メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.08.15

食料危機から見る日本農業の現状と 課題~ウクライナ・マリウポリの教訓~

国際文化研修 2022年夏 第116号に掲載

農業・ゲノム

問題の所在

日本の農業について、ほとんどの国民は次のような固定観念に囚われている。米作には大変な労力・手間が必要だ。農家の所得は低い。農村集落のほとんどは農家だ。地方に住んでいても実態を知らない人が多い。

農家は豊かになっており、また社会保障制度があるため、農家の所得だけを国の政策としてとりあげる必要はない。にもかかわらず、依然として農家所得倍増などのスローガンが掲げられる。農「業」所得を上げることでメリットを受けるのは主業農家だが、規模の大きい畜産農家の所得は、平均的な国民所得の10倍に上る。他方、戸数では圧倒的に多数の兼業農家(主として米農業)については、農業所得の比重は小さく、農林水産省が農業を振興しても、兼業農家の所得を倍増することは困難だ。政府は農業所得向上のために輸出を振興するというが、なぜ農業だけ支援が必要なのだろうか?

日本の農政の特徴は、未だに農家は貧しいなど、事実(ファクト)に基づかないで政策が作られていることである。ファクトを知らないのは、一般の国民だけではない。例えば、「九州、関東甲信、東北、北海道を生産額の多い順に並べると?」と質問すると、プロの農業者も農地面積最大の北海道が一番と答える。正解は「関東甲信、九州、東北、北海道」の順である。マスメディアに登場する大学教授などの専門家も、農産物貿易や日本農政を含め主要国の政策などを知らないで議論している。

同時に、既得権の強い影響のもとにある農政は、目的や理念に反する政策を推進してきた。国民への食料供給が農政の第一の目的であるはずなのに、主食であり食料危機の時には最も頼りにしなければならない米の生産をどんどん減らしている。世界の舞台で最も声高に食糧安全保障を主張する国が、そのために最も重要な穀物生産を減少させてきた。農業の中で生産が伸びている畜産は、輸入穀物に依存しているので、輸入が途絶すると壊滅し、食料危機には役に立たない。農政の本来の目的からは、畜産振興は意味がない。農政は矛盾の固まりとなってしまった。

本稿では、誌面の制約から、食糧安全保障と米問題を中心に議論する。農業や地域についての振興方法などのイッシューについては、東京大学公共政策大学院の講義をわかりやすく解説した『国民のための「食と農」の授業』(日本経済新聞出版、2022年)を参照していただきたい。

1 日本農業の衰退と現状

高関税で外国産農産物から守られているにもかかわらず、農業の衰退に歯止めがかからない。農業界は「TPPに加盟すると農業は壊滅する」と叫んだが、その前に農業界のあなた方によって農業は衰退させられてきたのだ。

日本農業にはかつて不変の3大基本数字といわれるものがあった。農地面積600ha、農業就業人口1,400万人、農家戸数550万戸だ。明治初期の1875年から1960年までじつに85年間、この3つの数値に大きな変化はなかった。

皮肉にも、農業基本法が作られた1961年以降、農業の衰退が始まった。1960年から最近年までの約50年の推移を見ると、GDPに占める農業生産は9%から1%へ、食料自給率は79%から37%へ、農地面積は609ha1961年)から437ha2020年)へ、減少している。1955年に比べ、農家戸数は604万戸から175万戸へ、農業従事者数は1,932万人から249万人へ、減少している。戸数よりも従事者数の減少が激しい。高齢化も進行し、農業者のうち70歳以上が42%を占めている。

米については、機械化が進んだため、農作業に必要な時間が大幅に縮小し、平均的な規模の水田では週末の作業だけで十分となった。一日の労働時間を8時間として計算すると、1haの規模の農家の場合、1951年には年間251日働いていたのに、2020年には29日しか働いていない。兼業農家にとって、まとまった休みが取れるのは5月のゴールデンウィークの期間なので、田植えが6月から5月になった。このため麦を収穫してから田植えを行うことはできなくなり、裏作の麦は消えた。

14万の農業集落のうち農家が70%以上を占める集落は、1970年の9万から2015年には9,00010分の1に減少した。その一方で、農家が10%未満の農業集落は、5,000から41,0008.2倍にも増加している。全体の農業集落の中で農家が10%未満の集落の割合は30%30%未満まで含めると、割合は58%となる。役所や工場などに勤めるサラリーマンが多くなり、農業集落で農家は少数派となっている。このため、水路の泥上げなど、これまで集落全員で行ってきた作業が困難となっている。

