メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.10.06

日本で起きる食料危機とその備え

─今世界で起きている食料危機─

月刊誌「改革者」(2022年10月号)掲載

農業・ゲノム

輸入が途絶する場合1600万トンの米が必要だが、農林水産省やJA農協は700万トン以下に生産を抑えている。減反を廃止し1700万トンを生産して輸出を行い、危機時には輸出していた米を食べれば、国民は飢えなくてすむ。


ロシアの黒海閉鎖により、世界第5位の小麦輸出国ウクライナの輸出が困難になり、同産小麦への依存度が高い中東やアフリカの貧しい地域では飢餓が生じている。国連を交えた合意が成立したが、完全な再開までにはほど遠い。

また、トウモロコシからガソリンの代替品であるエタノールが作られるので、昨年からの原油・ガソリンの価格上昇は、トウモロコシ価格だけでなく、その代替品である他の穀物や大豆の価格も引き上げている。また、石油価格が上がると農産物の生産コストも上昇するし、物流コストも上昇する。原油と食料の価格は連動し、世界的なインフレの原因となっている。

国土が戦闘状態になっているウクライナについては、輸送だけでなく、生産面でも戦争による影響は避けられない。価格高騰に応じて世界の小麦生産が増加すれば飢餓は回避できるが、中国、ロシア、ベラルーシからの肥料の輸出が減少しているうえ、収穫されるまで1年ほど待たなければならない。

日本で起きない食料危機

食料危機には2つのケースがある。一つは、現在中東やアフリカで起きているように、価格が上がって買えなくなるケースである。

途上国では所得のほとんどを食料品の購入に充てている。所得の半分を米やパンに充てていると、その価格が3倍になると、食料を買えなくなる。アメリカのエタノール生産振興で穀物価格が高騰した2008年には、フィリピンなどでこのような事態が生じた。

しかし、日本でこの種の危機が起きることはない。世界食料危機は2008年洞爺湖サミットの主要議題にもなったが、日本で食料を買えないと感じた人はいなかったはずだ。このとき、日本の食料品消費者物価指数は2.6%しか上がっていない。今回も同じである。日本の消費者が飲食料品に払っているお金のうち87%が加工・流通・外食への支出である。輸入農水産物に払っているお金は、2%に過ぎない。その一部の輸入穀物価格が3倍になっても、全体の支出にはほとんど影響しない。今の経済力が大きく低下しない限り、日本が穀物を買えなくなることはない。

穀物価格が上昇すると、必ず食料危機を煽る人が出てくる。中国の爆買いで日本が買い負けるという主張があるが、高級マグロを買い負けるのと穀物を買えなくなることは同じではない。小麦輸入の上位3か国、インドネシア、トルコ、エジプトに日本が買い負けることはない。

また、小麦の生産量世界第2位のインドが輸出制限をしたことが大きく報じられた。インドのような途上国が輸出制限するのは、放っておくと穀物が国内から高価格の国際市場に輸出され、国内の供給が減少、価格も国際価格まで上昇し、貧しい国民が穀物を買えなくなるからだ。インドの小麦生産は1億トンを超えるが、輸出量は93万トンに過ぎない。日本の輸入量でさえ500万トンを超える。インドの輸出制限は世界の小麦市場に影響しない。

他方、日本の小麦輸入相手国であり、輸出量が2600万トンを超えるアメリカ、カナダ、1000万トン超のオーストラリアは、輸出制限をしない。これらの国は、価格上昇を負担できる先進国であるうえ、生産量の半分以上(カナダやオーストラリアは7割強)を輸出に向けており、輸出制限すると国内価格が暴落するからだ。アメリカは1973年の大豆禁輸、1979年の対ソ連穀物禁輸で、手痛いダメージを受けた。アメリカが穀物を戦略物資として使うことはない。

これらの重要なファクツを知らないで食料危機を煽る人たちは、食料問題の専門家ではない。彼らは続けて「国内生産の振興が必要だ」と主張する。彼らは、食料危機を国内の農業保護に利用したい、農林水産省、JA農協、農林族議員とつながっているのである。食料問題についての知識がない主要紙の記者たちは、この裏側の事情に気がつかないで、「専門家」の意見を紹介してくれる。

