価格と国際価格との差を財政からの直接支払いで補てんするという政策変更を行えば、消費者にとっては、国内産だけでなく外国産農産物の消費者負担までなくなるという大きなメリットが生じる。農業に対する保護は同じで国民消費者の負担を減ずることができるのだ。

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提言減反を廃止するだけでよいのだ

農林水産省が努力しなくてもできる政策がある。

医療のように、本来財政負担が行われれば、国民は安く財やサービスの提供を受けられるはずなのに、米の減反は補助金(納税者負担)を出して米価を上げる(消費者負担増加)という異常な政策である。国民消費者は納税者として消費者として二重の負担をしている。主食の米の価格を上げることは、消費税以上に逆進的だ。「経世済民」とは対極にある減反は、経済学的には最悪の政策である。

減反を廃止するだけでよい。財政的にも3500億円の減反補助金を廃止できる。米価が下がって困る主業農家への補てん(直接支払い)は1500億円くらいで済む。サラリーマン収入に依存している兼業農家には、所得補償となる直接支払いは不要である。

米価は下がる。零細な兼業農家は耕作を止めて主業農家に農地を貸しだすようになる。主業農家に直接支払いを交付すれば、これは地代補助となり、農地は円滑に主業農家に集積する。規模拡大で主業農家のコストが下がると、その収益は増加し、元兼業農家である地主に払う地代も上昇する。

農地の集約が進めば農村はよみがえる

都府県の平均的な農家である1ヘクタール未満の農家が農業から得ている所得は、トントンかマイナスである。こうした農家のゼロの米作所得に、20戸をかけようが40戸をかけようが、ゼロはゼロである。しかし、20ヘクタールの農地がある集落なら、1人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと、1500万円の所得を稼いでくれる。これを地代として、みんなの農家に配分した方が、集落全体のためになる。

ビルの大家への家賃が、ビルの補修や修繕の対価であるのと同様、農地に払われる地代は、地主が農地や水路等の維持管理を行うことへの対価である。地代を受けた人は、その対価として、農業のインフラ整備にあたる農地や水路の維持管理の作業を行う。地主には地主の役割がある。

健全な店子(担い手農家)がいるから、家賃によってビルの大家(地主)も補修や修繕ができる。このような関係を築かなければ、農村集落は衰退するしかない。農村振興のためにも、農業の構造改革が必要なのだ。

国内の米産業を助けるばかりでなく、米価低下は貧しい消費者も助けることになる。食料分野では、減反廃止に勝る物価対策はない。

提言私的経済の活用で国民負担を減らせ

農政は、米価が下がると市場から米を買い上げて米価を維持したり、農家に価格低下分を補てんしてきたりしている。また、2019年から、農家の所得を補償するため、価格低下や災害などで収入が減少した場合に補てんする保険制度を導入している。

先物取引は、生産者にとって、将来の価格変動へのリスク回避の行為を行い、経営を安定させるための手段である。具体的に言うと、作付け前に、115000円で売る先物契約をすれば、豊作や消費の減少で出来秋(収穫時)の価格が1万円となっても、15000円の収入を得ることができる。

JA農協は、米が投機の対象となり、価格が乱高下することは望ましくないと主張する。しかし、投機資金で先物価格が2万円に上昇するなら、それは、農家にとっては良いことである。先物価格が上がり、農家が減反に参加しないで米を作り、出来秋に実現した米価が下がっても、農家が受け取る米価は先物価格であって、出来秋の米価ではない。先物価格が上昇すれば、生産者は生産を増やそうとするので、将来の現物価格は低下する。これは市場を安定させる。流通業者も不作で出来秋の価格が高騰しそうなときには、低い先物価格で契約をすれば、リスクを回避できる。先物市場で生産者や実需者の代わりにリスクを負担しているのは、投機家である。JA農協が先物取引に反対するのは、価格が市場で決定されるので、現在の卸売業者との相対取引と異なり、価格を操作できなくなるからである。