2 食料自給率と食料安全保障

国民のほとんどが、食料自給率が低いことを問題だと考えている。しかし、食料自給率とは、国内生産を輸入も含めた消費量で割ったものだから、飽食と言われる今の消費を前提とすると、自給率は低くなる。今の生産でも過去の食生活を前提とすると自給率は上がる。飢餓が発生した終戦直後の自給率は、輸入がなく国内生産が消費量に等しいので、100%である。同様に、輸入が途絶する食料危機の時には、努力しなくても食料自給率は100%になる。政策指標として、食料自給率には問題が多い。

2000年以来、政府は45%への引上げ目標を掲げているのに、逆に37%へ下がっている。1961年からの自給率低下の責任は当の農政にある。米価を大幅に上げて国産の米の需要を減少させ、麦価を据え置いて輸入麦主体の麦の需要を拡大させた。この外国品愛用政策の結果、自給率は低下した。今では米を500万トン減産して麦を800万トン輸入している。

1 米生産量推移(1961年=100
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1が示すように、世界の米生産が1961年以降3.5倍に増加する中で、日本は生産を大幅に減少させている。食糧増産を目的として終戦時の900万トンから20年で1,445万トン(1967年)まで拡大した米生産は、逆に50年間で半減され、700万トンを切ってしまった。

これは、米価を維持するために、国内需要の減少に応じて生産を減少させてきた(減反)からである。戦前農林省の減反案を潰したのは陸軍省だった。戦争をするのに必要な兵站が確保できないからだ。減反を止めて国内消費以上に生産をして輸出すれば、自給率は上がるのに、JA農協の強い要求があって減反は廃止できない。これに対して、1961年に比べ中国の生産は、米4倍、大豆3倍、小麦9倍、トウモロコシ14倍に増加している。日本の農政は異常である。

日本で起きる食料危機とは何か?穀物の国際価格が上昇すると、必ず食料不安が指摘される。しかし、2008年穀物価格が3倍程度上昇した際、途上国では食料危機が起きたが、日本で食料を買えないと感じた人はいなかった。このとき、食料品の消費者物価指数は2.6%しか上がっていない。日本の消費者が輸入農水産物に払っているお金は、飲食料品支出額の2%に過ぎず、87%が加工・流通・外食への支出だからである。

日本で食料危機が起きるのは、物流が途絶えて食料が手に入らないという事態である。ロシアに包囲され孤立したマリウポリでは、食料や薬などの輸送がロシア軍に阻まれ、飢餓が発生した。日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーンが破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に寄港しようとしても近づけない台湾有事のようなときは、小麦も牛肉も家畜のエサのトウモロコシも輸入できない。

生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる米とイモ主体の食生活を送るしかない。終戦時、米の11日当たりの配給は23勺だった。12,500万人に23勺(15歳未満を半分と仮定)の米を配給するためには、1,4001,500万トンの供給が必要となる。今の生産700万トンでは半分以上が餓死する。食料安全保障を目的に謳った農政が行ってきた減反政策で、日本の食料安全保障は危機的な状況となっているのである。

3 減反

所得は、価格に生産量をかけた売上額からコストを引いたものである。我が国農政は、農家所得を向上させるために価格を上げた。

農業基本法は規模拡大を通じたコストダウンを提案したが、実際の農政は、JA農協の政治運動に押され、米価(食糧管理制度の下での政府買入れ価格)を上げた。政治的にアピールしやすいからだった。これにより過剰が生じ、1970年から減反が導入された。

食糧管理制度の時代、JA農協は全量政府買い入れを主張し、減反に反対した。農政の現場でも、市町村の職員が夜の集落の集会に出かけて行って減反への協力を農家に説得する傍らで、JA農協職員は減反反対を唱えていた。しかし、1995年に食糧管理法が廃止され、減反が唯一の米価維持政策になってから、JA農協は最も熱心な減反維持勢力となっている。

減反は米価維持の「カルテル」といってよい。カルテル参加者に高い価格を実現させておいて、その価格で制限なく生産するアウトサイダーの生産者が得をする。拘束力のあるカルテルが成立するためには、アウトサイダーが出ないよう、アメかムチが必要となる。現在、年間約3,500億円、累計総額9兆円の補助金が、他産業なら独禁法違反となるカルテルに、農家を参加させるためのアメとして、税金から支払われてきた。通常の政策なら財政負担すれば国民は安く財やサービスの提供を受ける。減反は、財政負担をして消費者負担を高める異常な政策である。

食料安全保障に不可欠な水田は、減反前の350haから240haへ減少した。減反面積は今では100haと水田全体の4割超に達している。50年以上もこれだけの規模で減反している国は、世界で日本以外にはない。

