メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.05.09

日本の食料安全保障の真相 「台湾有事で日本人の半数は餓死」?

毎日新聞(2022年4月25日)に掲載

農業・ゲノム

◎山下一仁さんに聞く

「食料安全保障」に注目が集まっている。ロシアのウクライナ侵攻で穀物価格が高騰し、新型コロナウイルス禍で食品の物流網が混乱する。食料や農業問題に詳しいキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「もし台湾有事となれば、日本人の半数が餓死する可能性だってある」と指摘。「日本の食料安全保障を危機に陥れているのは農政だ」と訴える。【聞き手・宇田川恵】

――ロシアのウクライナ侵攻は日本の食に影響しますか。

◆ウクライナやロシアは小麦の主要産地であり、輸出がストップすれば世界的に小麦価格が上がり、他の穀物にも影響する。ただ、両地域の小麦の品質は高いとはいえず、価格も安価なので、主に中東や北アフリカ向けに輸出されている。こうした地域の所得の低い人たちは主食の小麦が買えなくなる。すでに一部で混乱が起きているが、飢餓を含め、大変な影響が出るだろう。

しかし、日本への影響は限定的だ。日本が主に輸入しているのは米国やカナダなど政情が安定した先進国で生産された高い品質の小麦だ。価格が上がったとしても23倍も跳ね上がることはまずない。全体の消費に占める小麦の割合もほんの一部で、米などで代替もできる。1970年代の「オイルショック」のような苦境になるかもしれない、と不安をあおる声が出ているが、落ち着いて対応すべきだ。

――世界が食料問題に敏感になり、食料安全保障への関心が高まっています。

◆食料危機はどんな場合に起こるかというと二つある。一つは金がなくて買えない時、もう一つは金があっても物がなくて買えない時だ。ウクライナ産小麦の輸出先の北アフリカなどが混乱しているのは、一つ目のケースに当たる。日本の場合、途上国並みの経済状態に陥らない限り、この心配はほぼない。問題は物がなくなる時だ。

今、中国による台湾侵攻の可能性が指摘されている。もし台湾有事となれば、台湾海峡だけでなく、もっと広範囲に影響が及び、日本のシーレーン(海上交通路)が破壊される可能性がある。輸入は完全にストップし、在庫もなくなり、とんでもない食料危機になるかもしれない。そうなったら国産のものを食べるしかないが、ほぼ100%国産の穀物は米だけだ。

――その際は具体的にどんな状況になってしまうのでしょうか。

1945年の終戦直後を考えればいい。この年の米は大凶作だったうえ、外地から多くの人がどっと帰国して食料需給が逼迫(ひっぱく)した。政府は大人112.3合(約345㌘)の米を配給しようとしたが、遅配も起きた。米だけでカロリーは足りず、すいとんなどの代用食も食べた。

当時の人口約7200万人に対し、今は約12500万人。仮に当時の配給量を当てはめると、今なら年約1400万㌧の米が必要となる。だが農林水産省が発表した2022年産米の生産見通しはわずか675万㌧。国民の半数は餓死する計算だ。

米の生産は60年代後半には年1400万㌧を越えていた。半減したのは減反政策が原因だ。減反は米の生産を抑えて価格を維持する目的で70年から本格的に始まった。18年度で廃止したと公表されたが、それは当時の安倍政権のごまかしだ。廃止したのは生産数量目標だけで、生産を減らせば補助金を出すという減反政策の「本丸」は依然残り、逆に強化されてきた。減反廃止なら米の作付面積は増え、米価は下がるはずだ。

減反は亡国の政策だ。戦前にも植民地産米が増えて、旧農林省が減反を提案したことがある。反対したのは旧陸軍省だった。「主食である米を減産するとは何ごとか」という理由だ。食料安全保障の本質はそういうことだ。

――農林水産省は「食料自給率を向上しないといけない」「食料安全保障が重要だ」と盛んに言っていますが。

◆安全保障の原理原則と、米の減反というのは正反対の政策だ。戦後、日本は平和になったが、あまりに平和ボケしすぎて、牛肉でも豚肉でも欲しい物があれば、米国や豪州、カナダなどから好きなだけ輸入できると思い込んでしまった。いざ食料危機が起きた時はどうするか、という観点の食料、農業政策が消失してしまった。そもそも主食を減らすために多大な税金を投入している国なんて他に聞いたことがない。

農水省は食料自給率が37%(20年度、カロリーベース)と4割を切り、危機的だとアピールしているが、そもそも食料自給率はまやかしの数字だ。食料自給率とは国内で消費される食品のうち、国産の農水産物が占める割合を指す。国内生産量を消費量で割った数値なのだから、分母に当たる国内消費量が増えれば、自給率は下がる。つまり、飽食の限りを尽くし、食べ残しをたくさん出す食生活を送っていれば、自給率は下がる。一方、国民が飢えに苦しんだ終戦直後は輸入が途絶したので、自給率はほぼ100%だった。自給率自体がごまかしであるうえに、農水省は実際には減反など自給率を下げる政策をやってきたのだ。

――日本の食料安全保障のためには何が必要ですか。

◆まずは減反を完全に廃止し、米の生産を増やすことだ。減反を廃止すれば、米の価格は下落し、輸出が行えるようになる。今までは生産を制限するため、面積当たりの収量(単収)を増やす品種改良は禁じられてきた。減反廃止となれば作付面積と単収は増加し、年1500万㌧程度の生産は可能になる。このうち700万㌧を国内で消費し、残る800万㌧は輸出すればいい。有事で輸入が止まったら輸出していた米を食べればよい。輸出は倉庫代もかからない備蓄の役割を果たす。そして、この時点の米の自給率は214%、全体の食料自給率も37%から60%に向上する。

実際、多くの国は輸出している食料を有事には国民のために使う態勢ができている。ウクライナ侵攻を機に、ロシアは小麦などの禁輸措置をとった。小麦の輸出を止めることで国内価格を抑え、国民に食べさせようという狙いがある。

――さらに必要な対策はありますか。

◆農地面積を増やさないといけない。有事などで輸入がストップすれば、石油も入ってこなくなる。そうなれば肥料や農薬は生産できず、田植え機などの農業機械も動かせなくなる。結果的に単収は大幅に落ちるので、現状の2倍以上の農地が必要になる。

終戦直後は約600万㌶あった農地は、大量の宅地転用や耕作放棄が進み、今や440万㌶という窮状だ。終戦直後も農地が足りず、小学校の校庭を畑にしてイモを育てたりしたが、今の小学校はアスファルトが多い。これをはがしても微生物はもういないから、死んだ土地になっている。農地の拡大はかなり難しい問題だ。

国民は早く怒らなければいけない。農政が実際に何をしているか審査すべきだ。関心をもたないかった結果、日本の食料安全保障は危機的状況にある。