これまで価格が低下するたびに、政府は財政負担をしてきた。そのような施策があるから、農家は試験的に導入された先物取引にメリットを感じなくなり、これを利用しようとしなかった。利用量が少ないことを主張して、農政トライアングルは先物取引の本格導入を認めてこなかった。しかし、先物のリスクヘッジ(価格安定)機能を利用すれば、価格補てんや保険制度などを行う必要はなくなる。国民負担は軽減される。

提言市場を歪ませ不正を生んだ政策の是正を

2008年に汚染米による不正流通事件が発覚した。

カビが生じたミニマム・アクセス米を農林水産省は糊用に売却した。安く政府から買い入れた業者が、主食用などに高く転売して、利益を得た。汚染米8368トンのほとんどが横流しされた。工業用の糊に売却するとトンあたり1万円程度だが、焼酎、あられ、せんべいなどの加工用途だと15万円、食用なら25万円で売却できる。横流しするとかならず儲かるのだ。

この問題の本質は、減反政策により主食用の価格を意図的に高く維持する一方、本来主食用と同一の価格では取引されない他の用途向けの価格を安くして需要を作り出し、主食用との価格差を転作(減反)補助金として補てんしていることにある。同じ品質の米に用途別に多くの価格がつけられている「一物多価」の状況が発生するので、これに乗じた不正が発生する。不正をなくすためには、市場の歪みを生じている政策を是正すべきなのだ。

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筆者調べ

政府の介入がなければ一物一価は実現する

しかし、農林水産省は、食糧管理制度が廃止され、米の流通規制がなくなったから、米の不正流通をチェックできなくなったとして、2009年米のトレーサビリティ法(「米穀等の取引等に係る情報の記録および産地情報の伝達に関する法律」)を作った。汚染米事件を農林水産省の組織維持に利用したのだ。しかし、2013年に中国産米や加工用米を主食用に横流しした三瀧商事事件が起きている。米のトレーサビリティ法は役に立たなかった。

経済政策の基本は、その問題を生じさせている源にダイレクトに対処すべきということだ。ここでは高米価と一物多価が問題なのだ。米の需要を拡大したいなら、減反を廃止して価格を下げ、輸出用の需要を拡大すべきだ。政府の介入が無くなれば、一物一価は実現する。

一物多価が生じているのは、生乳でも同じである。生乳も政府の介入を止めて一物一価を実現すれば、アジアの飲用牛乳の需要拡大に向けた生乳の輸出が可能になる。

提言食料自給のためにも米の増産と輸出を

食料自給率が低下した大きな原因は、国産の米の価格を大幅に引き上げてその消費を減少させ、輸入麦(小麦、大・はだか麦)の価格を長期間据え置いてその消費を増加させたことだ。1960年頃は米の消費量は小麦の3倍以上もあったのに、今では両者の消費量はほぼ同じ程度になってしまった。大・はだか麦を入れると、米麦の消費量は逆転した。今では、日本人の主食は米ではなく輸入麦なのかもしれない。

国産の米をイジメて外国産の麦を優遇したのだ。今では500万トンの米を減産して800万トンの麦を輸入している。高米価で米の需要が減少したので、米価を維持するために減反政策を実施している。

2000年から20年以上も食料自給率を45%に引き上げる目標を掲げているにもかかわらず、2000年の40%から逆に減り続け、2021年の食料自給率は38%である。ところが、1960年の食料自給率79%も、今の38%も、その過半は米である。つまり、食料自給率の低下は、米生産を減少させてきたことが原因なのである。

減反廃止で自給率は目標を超える

最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止による米の増産とこれによる輸出である。平時には米を輸出し、危機時には輸出に回していた米を食べるのである。日本政府は、財政負担を行って米や輸入麦などの備蓄を行っている。しかし、輸出は財政負担の要らない無償の備蓄の役割を果たす。