穀物生産は作付け面積に単収を乗じたものである。作付け面積があまり増加しない中で、世界の穀物生産を増加させたのは、単収の増加である。しかし、総消費量が一定の下で単収が増えれば、米生産に必要な水田面積は縮小し、減反面積をさらに拡大せざるをえなくなる。そうなると減反補助金が増えてしまう。このため、単収向上のための品種改良は、国や都道府県の試験場における農業技術者の間ではタブーとなってしまった。

今では、飛行機で種をまいているカリフォルニアの米単収が、一本ずつ田植えをしている日本米の1.6倍になっている。60年前には日本の半分だった中国にも、抜かれた。

2 日中米の米単収推移(精米換算)

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出所:FAOSTATUSDA “Quick Stats”、農林水産省「作況調査」を基に筆者作成

3 営農類型別年間所得と内訳(2018

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出所:農林水産省「農業経営統計調査営農類型別経営統計」により筆者作成

高米価で、コストの高い零細な兼業農家も農業を続け、農地を手放さなかったため、農地は農業だけで生活していこうとする主業農家に集積されず、規模拡大による米農業の構造改革は失敗した。図3が示す通り、米だけが、サラリーマンや年金生活者主体の農業となってしまった。今でも農政は表面的には担い手への農地集積などを掲げるが、実際に行ってきたのは、零細兼業農家重視政策だった。米価が高いという根本的な原因を解決しない限り、農地は集積しない。

4 我が国農政の特徴

OECD(経済協力開発機構)が開発したPSE(生産者支持推定量)という農業保護の指標は、財政負担によって農家の所得を維持している「納税者負担」の部分と、国内価格と国際価格との差(内外価格差)に生産量をかけた「消費者負担」の部分消費者が安い国際価格ではなく高い国内価格を農家に払うことで農家を保護している額の合計である。

農家受取額に占める農業保護PSEの割合(%PSEという)は、2020年時点でアメリカ11.0%、EU19.3%に対し、日本は40.9%と高くなっている。しかも、各国のPSEのうち消費者負担の部分の割合は、198688年の数値、アメリカ37%EU86%、日本90%に比べ、2020年ではアメリカ6%EU16%、日本76%となっている。日本の農業保護は高いだけでなく、保護の方法も欧米は価格支持から直接支払いへ大きく移行しているのに対し、依然価格支持中心である。国内価格が国際価格を大きく上回るため、高関税が必要となる。

5 人口減少と食料危機への対処

人口が高齢化し減少すると、農産物に対する需要は減少する。これに合わせて生産すると農業を縮小するしかない。また、輸入が途絶するという緊急時には、国内で生産したものを食べるしかない。しかし、食料自給率が示すように、国内農業は国民に必要なカロリーの37%しか供給できない。

処方箋はある。これまでの米政策は日本の国内市場しか見ていなかった。世界の人口は増加し、1人当たりの所得も増加する。しかも、中国でジャポニカ米への需要が急速に拡大しているように、日本米への需要は増える。

米を輸出すれば、減産しなくて済むだけではない。危機の時は輸出していた米を食べればよい。輸出は財政負担のかからない無償の備蓄の役割を果たす。問題は、輸出できるほどの価格競争力を日本米が持てるかどうかである。なお、政府は農産物輸出に努めているが、輸入穀物で肥育されている牛肉を輸出しても、食料危機には何の役にも立たない。食料安全保障からは、米の輸出が重要なのである。

次は、ミニマム・アクセスで輸入されているアメリカ産米の状況である。近年、米の内外価格差は大きく縮小し、品質格差を考慮すると、ほとんどないと言ってよいくらいである。このため、以前は100%消化されていたミニマム・アクセスの輸入枠(主食用10万トン)が余るようになった。

国際競争力を意識して、アメリカもEUも減反を廃止した。減反を廃止すれば、米価はさらに下がる。兼業農家が農地を出すようになるだけでなく、主業農家に限って直接支払いをすれば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集積し、コストは下がる。

コストは面積当たりのコストを単収で割ったものだから、減反を廃止して単収をカリフォルニア米並みにすれば、コストは1.6分の1、4割低下する。規模拡大と併せてコストは半分以上低下する。品質について国際的にも高い評価を受けている日本米が、減反廃止と直接支払いによる生産性向上で価格競争力を持つようになると、世界市場を開拓できる。

主業農家に限定して直接支払いをすれば、財政負担は1,500億円程度で済む。今の減反補助金3,500億円から財政負担は大幅に減少する。

4 PSE(農業保護)に占める価格支持の割合

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出所:OECD "Producer and Consumer Support Estimates database" により筆者作成

