メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.11.14

今の農業は「国の基」か

日本経済新聞夕刊【十字路】2022年11月8日

農業・ゲノム

農本主義が復活している。政府文書では異例なことだが、食料・農業・農村基本法に基づく国の基本計画で「農は『国の基(もとい)』との認識を国民全体で共有」することが必要と記述された。

農本主義は小農主義と結び付いてきた。戦前の農家は、米で納める小作料が収穫物の半分に上るうえ、耕作規模が零細だった。農林官僚だった柳田国男は、多すぎる農家を離農させ1戸当たりの農家規模を拡大することで、農家の貧困を解決しようとした。以来、改革派の農林官僚は農本主義を嫌ってきた。逆に、多くの小作人が耕すほうが面積当たりの収量も小作料も増える。このため地主階級や主流の農学者は小農主義を唱えた。関税で輸入量を減らし、米価を上げようともした。

戦前、小作人の解放に一生をささげた人物に石黒忠篤がいる。彼は、農林官僚の中では例外的に農本主義者といわれた。彼が農林大臣などを務めていたころは、不況で他産業が農村の過剰労働を吸収できなかった。農家数を減らせないので、小農の小作条件改善という方法を模索した。

しかし、石黒の農本主義は地主階級とは異なる。彼は農民に対して言う。「農は国の本なりということは、決して農業の利益のみを主張する(中略)利己的の考えではない。国の本なるが故に農業を貴しとするのである。国の本たらざる農業は一顧の価値もない」。国民に食料を安く供給する責任を果たしてこそ「農は国の基」なのだ。

現在の農本主義も地主階級と同じく、多数の小農を温存して農業票や組織を維持するとともに、高米価を確保したいのだ。そのため米生産を半減させた。今輸入が途絶すると1600万トンの米が必要なのに800万トンしか供給できない。厳しい飢餓が生じる。今の農は「国の基」ではない。