日本で起きる危機

しかし、日本で起きる食料危機がある。日本は食料供給の多くを海外に依存している。日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーンが破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に寄港できなくなれば、深刻な食料危機が起きる。台湾有事が想定されるし、日本の国土自体が戦闘状態となれば、輸入途絶に加え、国内の農業生産も打撃を受ける。

これと似た事態を日本人は経験している。終戦直後の食料難である。この時、政府の東京・深川倉庫には、都民の3日分の米しかなかった。朝鮮や台湾からの米の輸入はなくなった。米、麦、イモなど多くの食料は政府の管理下に置かれ、国民は配給通帳と引き換えに政府(公団)から食料を買った。配給制度である。

最低限必要な食料

輸入途絶という危機の時に、どれだけの食料が必要なのか?

小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入穀物に依存する畜産はほぼ壊滅する。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかない。

当時の米の11日当たりの配給は23勺(一時は21勺に減量)だった。年間では120キログラムである。今は1日にこれだけの米を食べる人はいない。2020年の11年当たりの米消費量は50.7キログラムである。それでも米しか食べられない戦後の国民は飢えた。肉、牛乳、卵など、副食からカロリーを摂取することができないからだ。

現在、12550万人に23勺(15歳未満を半分と仮定)の米を配給するためには、玄米で1600万トンの供給が必要となる。しかし、農水省とJA農協は、自分たちの組織の利益のために、減反で毎年米生産を減少させ、2022年産の主食用米はピーク時(19671445万トン)の半分以下の675万トン以下に供給を抑えようとしている。もし今、輸入途絶という危機が起きると、エサ米や政府備蓄の米を含めて必要量の半分の800万トン程度の米しか食べられない。

現在政府は配給通帳を用意していない。食料不足の時に、配給制度がなかったら、価格は高騰する。金持ちだけが、十分な米を買うことができる。この場合、半分以上の国民が米を買えなくなり、餓死する。その前に、米倉庫に群衆が押し寄せ、米は強奪されるだろう。米騒動の再来である。しかし、手に入れられなかった国民は餓死するだろうし、運よく入手した人も、いずれ食べる米に事欠くようになる。

これが、食料自給率向上や食料安全保障を叫ぶ農林水産省やJA農協という組織が行っている、減反、米減らしという亡国の政策がもたらす悲惨な結末である。

農林水産省やJA農協は、米生産を維持するためには高い米価が必要だとして米生産を減少させている。言っていることは支離滅裂だ。1960年から比べて、世界の米生産は3.5倍に増加した。日本は4割の減少である。しかも、補助金を出してまで主食の米の生産を減少させる国が、どこにあるのか?

危機への対応〜平時の国内生産の拡大と輸出

農林水産省は今回の危機に便乗して小麦や大豆の生産を拡大するとしているが、これは全く成果のなかった政策だ。米の減反には、過剰となった米から麦や大豆などに転作して食料自給率を向上させるという名目があった。転作(減反)にはこれまで9兆円もの補助金が交付されているのに、増産の効果はほとんどなかった。麦や大豆の生産技術を持たない米の兼業農家は、減反の補助金をもらうために麦や大豆のタネは蒔いても収穫しないという対応(“捨てづくり”と言う)も行った。食料自給率は下がり続けた。

現在毎年約2300億円かけて作っている麦や大豆は130万トンにも満たない。同じ金で1年分の消費量を超える小麦約700万トンを輸入できる。エサ米生産66万トンにかかる950億円の財政負担で約400万トンのトウモロコシを輸入できる。

しかも、この生産を維持するためには、毎年同額の財政支出が必要である。仮に10年後に危機が発生するまで継続すると、33000億円の財政負担となる。これで6年分の小麦やトウモロコシを輸入できる。安い費用でより多くの食料を輸入・備蓄できる。どれだけ費用がかかってもアメリカ製よりも国産の戦闘機を購入すべきだと言う人はいないはずだ。

