メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.03.10

ウクライナ危機と日本の食料安全保障

NHKラジオ第1 三宅民夫のマイあさ!深よみ。(2022年3月4日放送)

農業・ゲノム

Q1:ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。食料問題では、これから世界にどのような影響があるとみていますか?

▼ロシアもウクライナも(世界有数の)小麦の輸出国です。

▼侵攻しているロシアは影響を受けないと思われるかもしれませんが、SWIFTからの排除により貿易の決済が困難になるため、小麦の輸出が難しくなります。中国がロシアの小麦を買うと言っていますが、ロシア産小麦は品質に問題があり、どこまで効果があるのかわかりません。

▼両国の輸出が減少すると、世界全体の(小麦の)供給量が減ります。また、意外に思われるかもしれないが、原油価格と穀物価格は関連している。原油価格が上がると、原油の代替品であるエタノールの原料であるトウモロコシの価格も上がるので、その代替品である小麦などの穀物価格も上がります。

Q2-1:そうなると、日本国内では、どのような影響が考えられますか?

▼日本が、アメリカ、カナダ、オーストラリアから輸入している小麦の価格も上がります。パンなどの価格も上がり、家計に影響するという指摘があります。ただ、消費には代替性があります。我々は、パンやラーメンなどの小麦製品だけを食べているのではありません。パンの値段が上がれば、その代替品である米を食べます。実際に、2008年小麦の国際価格が2倍以上に上昇し、パンなどの価格も上がったとき、米の消費が増えました。幸い、いま米の値段はさがっています。ほとんどが輸入小麦で作られるパンなどの価格上昇は、食料自給率を向上させます。

▼しかも、小麦の輸入額は、全体の飲食料費支出のたった0.2%に過ぎません。倍になっても影響は大きくありません。2008年食料品の消費者物価指数は2.6%上がっただけでした。

Q2-2:そうすると、日本は食料危機を心配しなくてよいのでしょうか?

▼途上国と異なり、1974年頃穀物などの国際価格が過去60年間で最高に上昇したときでも、日本が穀物を買えなくなることはありませんでした。しかし、日本でも、東日本大震災や今のウクライナのように、お金があっても災害や戦争で物理的に食料を入手できないケースがあります。

Q3:山下さんは、日本ではどんな食料危機が起こり得ると考えていますか?

▼ウクライナの首都キエフのスーパーの棚から、食料品はなくなっています。日本でも今のウクライナのように、お金があっても災害や戦争で物理的に食料を入手できないケースがあります。

▼日本は、食料供給の多くを海外に依存しています。戦争などでシーレーンが破壊され、輸入食料を運ぶ船が日本に近づけなくなると、大変なことが起こります。特に、心配されるのは、台湾有事です。程度にもよりますが、食料品だけではなく石油も含めて、全ての輸入物資の供給が困難になるおそれがあります。

Q4:そうした事態に備えて、何をすべきでしょうか?

▼一つは、平時の食料生産の維持と食料の備蓄です。しかし、農業界は、米価を高く維持するために、農家に補助金を与えて、米の生産、供給をどんどん減らしてきました。減反です。農水省が示した今年の米の生産量675万トンは、1967年の1426万トンの半分以下です。しかし、これでも農業団体は米価維持のためにもっと米の生産を減らすべきだと主張しています。 

▼戦前農林省が提案した米の減反を潰したのは、陸軍省でした。主食の生産を減らす減反は安全保障とは相容れません。減反を止めて生産を増やし価格を下げると、米の輸出ができるようになります。小麦や牛肉が輸入できない食料危機の時には、輸出していた米を食べるのです。これは財政負担を伴わない備蓄の役割を果たします。

▼もう一つは、食料増産のための農地資源の確保です。終戦直後、人口は72百万人、農地は600万ヘクタールあっても飢餓が生じました。ところが、今は、人口は125百万人なのに、宅地への転用や耕作放棄で農地は440万ヘクタールしかありません。しかも、シーレーンが破壊されると、石油も輸入できません。肥料、農薬も生産できず、農業機械も動かせないので、面積当たりの収穫量は大幅に低下します。農地を倍以上の1千万ヘクタールにしても、終戦時のような飢餓が起きます。

▼日本の食料安全保障は危機的な状況になってしまいました。農水省に任せるのではなく、国民は食料・農業政策にもっと関心を持つべきです。