コラム  エネルギー・環境  2022.12.20

エネルギー事情2022年総括

エネルギー・環境

1. ドーハの悲劇

現下の日本のエネルギー危機は、2021年末、日本企業がカタールとのLNG長期契約を終了させたことに端を発する。カタールは、長年日本のガス需要を支えてくれた最も信頼関係のある産ガス国の一つである。「本当に更新しないのか?」カタールの友人は語った。日本は拒否した。日本の更新分600万トンは、結局中国に回った。さらに中国経済の不調による余剰分がドイツに回っている。ドイツは更に、カタールと年間200万トンのLNG長期購入契約を締結した。カタール詣での欧州諸国は、同国の人権批判どころではない。直後、中国とも年間400万トン27年間長期契約を締結。日本の再契約の見通しはない。

痛恨の長期契約切り。このミスジャッジが、時の首相官邸に諮られたとは思えない。しかしそれは、実は首相官邸の意向そのものであった。エネルギーセキュリティーを巡る世界の潮流を具に検証せず、欧米政治屋のslickな強弁の底意を見抜こうともせず、ただただ強引な脱炭素目標に直走った時の政権の方針そのものだったのである。民間企業に罪はない。罪はないが、長期経営戦略に欠ける。

2021年10月に閣議決定された第六次エネルギー基本計画。2030年に2013年比で炭素排出量を46%削減。根拠の無いこの目標を各論に落とし込むと、年間9千万トンのLNG輸入量を8年間で6千万トンまで減らせ、となる。ガス使用量は2030年までに三分の二にせよ、というのが目下の日本国の方針である。この方針の下ではLNG購入20年契約の更新はできない。不足リスクよりも余剰リスクを懸念する。不足分はスポットに切り替える。世界的ガス争奪戦の中でスポット価格は急騰する。自前の電源を持たない新電力は逆ザヤが発生し淘汰される。これは必然の流れであり、小手先の制度改革の問題ではない。もとより自前の安定電源を持たぬものは、一刻も早く電力市場から退出すべきである。

欧州のエネルギー危機は、それに先立って2021年初頭には既に始まっていた。英国、ドイツ、スペインで「安定した偏西風」が吹かない。「安定した水力」を誇るノルウェーで干ばつ。欧州が忌み嫌う火力発電所のメンテナンス不足。寒波、厳冬と急速な石炭からガスへのシフトが重なり、ガスの在庫が枯渇。慌てて、ガスと石炭の買いあさり。こうした状況の中で、COP26政治ショーを迎えることになる。

2. 痛々しいCOP27 another festival

エネルギー政策と環境政策をここまで乖離させるG7政治は無能と言わざるを得ない。内政と外交、イデオロギーと経済が全く繋がらない。炭素削減数値目標コンテストに明け暮れ、産油国・発展途上国を不安に陥れ、世界的超資源インフレの原因を作った昨年のCOP26 festivalから一年。2050年カーボンニュートラル目標に向けて、石炭火力の廃止、石油・ガスの新規開発の抑制、製油所や高炉の新規立地への強力なプレッシャー、炭化水素の開発利用に手を貸す金融機関への圧力、ニューマネーの停止、そしてムード先行のESG投資市場の形成。これらを強力に主導した英国のリーダーはもはや政権にいない。それは結果として、新時代における欧米によるアジア、アフリカ諸国の搾取のように映る。「地球益」の名のもとに。

もとより、脱化石燃料社会は、短期間で一直線には実現できない。人類は有史以来、炭素パワーで文明を切り拓いてきた。進行中のエネルギー危機により、化石燃料の必要性を世界は思い知った。図らずもロシアのウクライナ侵攻が世界を覚醒させた。NGOへの言い訳の言葉を見失い、現下の石炭、石油、LNGへの強烈な回帰を「短期的、暫定的」と嘯き、資源ナショナリズムの勃発と希少資源の争奪戦という最も恐れていた事態を具現化させ、そのすべてをロシアのウクライナ侵攻のせいにして自らの失政を取り繕う。国民に正直でないポピュリズム政治の蔓延。先進国の政治は劣化が著しい。インドネシアを議長国とする他のG20 メンバーは当初よりそれを見抜き、何とか玉虫色の共同声明に漕ぎ着けた。

