メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.12.01

世界食料危機の真実とは 日本で食料危機は起きるのか?

月刊望星 2022年12月号に掲載

農業・ゲノム

私たち日本人は食に恵まれている。街に出ればさまざまな飲食店があり、いつでも食事を楽しむことができる。しかし、世界に目を向けると、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、世界的な食料危機が起きるのではないかと懸念されている。日本でも食料危機は起きるのだろうか?


食料の特徴

食料は、人の生命・健康に不可欠な必需品です。しかも、ほぼ毎日消費しなければならない。わずかの期間でも供給が途絶すると飢餓が生じてしまいます。衣料や住居などは一度購入すると長期間消費することができますが、食料は頻繁に購入しなければなりません。

その食料を供給するのは、第一次的には農業です。危機になってから作付けしても、自然や生物が相手なので、生産に時間がかかるうえ、病虫害や冷害で予定した生産を実現できないかもしれない。供給が途絶する場合には、備蓄や流通在庫を含めて、今あるものしか食べられなくなります。

健康のために必要な三大栄養素のうち、炭水化物や一部のタンパク質は体内で合成できません。私たちは、炭水化物を主として、米、麦、トウモロコシなどの穀物や大豆、イモ(以下これらを〝穀物等〞と言う)から摂取しています。穀物等の中で大豆はタンパク質を多く含んでいます。高度経済成長で脂質やタンパク質を供給する畜産物(牛乳やバターなどの乳製品、食肉、卵)の消費が高まる前、日本人はカロリーを主として米から摂ってきました。政府は、米や麦などには食料ではなく〝食糧〞という漢字を充てています。

穀物等は畜産のエサとしても重要です。日本では大豆は味噌、醬油、豆腐などに使われますが、世界では油の原料として使われ、その搾りかすがエサに使われています。穀物等は、食べるだけでなく、畜産を通じて間接的に、我々にカロリーを供給してくれます。

この穀物等の国際価格が上がると、パン、ラーメン、豆腐、食料油、肉、卵や乳製品など広範な食品に影響が及びます。さらに、トウモロコシ(他にサトウキビ等)は、ガソリンの代替品であるエタノール生産にも使用されています。このため、最近では原油価格の変動がトウモロコシや代替品である他の穀物の価格に影響するようになっています。

世界食料危機についての虚実

世界人口は、2050年には97億人に増加する見込みです。さらに、経済発展により畜産物の消費が増えると穀物需要も大きく増加します。このため、世界の食料生産を60%程度増やさなければならないと主張されています。

しかし、心配することはありません。世界の人口は1900年の17億人から、1980年に45億人、2022年には80億人に増加しましたが、これを上回って食料生産が増加しました。人口が増えていって食料危機が起きるのであれば、すでに穀物価格は上昇しているはずですが、物価変動を除いた穀物の実質価格は、過去一世紀半ずっと低下傾向にあります。人口増加より穀物生産の増加が大幅に上回ったからです。1961年比では、2020年の人口は2.5倍になり、米3.5倍、小麦3.4倍となっています。

緯度によって効果が異なる温暖化などの不確定要素はありますが、従来からの作物改良に加え、ゲノム編集や培養肉などの画期的な技術による増産が期待されています。

ただし、1973年や2008年、2022年のように、突発的な理由で需給のバランスが崩れ、価格が急騰する時があります。現在はロシアのウクライナ侵攻の影響によるウクライナ産小麦の輸出減少、熱波や干ばつによる生産減少、原油・ガソリンの価格上昇等で、穀物等の価格が上昇しています。それでも実質価格で見ると、その水準は1960年代全体の支出にはほとんど影響しないのです。このような食料支出の構造は、欧米などの先進諸国に共通しています。

穀物価格が上昇すると、日本が買い負けるなど、食料危機を煽る人たちが出てきます。しかし、中国に高級マグロを買い負けることはあっても、小麦輸入の上位3ヵ国であるインドネシア、トルコ、エジプトに、日本が小麦を買い負けることはないでしょう。

