メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.06.06

食料安全保障の危機

減反廃止しコメ増産を―平時は輸出

「金融財政ビジネス」 (2022年5月16日号掲載)

農業・ゲノム

世界の穀物価格が高騰しても日本で食料危機は起きない。しかし、シーレーン(海上交通路)が破壊され輸入が途絶すると深刻な危機が生じる。この時、コメは1400万㌧以上必要となるのに、農林水産省とJA農協による減反政策で今年の生産量は675万㌧しかない。また、1000万㌶の農地が必要なのに440万㌶しかない。減反を廃止して輸出し、危機時には輸出していたものを食べるのだ。また、ゴルフ場の農地転換などの有事法制を検討するべきだ。


日本で起こらない危機

ロシアのウクライナ侵攻により、合わせると世界の小麦輸出の3割を占めているロシアとウクライナの輸出が減少している。また、トウモロコシからガソリンの代替品であるエタノールがつくられるので、原油・ガソリンの価格上昇はトウモロコシの価格に影響する。こうして小麦やトウモロコシなどの国際価格が上がっている。このため、食料危機が起きるのではないかと心配する声がある。

食料危機には幾つかの場合がある。

一つは、価格が上がって買えなくなるケースである。食料に対して経済的にアクセスできなくなる場合だ。途上国では所得のほとんどを食料品の購入に充てている。所得の半分をコメやパンに充てていると、この価格が3倍になると、食料を買えなくなる。2008年にはフィリピンなどでこのような事態になったし、最近の小麦価格の高騰でスーダンなどでは暴動が起きている。

経済的なアクセスが問題となる場合に、短期的なものと長期的なものがある。短期的なものとしては、何らかの突発的な理由で需給のバランスが崩れ、価格が急騰するという場合である。最近の世界的な食料危機としては、1973年、2008年、そして今回の穀物価格高騰が挙げられる。これも、世界の穀物生産の減少や旧ソ連の大量穀物買い付け、米国の政策変更によるエタノール生産の増加、ロシアのウクライナ侵攻という一時的な事由によるものである。

長期的なものとしては、人口や所得の増加によって50年にかけて世界の食料生産を6割増やさなければならないなどといわれている。これができなければ、一時的に価格が上昇するのではなく、恒常的に価格が高水準となる食料危機が起きる。暗にそう主張しているのである。

しかし、この可能性は少ない。

50年に突然人口が爆発するのではない。人口が増えて食料危機が起きるのであれば、今から穀物価格が上昇しているはずだ。ところが、穀物の実質価格は、過去1世紀半ずっと低下傾向だ。食料危機が騒がれた08年でも、70年代の価格水準を下回っている。理由は簡単である。生産の増加が人口増を大きく上回ったからだ。1961年から2020年まで、人口は2.5倍なのに小麦とコメは3.4 3.5倍に増加している。農業生産は、農地面積に面積当たりの収量(単収)を乗じたものである。世界の農地面積もブラジル等で10%増加する余地があるし、ゲノム編集などで単収も増加する。

いずれのケースでも、経済的なアクセスが困難となって危機が起きることは、日本では考えられない。2008年途上国では食料危機が起きたが、日本で食料を買えないと感じた人はいなかったはずだ。このとき、食料品の消費者物価指数は2.6%しか上がっていない。日本の消費者が輸入農水産物に払っているお金は、飲食料品支出額の2%にすぎない。87%が加工・流通・外食への支出である。今の経済力が大きく低下しない限り、日本が穀物を買えなくなることはない。

日本で起き得る危機

日本に関係するのは、物流が途絶えて食料が手に入らないという、物理的なアクセスに支障が生じるケースである。ウクライナのマリウポリでは、食料、薬などの輸送がロシア軍に阻まれ、飢餓が発生している。

日本は食料供給の多くを海外に依存している。日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーンが破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に寄港しようとしても近づけなくなれば、重大かつ深刻な食料危機が起きる。具体的には台湾有事だ。

実は、これと似たような事態を日本人は経験している。終戦直後の食料難である。この時、供給面では、コメは大凶作だといわれた。農林省(現農林水産省)の東京の深川倉庫には、都民の3日分のコメしかなかった。輸入はゼロである。戦前は、朝鮮や台湾という植民地からのコメの輸入があったが、それもなくなった。巷間では7千万人の人口のうち1千万人が餓死するといわれた。コメ、麦、イモなど多くの食料は政府の管理下に置かれ、国民は配給通帳と引き換えに指定された小売業者から食料を買った。配給制度である。

最低限必要な食料

輸入途絶という危機が起きたときに、どれだけの食料が必要なのだろうか?