エジプトで開催されたCOP27は、米国中間選挙の裏番組として始まった。昨年とは一転、産油国、産ガス国、あるいは発展途上国による穏やかな意趣返しの場となった。勿論、彼らも表向きは脱炭素を否定しない。むしろ積極的である。問題はそのスピードと手順、やり方である。議長国は、中東地域の雄として、水面下で周到に会議の収束戦略を描いていたに違いない。先ずは、昨年、石炭廃止を強く迫られたインドが巧妙な勝負に出た。「削減すべきは、石炭だけでなく、石油、ガスすべての化石燃料であるべき。」 当然ながら中東産油国は反対する。議長国はしたたかである。インド提案に被せる様に、「先進国は2030年までに排出量をネットマイナスにすべき。」と原案に盛り込む。「欧州は他国の石炭利用を抑圧しておきながら自らは石炭利用に回帰している!」と、南アフリカがこれに参戦する。ここでG7の存在感は完全に消える。かくして、COPは、先進国vs途上国の伝統的対立に持ち込まれる。損失と被害の救済のための基金の創設が延長戦の末に盛り込まれたが、具体的成果はnothingである。この間、真面目で正直な日本国は恒例の化石賞をいただいた。そして、最終日の「化石大賞」は、見事米国に送られた。ロシアへの経済制裁の返り血によって急に石炭への立場を変えざるを得なくなったドイツは、何故か化石賞受賞者ではなかった。

3. 歴史的インフレの真犯人は脱炭素

脱炭素は、資源・エネルギーコストを確実に上昇させる。かなり上昇させる。

第一に、化石燃料には構造的な需給逼迫が待ち受けている。No More Carbonのプラカードの前で、欧米オイルメジャーズは石油、ガスの新規開発から撤退しなければならない。脱石炭の教条主義は益々激しくなるだろう。他方で、新興国や途上国の炭素需要は旺盛である。石油とガスは日用品から貴重品になりつつある。しかしそれは、私たち世界市民の意思の反映である。結果、原油価格の中心ラインは、5060/BDから90100/BDへとシフトしたと見るべきである。90/BDから8070$へと下降するということは、世界経済が下振れしているということだ。100/BDを上回れば、世界経済は需要旺盛、すなわち好調ということ。足元では、中国のゼロコロナ政策が需給をダブつかせている。原油価格の下落は、世界経済にとって悪い指標へと変わった。石炭という逃げ込み先もない。脱炭素の観点からまだマシなガスに益々需要は殺到する。ガスのスポット価格はもはや原油の比ではない。これが脱炭素経済である。全ての化石燃料が構造的に高止まりする。

第二に、かくして世界は脱炭素投資に走る。化石燃料の高位安定は、脱カーボン経済移行への絶好の好機である。世界共通の炭素税が課されたようなものだ。ただし、エネルギーシフトの受け皿のコストは、化石燃料よりも更にたちが悪い。蓄電池を備えた太陽光、直流幹線を伴う洋上風力、安全対策・テロ対策・バックエンドコストを含めた次世代型原子炉、ガス化しCO2を回収貯留する石炭火力、アンモニア・水素と石炭・ガスの混焼。どれをとっても発電原価もしくは卸電力コストは15/kwhを下らないであろう。20/kwhにも迫る可能性がある。かつて、原発・石炭火力が89/kwh、ガス火力が11~12/kwhだったが、その時代はもう二度と来ない。電力料金は、かつての1.5倍~2倍の状態が恒常化する。一時的に電力料金を国が補填するのは無駄な浪費である。あの石油ショック時代にもそんなことはやっていない。

私たちは、2050年カーボンフリーを目指す、そして、2030年にはカーボンの排出を半減させると国家として決意した。これは、同時にエネルギーコスト負担が倍増することをも覚悟した、ということを自覚しなければならない。