日本でも食料品価格は上がっていますが、国産で供給される米の価格は上がっていないので、いざとなればパンではなく米を食べればよいのです。それなのに、農林水産省は、農業保護のために補助金を出して米生産を減少させ、米価を引き上げるという物価対策に反する政策を実施しているのです。

輸出制限する国としない国

最近、小麦の生産量世界第2位のインドが輸出制限をしたことが大きく報じられました。インドのような途上国が輸出制限をするのは、放っておくと穀物が国内から高価格の国際市場に輸出され、国内の供給が減少、国内価格も国際価格まで上昇し、貧しい国民が穀物を買えなくなってしまうからです。

しかし、インドの小麦生産は1億トンを超えますが、輸出量は93万トンに過ぎません。日本の輸入量でさえ500万トンを超えます。インドの輸出制限は世界の小麦市場に全く影響しないのです。多くの国が輸出制限を行っていると報じられていますが、これらの中に重要な輸出国はありません。2008年の食料危機の時にインドやベトナムが米の輸出を制限したのも、同様の理由からです。しかし、両国は米の大輸出国なので、フィリピンなどの輸入国では飢餓が生じました。ただし、同じ輸出国でも所得の高いタイは、輸出を制限しませんでした。逆に、国際価格上昇で、タイの農民は利益を得ることになりました。

他方、日本の小麦輸入相手国であり、輸出量が2600万トンを超えるアメリカ、カナダ、1000万トン超のオーストラリアは、絶対に輸出制限をしません。これらの国は、価格上昇を負担できる先進国であるうえ、生産量の半分以上(カナダやオーストラリアは7割強)を輸出に向けており、輸出制限すると国内に穀物があふれ、価格が暴落してしまうからです。これは、大豆やトウモロコシでも同じです。

特に、アメリカは2度の大失敗を経験しています。1973年の大豆禁輸では、日本にブラジルの広大な農地開発を援助させ、瞬く間に全く大豆生産がなかったブラジルを、大豆貿易を独占していたアメリカを凌駕する大輸出国にしてしまったのです。

また1979年の対ソ連穀物禁輸では、ソ連に他の競争国から穀物を輸入させることになり、ソ連市場を失ったアメリカ農業は農場を売るなどの大不況に陥ってしまいました。過去に手痛いダメージを受けたアメリカが穀物を戦略物資として使うことはありません。

日本で起きる危機

日本は食料供給の多くを海外に依存しています。日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーンが破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に近づけなくなれば、深刻な食料危機が起きます。いまは台湾有事が想定されるし、日本の国土自体が戦闘状態となれば、国内の農業生産も打撃を受けてしまいます。

実は、これと似た事態を日本人は経験しています。第二次世界大戦の終戦直後の食料難です。この時、政府の東京・深川倉庫には、都民の3日分の米しかありませんでした。さらに朝鮮や台湾などの旧支配地からの米の輸入がなくなってしまったのです。

米、麦、イモなど多くの食糧は政府の管理下に置かれ、国民は配給通帳と引き換えに政府(公団)から食糧を買いました。配給制度です。ただし、農家は価格の高いヤミ市場に食糧を販売し、政府は必要な米を集めるのに苦労しました。

輸入が途絶すれば、小麦も牛肉もチーズも輸入できません。輸入穀物に依存する畜産はほぼ壊滅します。畜産振興は食料安全保障に寄与しません。生き延びるためには、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかありません。

当時の米の11日当たりの配給は標準的な人で23勺(一時は21勺に減量)でした。年間では120キログラムで、2020年の米消費量50.7キログラムの倍以上です。それでも国民は飢えたのです。米しか食べられない生活とは、そういうものです。肉や牛乳、卵など、副食からカロリーを摂取することができないからです。

現在、12550万人に23勺の米を配給するためには、玄米で1600万トンの供給が必要となります。しかし、農協や自民党農林族、農林水産省という農政トライアングルは、毎年米生産を減少させ、2022年産の主食用米は、ピークだった1967年の1445万トンの半分以下となる670万トンに抑えているのです。

彼らは、米生産を維持するためには高い米価が必要だとして、農家に減反補助金を払って米生産を減少させています。言っていることは支離滅裂だし、行っていることは米農業の抹殺といってもいい。しかも、医療のように、通常なら財政負担をすれば国民は安く財やサービスの提供を受けるのに、ここでは国民は納税者として補助金を払って消費者として高い米価を負担しているのです。

