メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.08.16

外国人の農地取得は問題なのか?

冷静に考えてみよう 誰が農地の減少と荒廃をもたらしてきたのか

論座に掲載(2022年7月21日付)

農業・ゲノム

経済ニュースのTV出演を依頼された。あいにくアメリカに出張中なので断ったが、外国人、特に中国人の農地取得を食料安全保障の観点から問題視するという趣旨のものだった。私も、このような意見に同調するよう期待されていたようだった。

確かに、外国人が農地を取得すると、食料安全保障上からも必要な農地資源が外国の手に渡るように思われる。農地だけではなく林地も外国人に取得されるのは問題だという意見がある。感覚的には、このような意見や主張は理解できる気がする。

環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉に参加するかどうかが議論されていた時も、アメリカの穀物商社カーギルに日本の農地が買い占められるという主張があった。海外でも、ずいぶん前に、中国人がブラジルなどの農地を買いまくっていることが問題視された。土地を奪い取るという「ランド・グラッブ=land grab」という表現が使われた。

外国人が日本で農業をしてはおかしいのか?

感覚や感情ではなく、理性的に考えてみよう。まず、外国人が日本の農地を買って農業をすることは、おかしいのだろうか?

日本の農地のかなりが耕作放棄されている。富山県の面積に匹敵する量だと言われている。耕作放棄の原因は簡単である。農業の収益性が低下しているからである。儲からないから耕作放棄する。儲かるなら耕作放棄などしない。中山間地域の農地に耕作放棄が多いのは、傾斜などで生産条件が不利なところが多いからである。収益とは売上げからコストを引いたものだから、生産条件が悪くてコストが高くなると、収益が減少するので耕作放棄されやすい。

農林水産省は、耕作放棄される理由を高齢化が進んだからだと言う。高齢者なので農地の管理ができなくなっているというのだ。しかし、これは間違いである。収益が低いと後継者もいなくなるので高齢化するし、耕しても利益が出ないので、農地は耕作放棄される。高齢化と耕作放棄は同時並行的に起こるが、両者とも低い収益が原因であって。高齢化が耕作放棄の原因ではない。高齢者でなくても、農地の生産条件が悪くコストが高いと耕作放棄する。逆に、秋田県大潟村のように、20ヘクタールのまとまりのある平らな農地を耕す農家は、大規模農業が展開できるのでコストは低く収益は高い。全戸後継者がいるし、耕作放棄などない。農林水産省の説明は、収益低下の責任をとらされないようにするためのウソである。

農地保全は食料安保からも好ましい

耕作放棄しているのは日本人である。外国人が耕作放棄された農地で農業を行って、農地を保全してくれることは、食料安全保障上からも好ましいことである。経営者ではないが、野菜や果物など労働が重要な役割を果たす農業は、外国人研修生に依存している。なお、農業労働が少ないことが問題となっているのは、野菜や果物などの農業であって、米などの土地利用型農業では、農家が多すぎることが問題である。

TPP交渉の時、日本の農業関係者は、日本農業のコストが高く生産性が低いので、高い関税で保護する必要があると盛んに主張していた。生産性が低い大きな原因は、傾斜農地が少ない平場でもまとまった農地が少ないことにある。カーギルが、そのように関税で守らなければならない収益性の低い農地に触手を伸ばすだろうか。ブラジルで農地を買った方が高い利益を得られる。カーギルが関心を持ってくれるような日本農業なら素晴らしいことだが、実際には、日本人自体が耕作放棄し農業から撤退しようとしている。

そのような農地を外国人は買おうとはしない。あえて買おうとするなら、日本の豊かな市場に近い(日本の農地なので当然)ことを利用して、野菜や果物などの付加価値の高い農産物を作ろうとするだろう。日本農業の生産額が増え農地を有効利用してくれるので、これも悪いことではない。

土地はグラッブ(収奪)できない

農地でも林地でも、土地と他の財との違いは、土地を海外に持っていけないことである。土地は貿易財ではない。中国がブラジルの農地を買って、ここから大豆の輸入を確保しようとしたとしよう。もし、中国が大豆を持っていきすぎてブラジルの大豆消費が影響を受けるようになると、ブラジルは大豆の輸出制限をすればよい。自由貿易の観点からは好ましいことではないかもしれないが、このような行為はガット(関税および貿易に関する一般協定)やWTO(世界貿易機関)で否定されているものではない。つまり、土地は中国に持っていけないし、その土地からの生産物も中国の思う通りにはならないのである。

それでも、ある人は、外国人が彼らの作ったものを輸出することを問題視するかもしれない。しかし、今は、日本政府自身が農産物の輸出振興に熱心に旗を振っている。国産農産物を国内で消費しなければならない理由はない。一部の農産物が輸出されても、日本はこれまでとおりアメリカ等から小麦や牛肉などを輸入することができる。シーレーンが破壊される食料危機の時は、輸入も途絶するが輸出もできなくなる。外国人が作った農産物は輸出されることなく国内で消費されるので、食料安全保障上も問題ない。

農地を潰してきたのは誰か?

