メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.03.18

日本の危機的な食料安全保障

週刊「世界と日本」第2216号(2022年3月1日)に掲載

農業・ゲノム

穀物の国際価格が上昇してパンや即席めんなどが値上げされた。食料自給率も低下して、マスメディアは食料不安を報じている。しかし、これは自己の利益のために農業保護の増加を狙う農水省などの思うつぼである。実際には、農政のせいで我が国の食料安全保障は危機な状況だ。

穀物価格は長期低下傾向

最も重要な食料品は、エネルギーを供給する穀物(米、小麦、トウモロコシ等)と大豆である。人口が増えて食料危機が起きるなら、既にこれらの価格は上昇しているはずだ。ところが、生産増加により、穀物の実質価格は、過去1世紀半ずっと低下基調だ。穀物価格が3倍に上昇した2008年でも、70年代の価格水準を下回っている。経済力が大きく低下しない限り、日本が食料品を買えなくなることはない。

虚飾にまみれた食料自給率

食料自給率は、国内生産を輸入品も含めた消費で割ったものである。同じ生産量でも、自給率は、飽食の限りを尽くしている現在の食料消費を前提とすると下がり、30年前の消費なら上がる。輸入がない終戦後の自給率は、餓死者が出ているのに100%である。

食料自給率は農水省の最高傑作だ。60%以上も食料を海外に依存していると聞くと、国民は農業保護を増やすべきだと思ってくれる。政府は20年以上も45%に引き上げることを目標としている。ところが低下一方なのに、農水省は恥じる様子はない。自給率が上がれば、農業保護の根拠が弱くなって困るのだ。

農水省が低下させた食料自給率

1960年の79%から今の37%までの自給率低下の要因を、農水省や農業経済学者は、パンや肉などの消費が増える食生活の洋風化だと言う。このため畜産振興策が採られ、今では養豚農家の所得は2千万円となるなど、畜産は大きく発展した。しかし、欧米のように、自国で穀物や草を育ててエサにするのではなく、エサはほとんど輸入に依存した。これでは自給率は上がらないし、輸入が途絶すると日本の畜産は壊滅する。

亡国農政

農業界は、農家所得向上という名目で米価を上げた。これで米の生産は増えて消費が減ったので、1970年から減反政策を実施している。“洋風化”で消費が減少したので、米価維持のため生産を減少させ続けた。19671426万トンの米生産量に対し、農水省が今年提示した生産量は半分以下の675万トンである。

農家保護なら、欧米のような財政からの直接支払いという方法がある。農家への3500憶円ほどの減反補助金で高い米価を維持している政策に代わり、農業で生計を立てている主業農家に直接支払いを限定すれば、財政負担は1500憶円ですみ、消費者も米価低下の利益を得る。

しかし、JA農協にとっては高米価の方が望ましい。高米価で滞留したコストの高い兼業農家の兼業所得も、農業に関心のない兼業農家が農地を宅地向けに転用・販売して得た巨額の富も、JAバンクの口座に入った。JAバンクは預金量100兆円を超える日本有数のメガバンクに成長した。米が過剰になり1970年に減反を開始して以降も、JA農協は農林族議員や農水省に圧力をかけて米価を上げ続けた。

かつては6月に麦を収穫して田植えをしていた。しかし、兼業農家がまとめて休みが取れるゴールデンウィークに田植えをするようになって、日本の農村風景から麦秋は消えた。JAバンクという金融事業が利益の大半を占めるJAにとって、米と麦の二毛作よりも米と兼業の方が利益になった。農政は麦には関心を持たなくなり、小麦の生産は1960383万トンから100万トン程度に減少した。

米の需要が減少し、パンなど麦(小麦、大麦など)の需要が増加することは予想されていたので、米価を下げて、米の生産を抑制しつつ需要を拡大し、麦価を上げて、麦の生産を増加させつつ需要を抑制するという政策を、採るべきだった。ところが、1960年から米価は4倍になっているのに、麦価はほぼ据え置きである。国産の米をいじめて、輸入主体の麦を優遇したのだ。今では500万トンの米を減産し、800万トンの麦を輸入している。食料自給率低下は農政の責任だ。

日本の食料危機

物流が途絶して輸入食料が手に入らなければ、深刻な食料危機が起きる。最も重大なケースは、軍事的な紛争でシーレーンが破壊され、海外からの船が日本に近づけないという事態である。台湾有事を想定してもらいたい。

これに対処するためには、短期的には食料備蓄、中長期的には食料増産が必要となる。減反を廃止して生産を増やし米価を下げれば、1年分の消費量以上の米を輸出できる。小麦や牛肉が輸入できなくなったときは、輸出していた米を食べるのである。輸出は無償の食料備蓄となる。輸出とは国内消費より生産していることだから、米の自給率は100%を超える。

食料増産に必要な農地は、1961年に609ha、その後公共事業などで160ha新たに造成しているので、770haほどあるはずなのに、440haしかない。農水省の減反政策と不徹底な土地規制で、日本国民は、330haもの農地を転用と耕作放棄で喪失した。今の価格でこの半分の160haを転用したとすれば、農家は250兆円程度の転用利益を得たことになる。

米価を維持するために、JAは農水省が提示した以上に米の減産・減反を進めようとしている。農林族議員は、選挙で落選すると失業するので、JAの言いなりだ。農水省も予算や組織の維持のために農林族議員の力に頼る。国民が農政に関心を持たなくなっているのをよいことに、かれらは農業を犠牲にして日本の食料安全保障に壊滅的な打撃を与えてきた。

台湾有事になると、日本は食料から崩壊する。半導体を入手できないという経済安全保障以前の問題だ。餓死者が出てから農水省などを批判しても手遅れである。国民は食料・農業政策を彼らから取り戻すべきだ。