メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.07.28

自著を語る『国民のための「食と農」の授業』

月刊誌「改革者」(20227月号)掲載

農業・ゲノム

明治の初めから1960年まで、日本農業には三大不変の数字と言われるものがありました。農業従事者数1400万人、農家戸数550万戸、農地面積600万haです。しかし、その後、農業従事者数は249万人*へ、農家戸数は103万戸へ、農地面積は435万haへ、GDP(国内総生産)に占める農業の割合は9%から1%へ、食料自給率は79%から37%へ、著しく減少しています。

標準的な米農家の場合、1951年には年間251日働いていたのに、今では30日も働いていません。地方に工場が立地し、多くの農家はサラリーマンとなりました。農家比率が3割以下の集落は全体の6割を占め、農家は農村で少数派になりました。農家は豊かになり、大規模畜産農家の所得は4千万円を超えます。

東大・公共政策大学院の講義を基にしたこの本では、正しいファクツを踏まえ、食料や農業の重要課題について採るべき政策を議論します。日本農業の実際を始めとして、世界の食料・農業情勢と政策、食料安全保障の要素、食の安全、食品産業や食料消費の動向、食料・農業の国際規律、日本の農政の歴史・課題・改革方向など、国民に知ってもらいたいことを説明しました。

しかし、依然として、我々が農業、農家、農村に対して持っている旧いイメージを利用して、政策が作られます。農村から貧困はなくなったのに、農家所得の向上が農政の目的とされます。

農政は多面的機能や食料安全保障という目的を掲げてきました。水田を水田として利用するからこそ、水資源の涵養や洪水防止などの多面的機能を発揮し、危機時にも十分な米を供給できます。しかし、米の生産調整(減反)政策は、水田を水田として利用しないことに補助金を与えるものです。1961年以降、中国の生産は、米4倍、小麦9倍に増加し、世界全体でも米麦の生産は3.5倍程度増えているのに、日本は米生産が4割減少するなど、穀物生産は全て減少しています。日本は穀物生産を減らすことに財政資金を投下している稀有な国です。食料自給率の低下は、その結果です。本書では、どうして誤った政策が実施されるのか、政策形成に関係するアクターや政策決定過程についても、説明します。

ロシアのウクライナ侵攻は、食料安全保障の重要性を提起しました。しかし、餓死者が生じた終戦時の配給を維持するだけで米は1400万トン以上必要なのに、農林水産省は今年産の米の生産上限を675万トンと指示し、JA農協はさらに減少するよう運動しています。シーレーンが破壊され、食料の輸入が途絶すると、国民の半数以上が餓死します。

終戦直後人口72百万人、米生産900万トン、農地面積600万ヘクタールでも、飢餓が生じました。今は、人口は125百万人なのに、当時をはるかに下回る米や農地しかありません。ロシア軍に包囲され食料が手に入らなくなっているウクライナの都市の現状は、他人事ではありません。

危機への対応策はあります。国民が、農協、農林族議員、農林水産省の農政トライアングルから食料・農業政策を取り戻すために、この本がお役に立つことを期待します。


*(出典)農業構造動態調査 2019年の販売農家戸数、農業従事者の値