農協は金融事業を兼業できる日本で唯一の法人です。高米価で米に非効率な零細兼業農家等が多く滞留して、これらの農家の兼業・年金収入や農地転用益がJAバンクへ預金されました。JAバンクは預金総額100兆円を超える日本トップクラスのメガバンクとなり、その全国団体である農林中金はこれを世界の金融の中心であるアメリカのウォールストリートで運用して、巨額の利益を得ました。農協の繁栄にとって減反・高米価政策は不可欠なのです。自民党農林族は農協に選挙で支援され、農林水産省は予算獲得に農林族の政治力を利用しました。

しかし、国民全体の利益の観点から、経済学の費用便益分析を行えば、減反は最悪の政策だとわかります。それなのに、政府の審議会の委員や会長に任命された経済学者たちは農政トライアングルに迎合して、この異常な政策に異を唱えることはありません。

今、輸入途絶という危機が起きると、政府備蓄の米を含めて必要量の半分の800万トン程度の米しか食べられません。配給制度で国民に均等に分配したとしても、半年後には全国民が餓死してしまいます。

もし配給制度がなかったら、価格は高騰します。その価格で購入できる資金力のある人たちだけが、十分な米を買うことができることになるのです。そうなれば危機発生後しばらくして、米を買えない半分以上の国民が餓死することになります。これが農政トライアングルに、食料・農業政策を委ねてしまった結末です。

平時の国内生産の拡大と輸出

1960年から比べて、世界の米生産は3.5倍に増加しました。しかし日本は4割の減少です。しかも、補助金を出してまで主食の米の生産量を減少させる国が、どこにあるのでしょうか?

生産を抑制する減反で米の面積当たりの収穫量(単収)は増えませんでした。50年前には、日本の半分だった中国にも抜かれてしまいました。飛行機で種をまいているカリフォルニアの単収が、一本ずつ田植えをしている日本の1.6倍になっています。減反を止めてカリフォルニア米と同程度の単収の米を全水田に作付けすれば、1700万トンは生産できます。

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平時は700万トンを消費して1000万トンを輸出し、危機の時は輸出していた米を食べればよいのです。平時の米輸出は、危機時の米備蓄の役割を果たします。しかも、倉庫料や金利などの負担を必要としない無償の備蓄です。平時の自由貿易が、危機時の食料安全保障につながるのです。

食料自給率が1960年の79%から38%に低下した大きな原因は、米の生産減少です。減反を止めれば63%に上がります。財政的にも減反補助金の3500億円が必要なくなります。価格が低下して影響を受ける主業農家に補償するとしても1500億円で済みます。

米価の低下は、最大の物価対策にもなります。一兆円を超える米輸出は可能ですから、貿易収支も改善することになります。

米の輸出が可能だろうかと思われるかもしれませんが、米の内外価格差は、近年縮小・逆転しています。自動車には、軽自動車、普通自動車、高級外車など多様な商品があります。スーパーに行けばわかるように、米にも品種ごと、産地ごとに、価格が異なる商品があります。日本米は世界に冠たる品質を誇っています。ベトナム米と日本米を比較するのは、軽自動車と高級外車を比べるようなものです。

日本米と品質面で競合するカリフォルニア米との価格差は、最近はむしろ逆転して、60キログラム当たり13000円程度の日本米の方が安くなっています。しかも、減反をやめれば、日本米は7000円程度にまで瞬間的に価格は下がります。商社がそれを12000円ほどで輸出すると、国内の供給が減って価格は12000円に上昇します。

カリフォルニアでは、水不足に加え収益の高いアーモンドの生産が拡大し、米の作付面積が減少しています。減反廃止で価格競争力を高めた日本米が全米の米市場を席巻する日も遠くないでしょう。有望な輸出先は、一億五千万トンの米市場を持つ中国です。中国ではこれまで、主にインディカ(長粒)米が食べられてきましたが、最近急速にジャポニカ(短粒)米への置き換わりが進んでいます。日本製の炊飯器の普及で、ジャポニカ米のおいしさがわかってきたためです。しかも、日本米は中国ジャポニカ米の1020倍の価格で売られています。中国は病害虫を理由に検疫で日本米の輸入を制限していますが、政府はこの問題を解決するよう交渉すべきです。それまでの間も、病害虫がつくことがないレトルトパックであれば輸出を増大できるはずです。