彼らから米農業を救う処方箋はある。減反を止めてカリフォルニア米と同程度の単収の米を全水田に作付けすれば、1700万トンは生産できる。平時は700万トンを消費して1000万トンを輸出すればよい。危機の時は輸出していた米を食べるのだ。平時の米輸出は、危機時のための米備蓄の役割を果たす。しかも、倉庫料や金利などの金銭的な負担を必要としない備蓄である。平時の自由貿易が、危機時の食料安全保障の確保につながるのだ。食料自給率は37%から62%に上がる。財政的にも減反廃止でその補助金3500億円を節約できる。価格が低下して影響を受ける主業農家に保証するとしても1500億円で済む。

食料有事法制の検討

危機が長引くと、翌年の供給を考えなければならない。

食料生産に最も必要なのは、農地資源だ。しかし、これまで農業界は、全体で280万ヘクタールもの農地を、半分は宅地等への転用で、半分は耕作放棄でなくしてしまった。これは日本で面積が23位の岩手県と福島県を合わせた面積に相当する。農家が農地の転用によって得た膨大な土地売却利益は、JAバンクに預金され、JA農協は、これをウォールストリートで運用して、大きな利益を上げてきた。米価を高くするのも、零細な兼業農家を維持してその兼業収入を預金として活用したいからだ。そもそも、終戦時のように、食料事情が窮迫し農産物価格が上がって利益を得るのは、農業界である。農業界が食料安全保障を主張することにウソがある。

シーレーンが破壊されると、石油も輸入できない。石油がなければ、肥料、農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、面積当たりの収穫量(単収)は大幅に低下する。現在の米の生産量700万トンさえ困難となる。戦前は、化学肥料はある程度普及していたが、農薬や農業機械はなかった。この農業の状態に戻ると考えてよい。

終戦時、人口は7200万人、農地は600万ヘクタールあっても、飢餓が生じた。仮に、この時と同じ生産方法を用いた場合、人口が12550万人に増加しているので、農地面積は、1050万ヘクタール必要となる。しかし、農地は440万ヘクタールしか残っていない。この差600万ヘクタールは、九州と四国を合わせた面積に匹敵する。

終戦時、国民は小学校の運動場をイモ畑にし、上野不忍の池を水田として、飢えをしのいだ。高度経済成長期以来、日本は森林を切り開いて多くのゴルフ場を建設してきた。農地を確保するため、ゴルフ場、公園や小学校の運動場などを農地に転換しなければならない。どのようにして土地の所有者や利用者の承諾を得るのかなど、検討しておくべきである。

しかし、いくらゴルフ場などを転換しても600万ヘクタールの農地を追加することは不可能だ。真に国民への食料供給を考えるなら、大量の穀物を輸入・備蓄して危機に備える必要がある。

また、機械、化学肥料、農薬が使えない以上、労働でこれらを代替しなければならない。田植え機が使用できないので、手植えになる。経験のない人が作物を栽培することは容易ではない。国民皆農を視野に入れた教育も考えなければならない。

食料政策を再び国民の手に取り戻そう

戦前、農林省の減反提案を潰したのは陸軍省だった。ロシア軍がキーウを陥落できなかったのは、食料や武器などを輸送する兵站に問題があったからだ。古くは、漢王朝の創始者劉邦が、彼の窮地を度々救った軍師の張良や目覚ましい軍功を上げた韓信を差し置いて、蕭何を功労第一に挙げたのは、兵站の功績を重視したからだ。食料がないと戦争はできない。ところが、日本の国防族の幹部は防衛費の増額を主張するかたわらで、減反の強化を主張している。安全保障もタコツボ化している。

与野党とも選挙での農業票を意識して減反の維持・強化を主張する。国民や国家全体のことを考えている政党はない。政治主導では、特定のグループには最適でも、国家として整合性のとれた政策は採用できない。各省も既得権者を見て政策を作っている。政党や省庁から離れて、大局的な見地から政策を提言する公的な組織を設けるべきだ。

利益団体である農林水産省やJA農協に農政を任せてしまった結果、日本の食料安全保障は危機的な状況になっている。有事になると、日本は戦闘行為を行う前に食料から崩壊する。国民は食料政策を自らの手に取り戻すべきだ。