メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.05.23

食料安保日本にも危機の足音

日本経済新聞夕刊【十字路】2022年5月18日に掲載

農業・ゲノム

ロシアのウクライナ侵攻は二つの食料危機を起こした。まず、両国の輸出減少で価格が上昇し貧しい途上国の人が食料を買えなくなった。次に、ロシア軍に物資の搬入を阻まれたマリウポリの市民は、食料を入手できなくなった。

前者と同様の危機は2008年にも起こったが、日本で危機を感じた人はいなかったはずだ。しかし、後者は重大だ。台湾有事などで日本周辺の海上交通路(シーレーン)が破壊されると、小麦も牛肉も輸入できない。輸入穀物に依存する畜産も壊滅する。

この時は、米とイモだけの終戦時の生活に戻るしかない。しかし、終戦時の1人当たり米配給量を今の国民に供給するだけで1400万トン以上必要なのに、農水省が示した今年の生産上限値は675万トンである。

これでは半分以上の国民が餓死する。ところが農水省は米価維持のため、農家に補助金を与えて米生産を1967年の1445万トンから年々減らしてきている。

次に、石油の輸入も途絶し、肥料、農薬、機械が使えないと、終戦時の生活を維持するだけでも、その生産に農地は1000万ヘクタール以上要る。しかし、宅地への転用などで440万ヘクタールしか残っていない。

1961年から見ると、世界の米や小麦の生産は3.5倍に増えているのに、日本は45割も減らしている。世界の農地は6%増えているのに、日本は38%減少している。中国は、米4倍、小麦9倍、農地54%の増加である。

これまで国民は、消費者として関税で守られた高い価格を、納税者として多額の農業予算を、それぞれ負担して、農業を保護してきたはずだった。しかし、農水省の施策は、逆に国民への食料供給を大きく損なうものだった。危機が起きてからだまされたと言っても遅すぎる。