4. 追い打ちをかけた対露経済制裁の皮肉

 原油生産量   一位 米国 二位 サウジアラビア 三位 ロシア

 石炭埋蔵量   一位 米国 二位 ロシア 三位 豪州

 天然ガス生産量 一位 米国 二位 ロシア 三位 イラン

世界でエネルギーと食糧を自給できる国が二つある。米国とロシアである。米国とロシアだけが、互いに経済制裁をかけ合っても生存できる。他の国は生存できない。ロシアのウクライナ侵攻に伴いG7が結束したロシアへの経済制裁。ロシアの軍事費用を減耗させる一定の効果はあるが、ロシア国民を干上がらせることはできない。中国やインドが穴埋めをするから、ロシアのエネルギー輸出量、ロシアの財政収入は減らない。制裁が長期化すれば干上がるのは無資源国のドイツと日本である。歴史は繰り返す。G7による対露制裁は、仮に将来、ロシアとウクライナの停戦合意が成り立ったとしても半永久的に続くであろう。他方、欧州が石油・ガスの完全なる脱ロシア化を実現するのは無理であろう。自給自足の米国は痛くも痒くもない。むしろ長期的に産油国・産ガス国としてのエネルギー覇権を強める。ロシアからの原油輸入への60/BDプライスキャップ制導入は、制裁効果が薄い反面、オイルショック以来、産消対話を通じて手塩にかけて創り上げてきた世界共通コモディティーとしての原油市場を攪乱し、不要な手続きを強いる悪政そのものである。

COP27と時を一にしてインドネシアで激論が交わされたG20サミット。インドのモディ首相曰く、「エネルギー供給にいかなる制限も加えてはならず、エネルギー市場の安定が保証されなければならない。」 全く正論である。エネルギーが無ければ人類は生存できない。ある国がある国からのエネルギーフローを堰き止めても、他のどこかから調達しなければならない。世界の必要量は一定である。ロシアがダメなら中東に殺到する。当然争奪戦になる。廻り回って貧困国、無資源国を直撃する。ロンダリングと闇市場が拡大する。結果として、ロシア制裁にはならず、途上国制裁となる。世界の大勢は、ロシアの暴挙を批判するが、同時にG7による経済制裁をより強く批判する。

5. 純経済合理的に動くOPECプラス

「供給過剰であれば減産する。供給不足とあらば増産する」

「サウジとUAEは模範的な生産者になる」

人類が必要とする貴重なエネルギー資源を、政治的手段として利用したり、されたりしてはならない。世界経済の調和のとれた発展、差別なきエネルギー安定供給、そして漸進的な脱炭素シフト。これがOPECプラスの使命であることを彼らは自覚する。

OPECプラスは発足6年を迎えた。1960年から四半世紀に亘り、国際石油カルテルとして世界経済のみならず、東西冷戦及びその代理戦争、あらゆるイデオロギー紛争・地域紛争への影なる影響力を保持していたOPECは、非OPEC産油国の台頭、石油先物市場の形成、とりわけ米国シェールオイルの復権によってprice makerとしての地位を市場に奪われた教訓を糧として、より良き世界市民となり、いつ何時でも世界への安定供給を行うため、ロシア、メキシコ、マレーシアなど、欧米以外の主要産油国を加え、2016年、OPECプラスとして、より強力な生産調整機構として復活した。最大の舵取りは、世界的脱炭素化の中で、石油の安定供給と脱石油のバランスを図り、世界の需給動向を大きな視点でより精緻に見極め、自らも含めた世界の脱炭素化のペースを誤らせないことである。自らのエネルギーシフトと構造改革のためにも、もはや脱石油に反対することなく、むしろ十分な脱石油投資が順調に進むよう、原油価格を高位安定化させようとしている。合理的行動である。

だからOPECプラスは、世界のエネルギー需給の客観的な分析にのみ関心がある。ロシア・ウクライナ戦争の軍事的展開よりも、G7による対露経済制裁がもたらす世界経済の変調に関心がある。G7がロシア産石油を全面禁輸とし、ガスは部分禁輸としたこと、しかし結果、ロシアから世界への輸出量は微減にとどまり、中国のゼロコロナ政策により国内経済が冷え込んだ分、むしろ世界の石油需給はだぶつき気味であること、あるいは米国経済が軟着陸するかスタグフレーションに突っ込むか、に関心がある。ロシアへの禁輸措置で自らは全く影響を受けない米国からの増産要請は、中間選挙前の政治的意図しか持たないが故に、とり合わなかった。米国大統領の訪問にも淡々と会談をこなし、リップサービスはしない。「OPECは反米なのか」、という問いに対しては、質問自体がナンセンスであり、「我々はいかなる大国とも等距離である。」と答える。何故ロシア制裁をしないのか。それは、ロシアがメンバーに入っているからである。そして誰よりも、自らのエネルギーシフトと構造改革に積極的に手を貸してくれる国を大事にする。これも経済合理的である。