輸出とは国内の消費以上に生産することなので、食料自給率は向上する。現在の水田面積全てにカリフォルニア米程度の単収の米を生産すれば、1700万トンの生産は難しくはない。国内生産が1700万トンで、国内消費分700万トン、輸出1000万トンとする。米の自給率は243%となる。

現在、食料自給率のうち米は20%、残りが18%であるので、米の作付け拡大で他作物が減少する分を3%とすると、この場合の食料自給率は64%(20×243%+18%-3%)となり、目標としてきた45%を大きく超える。

農政トライアングルは、食料自給率の低さを農業の保護や予算の獲得の方便として利用してきた。彼らにとって、食料自給率は低いままの方がよい。

日本に最も適した農産物は米だ

今回も麦や大豆の生産拡大を推進するとしている。しかし、これは1970年からの減反=麦等への転作を行ってほとんど効果がなかった政策である。また、財務省は減反の補助金を払いたくないため、水田を畑に転換するための補助金を支出しようとしている。

しかし、日本に適した農産物は米である。米はグルテンフリーであるばかりか、体内で合成できない必須アミノ酸を小麦より多く含む。しかも、国産大豆には納豆などの需要があるが、国産小麦は品質が悪く生産も安定しないので、製粉業界から敬遠されている。小麦を輸入している中にあって、国産小麦は長年過剰なのである。製粉業界は農林水産省からさらに国産小麦を押し付けられるのを心配しているだろう。

とるべき政策は、減反廃止=米の増産である。財政負担を大幅に削減しようとすれば、減反を廃止すべきだ。しかし、それだと財務省は自民党と正面対決となる。水田の一部を畑にすれば、その面積だけ減反補助金を払わなくて済む。財政負担軽減からすれば次善の策だが、やらないよりはましだ。このように財務省は考えたのだろう。

しかし、姑息である。日本で最も優れている農産物は米なのに、それを生産できないようにしようとしている。多面的機能でも、水田の効果は畑を大きく上回る。経済学的にも正当化できない。

そろそろ、国民のために真剣に食料安全保障を議論しようではないか。

提言肥大化した農政をスリムにしよう

欧米と異なり、農林水産省は、行政が課題を細かく設定し、手取り足取り指導・支援するといったパターナリスティックな対応を行っている。このため、日本の農業施策は細かく複雑なものとなっている。農林水産省には100程度の課があり、一つの課でも多くの事業がある。ほとんどが零細な補助金による事業である。

欧米の農業政策は、法律を読めばおおむね理解できる。しかし、日本の場合、法律やそれに基づく政省令には、具体的な事業や仕組みが書かれていないことが多い。その代わり、様々な補助事業ごとに、趣旨や複雑な交付条件、申請書類の様式、申請手続きや事業実施報告の方法などに関する要綱・要領という長く難解な行政文書(都道府県や団体等への通達)が作られる。

農林水産省の下請け機関となっている自治体職員は、これを読み込んだうえで、農業団体や農家に事業の趣旨や仕組みを周知徹底し、補助金の申請を手助けしなければならない。これに自治体職員の膨大なエネルギーが投入されてきた。農林水産省は、自治体の職員が地域の農業振興に必要な政策を考案する時間を奪っている。

農林水産省が多種多様な補助事業を作る大きな理由は、自分たちの仕事作りである。例えば、2012年から、新しく農業を始めようとする人に対し、研修期間中は毎年150万円を2年間、経営を開始すると毎年150万円を3年間、合計750万円補助する事業を実施している。さらに、新規就農支援資金(借入限度額3700万円:特認1億円、償還期間17年(据置期間5年)の無利子資金)が用意されている。

至れり尽くせりである。

整合性のある政策が推進できない

ところが、成果はほとんど上がっていない。多額の補助をもらうことで、努力を怠たったり、農業経営に対する厳しさがなくなったりするからである。しかし、農林水産省は金を出しっぱなしで効果を検証しようともしない。この事業を廃止するつもりはない。

