メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.10.11

税金の無駄遣いがやまない畜産基金とはなにか

ずさんな運営を会計検査院が再三指摘、それでも懲りない農水省と族議員

論座に掲載(2022年9月27日付)

農業・ゲノム

環太平洋パートナーシップ(TPP)の農業対策としてつくられた畜産基金の運営のずさんさが914日会計検査院によって指摘された。TPP農業対策として2015~20年度に19404 億円の予算措置が講じられたが、このうち5319億円が基金に充てられた。指摘されたのは、農林水産省所管の公益社団法人「中央畜産会」に積まれた農業機械リース費用に対する補助事業の基金である。中央畜産会の事務処理に例えば19年度では14カ月もかかったため、農家に農業機械が届けられるのがさらに遅れ、農家による補助金辞退が相次いだ。それなのに、農林水産省は、基金に支出を上回る金額を積み増し続けたため、初年度は659億円の基金が20年度末には1,007億円に膨らんだ。会計検査院は、このうち123億円が過大だと指摘した。

多すぎる基金と繰り返される無駄遣いの指摘

本来、国の事業は単年度であり、基金を積んで対応することは珍しい。というより、原則的には禁止される。TPP対策では、関税の削減期間が長期に及ぶというので、基金を積んで対応するとされた。しかし、TPP対策以前から、畜産関係で基金が作られるのは珍しくない。これまで農畜産業振興機構(ALIC)によって多数の基金がつくられてきた。

また、会計検査院によって不適切な運営が指摘されるのも、今回が初めてではない。2010年度と2012年度の2回にわたり、会計検査院によって、その無駄遣いを指摘されているのだ。

表面的には、基金を作る目的は、年度間で事業量の変動が激しいので、とりあえず一定の額を積み上げて、事業量が少ない時は余った金を積み立てておき、事業量が多い時のために対応しようというものだった。しかし、ALIC自身に国からの交付金をプールしておく基金の役割を果たす勘定が存在している。会計検査院の指摘によれば、これは支出額の3倍以上の資金額となっていた。これ自体、事業量が少ないのに、長期間にわたり多額の資金を保有していることになる。つまり、必要のない金がALICの基金にたまっているということである。

仮に、ALICの基金が必要なものだとしても、これから機動的に必要な額を支出すればよい。さらに、ALICの基金から金を出して、公益法人等に基金を積んでおく必要はない。畜産関係では、ALICの基金と公益法人等の基金の、二重の基金が存在しているのだ。そもそも、なぜ畜産だけ事業量の変動が激しいのか、合理的な説明はできないだろう。

事業費の4.5倍にのぼる積立金

会計検査院が検査した公益法人等に積み立てられた60の基金について、1991年度から2008年度までの18年間、平均して保有している資金の額は2176億円で、実際にかかった事業費483億円の4.5倍になっている。つまり、必要でない金額を基金として積み立てているのである。今回の指摘と同じである。

会計検査院は、基金保有倍率という物差しをつくり、ALICの各種基金を分析している。基金保有倍率とは、資金保有額を3年間の事業費で割った比率である。37の基金のうち、14の基金で10倍以上、うち4つの基金で100倍以上だったという。事業費をはるかに上回る資金を、基金として積み立てていたのである。

さらに、会計検査院は、事業費に対する事務費の割合を調査している。事務費の中で大きいものは、人件費、つまり職員の給料である。60の基金のうち、12の基金で事業費の半分以上に相当する額を事務費に充てていた。さらに、10の基金が、事業費がゼロで事務費だけを支出していたという。つまり、事業を全く行わないで、職員の給料だけを出していたのである。このような調査を行ったことは、会計検査院は基金を作る農林水産省の本当の意図がわかっていたに違いない。

畜産は振興が必要なものなのか?

畜産は、基本的には牛(馬)の大家畜と、豚、鳥の中小家畜に分類される。人類の歴史の中で、牛や馬には草を食べさせてきた。しかし、最近では、中小家畜と同様、牛にもトウモロコシなどの穀物を食べさせるようになっている。道東地域の酪農、岩手県の短角牛、阿蘇の褐牛、2000年主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)で提供された石垣牛、山に放牧する山地酪農など、草地資源を活用している例もあるが、一部に過ぎない。道東地域の酪農でも穀物主体の濃厚飼料が供与されるようになっているし、都府県の酪農は、トウモロコシだけでなく乾燥牧草も輸入に頼っている。畜産と言えば、広大な農地で牛が草を食む風景を連想されるだろうが、日本の畜産は土地とは遊離した産業になってしまっているのである。