6. 仕上げはサウジアラビア皇太子の訪日中止

11月20日。W杯開幕式の場に、サウジアラビアMBS皇太子の姿があった。

ムハンマド皇太子は、インドネシアG20サミット出席後、韓国、タイを歴訪。その後の訪日をキャンセルし、ドーハに向かった。日本は訪問の価値なしと判断した。

この間、フランスの他、インドネシア、フィリピン、シンガポールなどおおよそすべてのASEAN首脳らと会談を重ね、石油・ガスと脱炭素双方の協力MOUを締結。韓国では、原子力、水素、アンモニア、炭素循環、インフラ、防衛に関わる26の協力プロジェクトに調印した。そして、習近平主席のサウジアラビア訪問。ここでは、石油・石化のビジネス拡大、太陽光・グリーン水素プロジェクト、ファーウェイによる通信事業の拡大等34MOUを締結。更に、中国-GCCサミットにおいて、グリーン中東イニシアチブと一帯一路の連結、行き過ぎたESG投資基準への牽制、一つの中国、人権問題の政治化への牽制など、政治経済全般に亘って価値観を共有する共同コミュニケを発出した。

ムハンマド皇太子は、アジア戦略外交に先立ち、COP27において、「中東グリーンイニシアチブ」を主導し、CCUSを柱とする「炭素循環経済」の世界展開を提唱、サウジアラムコは、2027年までに年間900万トンのCO2貯蔵実現に向けて炭素貯蔵隔離センターを設立。まさに日本のグリーン戦略と完全に軌を一にする。

サウジアラビアが望んでいるのは、世界最大の石油産出国としての地位を維持し続けることでは最早ない。世界最大のクリーンエネルギー輸出国を目指し、自らをグリーン水素とブルー水素大量生産のパイオニアと位置付けて、NEOMの水素製造基地実用化を急ぐ。2030年までに消費電力の50%を再生可能エネルギーで賄うことを目標とする。サウジ初の電気自動車ブランド Ceerを発表。構想は着々と実行に移されつつある。

2020年112日、故安倍元首相の最後の首脳会談となったサウジアラビアの世界遺産の地ウラー。ムハンマド皇太子との間で中東情勢、世界情勢についての互いのビューをぶつけ合い、そして、「サウジ・ビジョン2030」への日本企業の投資機会の全面確保が確約された。

あれから3年。「今の日本は安倍の時代とは違うようだ。」「路線が変わったようだ。」イスラム世界の日本への評価が聞こえてくる。

現実の政治は、地球温暖化の緩和よりも目の前のエネルギー確保を優先させる。将来世代への責任よりも今を生きることを優先させる。しかし、どんなにエネルギー価格が高騰しても、それに耐え抜き、2050年にはカーボンフリー社会を創ることに世界はコミットした。少なくともG7はそう覚悟した。日本も覚悟したはずである。エネルギーの安定供給とカーボンニュートラルを両立するためには、移行計画が実用的かつ現実的でなければならない。原油やガスへの投資を極端に縮小させてはならない。化石燃料への新たな投資は、政治的に恥ずかしいからコソコソやる、ではなく、それが暫くは必要だと、正直に国民に語らなければならない。ウクライナ問題が起きたから、では言い訳にならない。エネルギーの安定供給を図りながら、2050年カーボンフリー目標に向けて、今度こそ息切れしないようなシナリオを世界で共有する。それこそが来年のG7広島サミット、G20インドサミット、COP28 in UAEに求められる。それぞれ適格な議長国である。日本は、電気料金やガソリン価格の助成に時間と金を費やしている暇はない。アジア・ゼロエミッション共同体、さらには中東との運命共同体構想に向けて、もっと長期を見据えた果敢なエネルギー外交を取り戻してほしい。