また、様々な事業が多くの課ごとに作られるため、整合性のある食料・農業政策は推進できない。

農家個人所有の田畑の整備のため、毎年1兆円規模の農業土木(基盤整備)事業が、公共事業として農家の負担わずか15%程度で実施されてきた。農家が投資してコストダウンを図っても、農産物価格が低下すると消費者はメリットを受けるが、農家は投資額を回収できなくなると考えて投資しなくなる、これが、農地整備という私的な投資を公共事業で行う根拠だった。その一方で、農産物価格を下げないことを目的とする減反に50年間で9兆円、過剰米処理に3兆円以上を投入した。しかし、農業土木の関係者としては、予算を獲得して事業を行いさえすれば、天下り先が確保できるので、農政の他の部門には全く関心を持たない。

畜産についても、価格競争力向上を実現するとして巨額の財政資金を投下しながら、畜産物価格は逆に上がっている。2000万円の所得がある畜産農家を保護するため、貧しい消費者に負担を強いながら、畜産物価格を上げている。そもそも環境に著しい負荷を与えている畜産は、補助するのではなく課税すべきである。野菜、果樹、花については、関税保護もわずかで、その関税もTPP交渉の結果撤廃される。外国からの飼料に依存する畜産のように手厚い補助金もない。しかし、農地資源は、畜産以上に守っている。

農政が論理破綻し複雑かつ矛盾の体系となっている今日、我々は食料安全保障や多面的機能という農政の目的に立ち返り、論理整合的でシンプルな農業政策を検討すべきではないだろうか?

食料安全保障も多面的機能も、農地資源を維持してこそ達成できる。そうであれば、品目ごとの農業政策や就農補助などこまごました補助事業は全て廃止して、農地面積確保のため、農地面積当たりいくらという単一の直接支払いを行えばよい。このような単一の直接支払いは、EUが長年の改革の末到達した農業保護の姿である。

「何ぞ彼等をして自ら済わしめざると」

雑多な補助事業は、農家の創意工夫を削いできた。困ると農政が助けてくれるという他力本願的な経営になってしまった。前回紹介した、柳田國男、石黒忠篤、石橋湛山には、共通の尊敬する人物がいる。二宮尊徳である。また、かれらが共通して主張したのは、「自助」である。

柳田國男は主張する。

「世に小慈善家なる者ありて、しばしば叫びて曰く、小民救済せざるべからずと。予を以て見れば是れ甚だしく彼等を侮蔑するの語なり。予は乃ち答えて曰わんとす。何ぞ彼等をして自ら済わしめざると。自力、進歩協同相助是、実に産業組合の大主眼なり」(『最新産業組合通解』定本第28巻130ページ参照))

農地の上に、米、野菜、牧草など、何を植えるかは、農家の創意工夫に任せるべきであって、農政が口を出すべきではない。農地を利用しない輸入飼料依存の畜産には直接支払いは交付されない。農家が基盤整備などの土地改良を行いたければ、直接支払いから支出すればよい。農業土木技官がゼネコンに天下るための公共事業予算獲得運動などなくなる。農水省の組織・定員は大幅にスリム化できる。自治体職員は、こまごました零細な補助事業に悩まされなくなる。

今の農政はあまりにもわかりにくく、農林水産省の職員のためのものとなっている。国民のための農政とは遠く離れている。


食料・農業・農村基本法見直しに関する筆者の論考は次のとおりです。
・「食料・農業・農村基本法見直しの背景はなにか 政治に翻弄された農政の軌跡から見えてくる揺り戻しの正体とは」(2022年10月11日付)
・「『改悪』の結末が透ける食料・農業・農村基本法見直し 保護農政への揺り戻し図る農政トライアングルと『お墨付き』のためだけの審議会」(2022年10月21日付)
・「食料・農業・農村基本法見直しのウソとまやかし だまされないために知っておきたい本当のこと」(2022年11月02日付)
・「戦後農政を総決算せよ 食料・農業・農村基本法見直しのあるべき基本原則とは?」(2022年12月1日付)