また、農業界は外国人に農地を所有させると、それを宅地など他の用途に転用すると主張するかもしれない。株式会社の農地所有に反対するのと同じ主張である。

しかし、農地面積は1961年に609万ヘクタール(ha)に達し、その後公共事業などで約110ha新たに造成している。720haほど農地があるはずなのに、現実には440haしかない。日本国民は、造成した面積の倍以上、現在の水田面積240haを凌駕する280haを、半分は転用、半分は耕作放棄で喪失した。半分の140haを現時点で転用したとすれば、農家は少なくとも200兆円程度の転用利益を得たことになる。転用して減少した農地の一部を回復するため、納税者の負担で諫早湾干拓などの農地造成が行われたことになる。

米も農地も、株式会社や外国の前に、食料安全保障を主張する農業界によって大きな打撃を与えられてきた。米は農業界が推進してきた減反政策によって1967年の1445万トンから700万トンを下回る水準まで減少させられた。貿易の自由化でアメリカ農業等に圧迫された結果、生産が半減したのではない。

農地も同じである。農地を減少させてきたのは、農地を保有してない株式会社でも外国人でもない。農業界自身に他ならない。

転用が生み出す莫大な利益はどこへ?

農家は農業や食料安全保障にとってもっとも重要である農地を転用で切り売りすることで、莫大な利益を得た。転用価格(2013年)は、都市計画区域外で10アール(1千平方メートル)1,389万円、農家の平均的な規模である1ha1万平方メートル)で14千万円の利益である。市街化区域なら1ha51千万円となる。

サラリーマン所得の割合が圧倒的に多く、農業による所得の割合が僅かなものとなっている兼業農家にとって、農地は農業のための生産要素というよりは資産である。サラリーマン人生終了時の退職金をはるかに上回るお金が、農地転用で手に入る。

農業界は、株式会社の農地取得に反対する理由として、株式会社は農地を転用するとか耕作放棄すると主張する。しかし、これだけの農地を潰して巨額の転用利益を得たのは、農家である。JA農協から転用規制の厳格化という主張は行われない。農水省も十分な対策を講じてこなかった。それなのに、農業界からは反省の言葉は聞かれない。農業の研究者も農業者数の減少は重大な問題だとするが、農地の減少は問題視しない。本来なら国民の食糧安全保障に不可欠な農地を潰してしまったのであるから、国民に謝罪するとともに、これまでもらった補助金は全て返納すべきである。

「シャッター通り」を生んだ農地転用

JA農協が農地面積の確保を真剣に要請したり運動したりすることはない。逆に、水田の転用や耕作放棄による改廃につながる減反を熱心に推進しているし、転用利益を運用して大きな利益を得た。転用された土地を利用する都市部の農協は、不動産協同組合とも言われている。

農家は農地の転用利益をJA農協(JAバンク)の口座に預金し、その全国団体である農林中金はこれをウォール街で運用し、高い収益をJAと組合員にもたらした。JAバンクの預金残高は20203月末で104兆円、うち農家等の個人は92兆円に上る。

農家による農地転用は、地域の衰退を招いた。市街地の郊外にある農地が大規模に転用され、そこに大型店舗が出店する。かつては賑わった市街地の地元商店街は、郊外の大型店舗に客を奪われる。最初は、人通りが少なくなって、長い商店街通りの端から端まで見通せるようになる。そのうち、全く人気(ひとけ)がなくなって、一日店を開けてもほとんど客は来なくなる。終いに、商店主は店をたたむ。古くからある商店街の「シャッター通り化」である。農地転用の反対を政府に真剣に要請してきたのは、JA農協ではなく、地方の商工会議所である。市街地の郊外にある農地が転用され、そこに大型店舗が出店することで、客を奪われた地元商店街が「シャッター通り化」したからである。

食料安全保障のためには農地資源を確保することが必要である。外国人が農業を行い農地を保全してくれるのであれば、日本の食料安全保障にとっても有益である。農地を潰してきた農業界がこれを問題視することに大きな疑問と違和感を感じる。悔い改めて、これまで潰してきた農地を復旧してくれるのだろうか。少なくとも、簡単に転用しないような規制強化くらいはしてもらいたいものだ。