食料有事法制の検討

危機が長引くと、翌年の供給を考えなければなりません。今、肥料の輸入が問題となっていますが、シーレーンが破壊される時は、石油も輸入できません。石油がなければ、肥料や農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、単収は大幅に低下してしまいます。

戦前は、化学肥料はある程度普及していましたが、農薬や農業機械はありませんでした。シーレーンが破壊されると、生産も終戦直後の状態に戻ってしまうのです。現在の米の生産量さえ維持できません。

終戦時、人口は7200万人、農地は600万ヘクタールあっても、飢餓が生じました。この時と同じ生産方法に戻る場合、人口が増加しているので、当時の600万ヘクタールに相当する農地は、1050万ヘクタールとなります。しかし、公共事業などで農地を造成しているのに、農地は宅地への転用や減反などで440万ヘクタールしか残っていません。必要な農地面積との差600万ヘクタールは、九州と四国を合わせた面積に匹敵します。

残念なことですが、これまで農業界は、全体で280万ヘクタールもの農地を、半分は宅地等への転用で、半分は耕作放棄でなくしてしまいました。これは日本で面積が2位の岩手県と3位の福島県を合わせた面積に相当します。農家は農地の転用によって膨大な土地売却利益を得ました。この農地はもう戻りません。

終戦時、国民は小学校の運動場をイモ畑にして飢えをしのぎ、上野の不忍池(しのばずのいけ)は水田となりました。現在の都市の小学校の運動場はアスファルトで覆われ、土壌生物等もいない死んだ土地となっていますが、高度経済成長期以来、日本は森林を切り開いて多くのゴルフ場を建設してきました。食料危機の際には、これらをイモ畑に転換するのです。

これまで農政は食料安全保障を農業保護の方便として利用してきただけでした。食料自給率向上の主張も、カロリーの60%を海外に依存していると言うと、国民は国産振興のために農業予算増加に理解を示してくれると考えたためです。真剣に食料自給率を向上しようとしたことはないし、食料有事に備えた現実的・具体的な対策はほとんど検討していません。

農政トライアングルは、今回の危機に便乗して小麦や大豆の生産を拡大するとしていますが、これは1970年以降米からこれらに転作するとして補助金を交付し、全く成果を上げなかった政策です。

食料自給率が下がり続けているのは、その証左です。国産小麦は供給も安定しないし、品質も悪い。現在毎年約2300億円かけて作っている麦や大豆は130万トンにも満たない。同じお金で1年分の消費量を超える小麦約700万トンを輸入できるし、エサ米生産66万トンにかかる950億円の財政負担で約400万トンのトウモロコシを輸入できるのです。

国民消費者としては、安い費用でより多くの食料を輸入・備蓄できるほうが良い。どれだけ費用がかかってもアメリカ製よりも国産の戦闘機を購入すべきだと言う人はいないはずです。いくらゴルフ場を転換したとしても600万ヘクタールの農地を創設することは不可能でしょう。真剣に国民のためを考えるなら、大量の輸入穀物等の備蓄を考えるべきです。

戦前、農林省の減反提案を潰したのは陸軍省でした。ロシアのウクライナ侵攻で、ロシア軍がキーウを陥落できなかったのは、食料や武器などを輸送する兵站に問題があったからといわれます。古くは、漢王朝の創始者劉邦が、彼の窮地をたびたび救った軍師の張良や目覚ましい軍功を上げた韓信を差し置いて、蕭しょう何かを功労第一に挙げたのは、兵站の功績を重視したからです。食料がないと戦争はできないのです。

農政トライアングルに農政を任せてしまった結果、日本の食料安全保障は危機的な状況になっている。台湾有事になると日本は食料から崩壊する。餓死する直前に不明を恥じても手遅れです。国民は食料政策を自らの手に取り戻すべきです。