メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.05.27

「子ども4人目以降1000万円」の「異次元子育て支援」試案:ゲゼル通貨という選択肢

Foresigntに掲載(2022年5月19日付)

経済理論

深刻な少子化が継続し、人口減少が加速する日本。テスラCEOのイーロン・マスク氏が「日本はいずれ消滅する」と衝撃的な予言も。少子高齢化のトップランナーである日本の対応が注目される中、「子ども1人当たり1000万円の現金支給」など、大胆な子育て支援を行うべきという声も上がっている。ただ、こうした政策の当否を分けるのは財源の問題だ。


日本はいま様々な問題を抱えているが、最も深刻な問題は人口減少だ。周知のとおり、日本の総人口は今後100年間で急激に減少し、2080年頃には2010年と比較して人口が半減することが見込まれている。しかも、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」(平成29年推計、出生中位・死亡中位)によると、人口減少のスピードは今後勢いを増していく。

現在の人口減少率はまだ僅かだが、2025年は0.50%、40年は0.79%、60年には1%となる。「減少率」で見ると大きな減少に見えないものの、「減少数」で把握すると印象が異なる。

2025年の人口減少数は62万人、40年は88万人、60年は94万人という予測である。62万人という減少数は、現在の東京都江戸川区の人口に近く、94万人という減少数は現在の千葉県千葉市の人口(約96万人)や東京都世田谷区(約90万人)に近い。この規模の人口が、日本から毎年消えて行くのだ。

では、人口減少の主な要因は何か。それは深刻な少子化だが、出生数の低下は一層加速し始めている。コロナ禍にもかかわらず、2021年の出生数は80万人割れを何とか回避できた模様だが、2022年には80万人を割り込む可能性がある。

既述の「日本の将来推計人口」(平成29年推計)では、「出生数80万人割れ」が現実になるのは、2033年だと予測しているが、仮に2022年に出生数が80万人を割り込んだ場合、政府の想定より10年ほど早いペースで人口減少が進んでいるということになる。

この流れを逆転させるためには、子育て支援政策を拡充し、出生数を引き上げるしかない。しかしながら、少子高齢化によって、社会保障費が膨張し、財政赤字が悪化している。政府債務が1200兆円を超え、いわゆる「財政の硬直化」が進行しており、政府が新たな投資をしたくとも、その財源の捻出が難しくなっている。

政府債務が累増するなかで追加的な国債発行にはリスクや限界があるが、もし子育て支援の財源を国債で賄うと、どうなるか。ここでは、一人当たりの政府債務を一つの指標として、少し頭の体操をしてみよう。

出生数増加は財政にも好影響

まず、議論を単純化するため、政府は1200兆円の債務を抱えているが、その金利はゼロで、今後の財政赤字もゼロとする。いまの人口を1.2億人とすると、政府債務は1200兆円なので、一人当たりの債務は1000万円である。

しかし、今後も人口減少が続くとどうなるだろうか。金利はゼロで、今後の財政赤字もゼロのため、たとえば40年後の政府債務も現在と同じ1200兆円である。40年後、2060年頃の日本の人口は約0.8億人と推計されているから、一人当たり債務は1500万円となる。すなわち、金利がゼロで今後の財政赤字がゼロの状況を前提にしても、人口減少 が進む場合、現在よりも40年後の一人当たり債務は増加してしまう。

そこで、出生数を引き上げるために、政府が「異次元の子育て支援政策」を実施することを検討してみよう。具体的には、「出産手当金」(仮称)として、例えば、子ども1人当たり1000万円の現金給付を行うものとする。

この「異次元の子育て支援政策」を実施した結果、2022年以降、出生数が毎年80万人から毎年300万人に増加すると仮定する。この300万人という数字に根拠はないが、出生数が大幅に増えると何が起こるのか、以下で確認してみよう。まず、この政策に必要な年間の予算は30兆円。これを40年間継続する場合、1200兆円の財源が必要になる。

一方、人口は現在の基本予測よりも8800万人超(=(300万人-80万人)×40年)も増える。現下の厳しい財政状況のなか、年間30兆円もの財源を確保することは難しい。しかし、ここでは一旦、政府債務が累増するなかで追加的な国債発行にはリスクや限界があることは承知の上で、財源の全てを国債発行で賄うものと仮定しよう。

結果はどうなるだろうか。40年後の人口は1.68億人(=0.8億人+0.88億人)、政府債務は2400兆円(=1200兆円+1200兆円)となる。このとき、40年後の一人当たり政府債務は1428万円となる。

この40年後の一人当たり債務1428万円は、異次元の子育て支援政策を実施しなかった場合の40年後の一人当たり債務1500万円よりも低い値であり、出生数が大幅に増加すれば「一人当たり債務」が減少するシナリオも存在することを意味する。

「異次元子育て支援」と経済の効率性

これは何を意味するのだろうか。

一般的には馴染みがないかもしれないが、上記の事例は「CRC効率性」(Children-of-Representative-Consumers Efficiency)という概念と関係する。

経済学では、一定の前提条件の下で扱うモデル内の変数が「外生」か「内生」かを区別し、モデル内の体系で決まる変数を「内生変数」、モデル以外の体系で値が決まる変数を「外生変数」という。

通常の経済学のモデルでは、人口の成長率は外生的に決まっており、あとは金利(r)や経済成長率(g)が内生的に決定されると考えるケースが多い。

このようなケースにおいて、経済全体の「動学的な資源配分」(時間的要素を含む)が効率的か否かを示す指標としては「RC効率性」(Representative-Consumers Efficiency)が用いられる。詳しい説明は省くが、金利の方が経済成長率よりも高く、「rg」のとき、経済全体はRC効率的な状態(動学的効率性を満たす状態)にあるという。他方、金利の方が経済成長率よりも低く、「rg」のとき、経済全体はRC非効率的な状態(動学的効率性を満たさない状態)にあるという。

では、「rg」のとき、経済が非効率な状態にあるとはどういう意味であろうか。金利が経済成長率よりも低いということは資本蓄積が過剰である状況を表す。その場合、過剰な資本蓄積の一部を取り崩してその分を現在の消費に充当しても、家計は将来の効用を何ら犠牲にせずに現在の効用を高めることができる。

これは人口成長率が外生のケースでの議論だが、人口成長率が内生のケースでも似た議論が成立し、人口成長率を政策的に操作することで非効率な経済状態を改善することができる場合があり、このイメージが冒頭で説明した事例となる。

一定の条件の下、もし何らかの子育て支援政策により、家計の将来の効用を何ら犠牲にせずに現在の効用を高めることができるなら、その経済はCRC非効率的な状態にあるという。他方、そのようなことができないなら、その経済はCRC効率的な状態にあるという(詳細は、Ishida, Oguro and Takahata(2015)"Child Benefit and Fiscal Burden in the Endogenous Fertility Setting", Economic Modelling, Volume 44, pp.252-265)。


この続きはForesightに会員登録をすることで読むことができます。