この場合は、小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入穀物に依存する畜産はほぼ壊滅する。豊かな食生活は、諦めるしかない。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかない。

当時のコメの11日当たりの配給は標準的な人で23勺(一時は21勺に減量)だった。年間では125㌔㌘である。実際に今は1日にこれだけのコメを食べる人はいない。2020年の11年当たりのコメ消費量は50.7㌔㌘である。それでも戦後の国民は飢えていた。コメしか食べられない生活とは、そういうものだ。肉、牛乳、卵など、副食からカロリーを摂取することができないからだ。

現在、12500万人に23勺(15歳未満を半分と仮定)のコメを配給するためには、1400万〜1500万㌧の供給が必要となる。しかし、農水省とJA農協は、自分たちの組織の利益のために、減反で毎年コメの生産を減少させ、22年産の主食用米はピーク時(19671426万㌧)の半分以下の675万㌧以下に供給を抑えようとしている。もし今、輸入途絶という危機が起きると、エサ米や政府備蓄米を含めて必要量の半分をわずかに上回る800万㌧程度のコメしか食べられない。

〈図表1〉米生産量の推移(単位:千トン) fig01_yamashita.png

(出所)農林水産省百年史および農林水産省「食料需給表」より筆者作成

現在政府は配給通帳を用意していない。配給制度がなかったら、価格は高騰する。その価格で購入できる資力のある人たちだけが、十分なコメを買うだろう。この場合、半分以上の国民がコメを買えなくなり、餓死する。その前に、米倉庫に群衆が押し寄せ、コメは強奪されるだろう。米騒動の再来である。しかし、手に入れられなかった国民は餓死するだろうし、運良く入手した人も、いずれ食べるコメに事欠くようになるだろう。

これが、食料自給率向上や食料安全保障を叫ぶ農水省とJAという組織が行っている、減反、米減らし政策がもたらす悲惨な結末である。

危機による被害の程度

シーレーンが破壊され、食料輸入が途絶される事態が、どのタイミングで起きるか、どれだけの規模で輸入できなくなるのか、どれだけの期間継続するのかによって、危機の被害は異なる。

タイミングとは、コメも麦も年一作であり、すぐには作れないということである。最悪のタイミングは、田植えが終了した6月に危機が起きることだ。当年産のコメの生産は増やせない。種もみを工面して翌年産のコメを増産しようとしても、収穫は翌年の9月まで待たなければならない。16カ月間を必要量の半分のコメでしのがなければならないのだ。

次に、シーレーン破壊の規模である。例えば、台湾海峡周辺の紛争に限定されるのか、日本周辺まで巻き込んだ戦争が起きるのかである。また、どの程度の期間継続するかである。これらに応じて、危機の程度が異なる。しかし、危機への対応は最悪の事態を想定するしかない。

危機が長引けば、翌年どれだけ生産できるかを考えなければならない。シーレーンが破壊される時は、石油も輸入できない。石油がなければ、肥料、農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、面積当たりの収穫量(単収)は大幅に低下する。戦前は、化学肥料はある程度普及していたが、農薬や農業機械はなかった。シーレーンが破壊されると、終戦直後の農業の状態に戻ると考えてよい。

この時、人口は7200万人、農地は600万㌶あっても、飢餓が生じた。仮に、この時と同じ生産方法を用いた場合、人口が12500万人に増加しているので、当時の600万㌶に相当する農地面積は、1040万㌶となる。しかし、農地は宅地への転用や減反などで440万㌶しか残っていない。

毎年、農地は減少している。農地の宅地転用によって得た膨大な土地の売却利益は、JAバンクに預金され、JA農協は、これを米国の金融市場で運用して、大きな利益を上げてきた。

農水省は、今の農地にイモを植えれば必要なカロリーは賄えると言うが、それは石油も肥料、農薬、機械も、現在のように使えるという前提に立った試算である。危機時には、これらやその原料は輸入できない。平和ボケの試算である。農地面積の現状では、現在のコメの生産量約700万㌧さえ生産・確保できないという事態に陥る。

危機への対応〜平時の国内生産の拡大と輸出

農林水産省やJA農協は、米価を維持するために毎年10万㌧ずつコメ生産を減少させてきた。客観的に自分たちの行っていることを見ると、米農業を抹殺しようとしていることは分かるはずだ(図表1)。

彼らから米農業を救う処方箋はある。コメを輸出すれば、減産しなくて済むだけではない。危機のときは輸出していたコメを食べればよい。問題は、輸出できるほどの価格競争力を日本米が持てるかどうかである。