畜産は機械化・大型化が進み、全国にわずか4千戸しかいない養豚農家が900万頭の豚を肥育している。平均すると、農家1戸あたり2千頭以上の豚を肥育している。養鶏農家(ブロイラー)は2千戸の農家が7億羽の鶏を出荷している。一戸あたり30万羽である。酪農も、乳牛が自分で搾乳場に入るというフリーストール・パーラー方式や搾乳ロボットが普及することにより、多頭飼養、自動化が進んでいる。

日本の畜産は、トウモロコシなど輸入農産物の加工工場といっても過言ではない。動物がいる工場に、輸入農産物を投入(インプット)すれば、生産物(アウトプット)として牛乳、食肉、卵が出てくるというイメージを持ってもらえばよい。生物を利用するという点以外では、工業と変わらない。工場のような生産なので、天候や自然の影響を受けない。日本では狭いケージ(籠または檻)に鶏を閉じ込めて鶏卵が生産される。アニマルウェルフェア(動物福祉)の主張が強い欧米ではケージフリー(籠なし)の飼育が行われている。吉川貴盛・元農林水産大臣が汚職で有罪判決を受けたのも、鶏卵業界がケージフリーが国際基準にならないよう農林水産省に働きかけようとしたためだとされている。

環境面でもマイナスが大きい畜産

畜産は、エサの輸入が途切れる食料危機の際には壊滅し、国民への食料供給という役割を果たせない。環境面でもマイナスである。エサを輸入している畜産は、糞尿を穀物栽培に還元することなく、国土に大量の窒素分を蓄積させている。環境面からは、穀物を輸入するのではなく牛肉や豚肉などを輸入した方が良い。家畜の糞尿も牛のゲップも、温暖化ガスのメタンを発生させる。世界的には、農業は温暖化ガスの2割を排出しているが、その半分は畜産だと言われている。健康面でも、牛肉、豚肉、バターなどに含まれる脂肪酸オメガ6は、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす。日本で一般に行われている穀物肥育の牛肉は牧草肥育に比べオメガ6を多く含む。穀物(飼料)の国際価格が上昇すると酪農家などの畜産農家が大変だという報道がなされるが、これには日本の畜産のいびつな姿が隠されているという根本的な問題について、掘り下げて報道されることはない。

畜産を保護する理由は、食糧安全保障の観点からも、環境保護の観点からも、存在しない。OECD(経済協力開発機構)の汚染者負担の原則(PPPPolluter Pays Principle)からすれば、補助金で振興するのではなく、税金を課して生産を縮小させるべきなのである。地球温暖化への対応が求められている中、世界で検討されているのは、植物活用による代替肉、細胞増殖による肉生産など、畜産の縮小である。

農水省はなぜ懲りないのか?

しかし、畜産が発展していることを反映して、農林族議員の中でも畜産議員の力が強まっている。畜産議員は、畜産関係予算を増額し、農林水産省の畜産部を畜産局に昇格させている。2020年には、自民党農林部会は、新型コロナウイルス対策として、国産牛肉の商品券の交付を提案した。これが世論の批判を浴びて撤回されると、今度は野党議員が学校給食に国産牛肉を提供することを提案し、農林水産大臣がよい考えだと応じている。

TPPの畜産対策は、このような背景でつくられた。ただし、畜産議員は予算を獲得して畜産業界にその力を誇示すればよく、基金までつくるように農林水産省に指示することはない。以前の会計検査院の指摘にあるように、基金をつくる農林水産省の本音は、同省職員OBの給与の支出である。会計検査院が問題を指摘した基金が置かれた中央畜産会の会長は、衆議院議員で畜産議員の森山裕氏であるが、副会長の2人とも農林水産省OBである。補助金の処理手続きが遅れたのは、担当職員が5人しかいなかったからだというが、副会長の2人がこのような事務処理をするはずがない。

畜産に基金が多く作られたのは、年度ごとに事業量にばらつきが生じるという、他の農業と異なる特殊性があったためではない。むしろ、天候や自然の影響を受けない日本の畜産は、他の農業よりも特殊性に乏しい。1991年に牛肉が自由化されるまで、牛肉はALICが国家貿易企業として独占的に輸入していた。安く輸入して国内で高く売ることによる巨額の差益はALICによる畜産振興事業に充てられた。自由化後も毎年1000億円ほどの関税収入を特定財源として畜産振興事業が行われている。バター等の乳製品は依然としてALICが国家貿易企業として独占的に輸入し、その差益は酪農対策に充当されている。このほか、中央競馬や地方競馬の収益の一部も畜産振興事業に充てられている。畜産には国の一般会計以外に潤沢な財源がある。これらを公益法人等に基金として積んでおけば、事業は行われなくても、当該法人等に勤める職員の給与は支出できる。

会計検査院から指摘を受けても、基金はなくならない。