メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.08.02

米・麦の生産を減らす日本

日本経済新聞夕刊【十字路】2022年7月26日

農業・ゲノム

ロシアのウクライナ侵攻により食料安全保障への関心が高まっている。近く新書を出版するほか私に取材の申し込みが増えた。しかし、記者の人たちと話しているうち世代格差を感じるようになった。1955年生まれの私は、終戦時20歳前後だった両親から米麦の配給制や食料が手に入らなかった経験をたびたび聞かされた。私の世代でも身分証明書の代わりに米の配給通帳を持って上京した人もいる。ところが、今の中年以下の世代は耳学問さえない。幸か不幸か、日本は80年近くも飢餓を経験していないのだ。

この間消費面では、配給を担った食糧管理制度の下で同じく主要食糧とされた米と麦の立場が入れ替わった。所得倍増論で有名な池田勇人は50年「所得の少ない方は麦、所得の多い方はコメを食うというような経済原則に沿ったほうへ持っていきたい」と答弁し、「貧乏人は麦を食え」だと非難された。米は高級財で麦は劣等財だった。ところが、所得が増加するにつれ、逆に米の消費が減少し、麦の消費が増加した。2021年の家計支出で、米17千円に対し、麦製品のパンは25千円、麺類も16千円である。今ではおにぎりよりパンの方に高級感がある。

米の消費が減少するなかで、農家保護を名目として米価を維持しようとすると減反補助金で生産を大幅に減少させるしかない。農林水産省が提示した今年産米の生産上限目標675万トンは19671445万トンの半分以下だ。兼業化でまとまった休みが取れる5月上旬が田植え時期になったため、6月に収穫する麦の裏作ができなくなった。60年に比べ麦の生産は3分の1に減少している。生産面では、米も麦も立場は同じである。日本は食料安全保障上重要な穀物の生産を減少させている稀有(けう)な国である。