近年、米の内外価格差は大きく縮小している。このため、以前は100%消化されていたウルグアイ・ラウンド交渉で設定された輸入枠(主食用10万㌧)が大量に余るようになった(図表2)。

〈図表2MA米落札割合と日米コメ価格比率の推移fig02_yamashita.png(出所)日本産は農林水産省「米の相対取引価格・数量、契約・販売状況、民間在庫の推移等」、アメリカ産は農林水産省「輸入米に係るSBSの結果概要」を基に筆者作成

国産米価は、供給量を減少するという減反政策で維持されている価格である。減反を廃止すれば、価格は下がる。さらに、価格低下で影響を受ける主業農家に限って直接支払いをすれば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集積し、コストは下がる。品質について国際的にも高い評価を受けている日本米が、減反廃止と直接支払いによる生産性向上で価格競争力を持つようになると、世界市場を開拓できる。直接支払いによる財政負担は1500億円程度で済む。現在の減反補助金3500億円から財政負担は大幅に減少する。

また、減反で抑えられてきた単収も上がる。これまで、単収向上のための品種改良は、国や都道府県の公的な研究機関では、タブーとなってきた。

〈図表3〉日中米のコメ単収推移(精米換算)

fig03_yamashita.png(出所)FAOSTATUSDA Quick Stats”、農林水産省「作況調査」を基に筆者作成

今では、飛行機で種をまいている粗放的なカリフォルニアの米単収が、1本ずつ田植えをしている日本米の1.6倍になっている。50年前には日本の半分だった中国にも、日本米は抜かれてしまった(図表3)。減反を廃止して、単収をカリフォルニア米並みにすれば、コストは1.6分の1に、価格は4割低下する。既に、カリフォルニア米の単収を上回る品種が民間で開発され、一部の主業農家によって栽培されている。しかし、農家に苗を供給するJAは、生産増加による米価低下を恐れて、この品種を採用しようとはしない。

採用すれば、おおよそ数量的には米生産は現在の700万㌧から1600万㌧へ拡大し、輸出は量で900万㌧になることが予想される。これは危機が起こったときの備蓄となる。この時、コメの自給率は230%になる。総合的な食料自給率は37%から64%に上昇し、食料自給率の目標である45%は簡単に達成できる。

平時にはコメを輸出し、小麦や牛肉を輸入する。食料危機によって輸入が途絶えたときには、輸出していたコメを食べて飢えをしのぐとともに、米輸出によって維持した農地資源を、コメやカロリーの高いイモなどの生産に最大限活用しながら、国民生活に必要な量を確保するのである。平時の米輸出は、危機時のための米備蓄と農業資源の確保の役割を果たす。しかも、倉庫料や金利などの金銭的な負担を必要としない備蓄である。平時の自由貿易が、危機時の食料安全保障の確保につながるのである。

食料有事法制の検討

危機時の食料増産には、今の農業生産とは別の考慮が必要となる。現在の生産者は、石油なしの農業についての経験も技術もない。現在の農業を保護するだけでは、食料危機時の生産に十分には役に立たない。

まず、備蓄されている石油(222月現在、日本の石油備蓄は234日分)を、経済全体でどのように配分するか優先順位をあらかじめ決定しておく必要がある。石油も配給制が必要になる。

輸入途絶時に、国民に食料を供給するために最も必要なのは農地などの農業資源である。終戦時、国民は小学校の運動場をイモ畑にして飢えをしのいだ。しかし、現在の都市の小学校の運動場はアスファルトで覆われ、土壌の生物等もいない死んだ土地となっており、イモも植えられない状態である。他方で、高度経済成長期以来、日本は森林を切り開いて多くのゴルフ場を建設してきた。食料危機の際には、これを農地に転換するのである。

農地を確保するため、ゴルフ場、公園や小学校の運動場などを農地に転換しなければならない。どれだけの農地量を確保する必要があるのか、どこからどれだけ農地に転換していくのか、どのようにして土地の所有者や利用者の承諾を得るのかなど、真剣に検討しておくべきである。

また、機械、化学肥料、農薬が使えない以上、労働でこれらを代替しなければならない。田植え機が使用できないので、手植えになる。経験のない人が作物を栽培することは容易ではない。国民皆農を視野に入れた教育も考えなければならない。

これまで農政は食料安全保障という概念を農業保護の方便として利用してきただけで、食料有事に備えた現実的・具体的な対策はほとんど検討していない。農水省やJA農協に農政を任せてしまった結果、日本の食料安全保障は危機的な状況になっている。台湾有事になると日本は食料から崩壊する。国民は食料政策を自らの手に取り戻すべきだ。