5 MA米落札割合と日米コメ価格比率の推移

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出所:日本産は農林水産省「米の相対取引価格・数量、契約・販売状況、民間在庫の推移等」、アメリカ産は農林水産省「輸入米に係るSBSの結果概要」を基に筆者作成

数量的には米生産は現在の700万トンから1,600万トンへ拡大し、輸出は量で900万トンとなることが予想される。これは危機時の備蓄となる。この時、米の自給率は200%を超える。総合的な食料自給率は63%程度となり、食料自給率向上目標である45%は簡単に達成できる。

6 構造改革による明るい農村

6 規模別生産費・所得(2018

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6が示す通り、都府県の平均的な農家である1ha未満の農家が農業から得ている所得は、トントンかマイナスである。こうした農家のゼロの米作所得に、いくら戸数をかけようが、ゼロはゼロだ。しかし、20haの農地がある集落なら、1人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと、1,500万円の所得を稼いでくれる。これをみんなで分け合った方が、集落全体のためになる。

大家への家賃が、ビルの補修や修繕の対価であるのと同様、農地に払われる地代は、地主が農地や水路等の維持管理を行うことへの対価である。地代を受けた人は、その対価として、農業のインフラ整備にあたる農地や水路の維持管理の作業を行う。地主には地主の役割がある。

健全な店子(担い手農家)がいるから、家賃でビルの大家(地主)も補修や修繕ができる。このような関係を築かなければ、農村集落は衰退するしかない。農村振興のためにも、農業の構造改革が必要なのだ。

7 食料有事法制の検討

危機が発生した時は既にある生産物でしのぐしかない。さらに危機が長引くと、翌年どれだけ生産できるかを考えなければならない。シーレーンが破壊される時は、石油も輸入できない。石油がなければ、肥料、農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、単収は大幅に低下する。戦前は、化学肥料はある程度普及していたが、農薬や農業機械はなかった。シーレーンが破壊されると、終戦直後の農業の状態に戻る。

現在の生産者は、石油なしの農業についての経験も技術もない。現在の形態の農業を保護するだけでは、食料危機時の生産に役に立たない。肥料、農薬、農業機械を労働で代替するしかない。終戦時には1,600万人以上の農業者がいた。国民皆農の検討も必要だ。

終戦時、人口は7,200万人、農地は600haあっても、飢餓が生じた。人口が12,500万人に増加しているので、当時の600haに相当する農地面積は、1,040haとなる。しかし、農地は宅地への転用や減反などで440haしか残っていない。

終戦時、国民は小学校の運動場をイモ畑にして飢えをしのいだ。しかし、現在の都市の小学校の運動場はアスファルトで覆われ、土壌の生物等もいない死んだ土地となっており、イモも植えられない状態である。他方で、高度経済成長期以来、日本は森林を切り開いて多くのゴルフ場を建設してきた。食料危機の際には、これを農地に転換するのである。ゴルフ場、公園や小学校の運動場など、どこからどれだけ農地に転換していくのか、どのようにして土地の所有者や利用者の承諾を得るのかなど、真剣に検討しておくべきである。

ただし、以上は国土が戦場とならないという前提の議論である。ウクライナのように農業生産自体に支障が生じる場合には、平時においてより多くの生産・輸出(備蓄)を行っていなければならない。

流通面では、国民に乏しい食料を均等に配分するために、戦中戦後におけるような配給制度を復活させなければならない。そのためには、配給通帳を印刷して、危機時に国民が直ちに使用できるように、今のうちから配布しておかなければならない。これまで農政は食料安全保障という概念を農業保護の方便として利用してきただけで、食料有事に備えた現実的・具体的な対策はほとんど検討していない。

8 自治体農政の対応

減反は継続しているが、農林水産省から都道府県、市町村、生産者までの生産目標数量は提示しないこととなった。減反に参加するかどうかは、補助金のインセンティブがあるだけで、自由である。かつてのようなペナルティはない。農家に対するJA農協の支配力も低下している。かつて高知県知事が減反不参加を表明したこともあった。減反政策の国民経済からの目的を聞かれても、答えられる役人はいないのではないか。

終戦時、生産県の知事は消費県への米の移出に反対した。自分たちの命は自分たちで守るしかない。自治体として、危機時においても住民に食料を供給する責務がある。それならば、自治体の食料安全保障のため、制限なく米を生産し輸出する途もあることを生産者に示唆することも、検討してよいのではないだろうか。