メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.03.09

農林水産物・食品輸出の1兆円超えは慶事なのか?

農水省の統計操作に騙され続けるマスメディア

論座に掲載(2022年2月19日付)

農業・ゲノム

農水省は24日、2021年の農林水産物・食品の輸出が前年比で25.6%増加し、12385億円となったと公表した。以前から、政府はこれらの輸出を1兆円以上とする目標を掲げていたので、これを達成したことになる。マスメディアの評価も押しなべて好意的である。

国交省より悪質な農水省の統計操作

しかし、その陰で笑いをこらえているのは農水省だろう。農業の専門誌である日本農業新聞を含め、うまく騙し通せたからだ。

昨年末、国交省の統計不正が大きな問題となった。しかしこれは、業者が受注実績を記した調査票を毎月提出することになっているのに、それが遅延していることが、問題の発端だった。このため、国交省の担当者が提出されていない月の数値を推計して計上し(これが不正に該当)、さらにその後当該月の数値を含めた調査票が提出されたのに、それを差し引かずに提出月の数値として計上した(これが二重計上に該当)、というものだった。国交省の統計担当職員の稚拙さやそれを改めようとしなかった省全体の不誠実な対応は、非難されるかもしれないが、不正行為をカバーアップ(隠ぺい)しようという大それた悪意を感じさせるものではない。

これに対して、農水省は統計自体を改ざんしたのではない。元データは財務省の貿易統計なので、改ざんしようがない。問題は、国民やメディアへの提示方法の欺瞞的な操作である。これにマスメディアは気が付かなかった。これで農水省は、その政策によって、農産物の輸出が順調に増え、農家所得の向上が図られると印象付けることに成功した。国交省の稚拙さと異なり、出てきた数値を操作する作為や悪意を感じる。

20年も騙され続けたマスメディア

政府が輸出振興の旗を振り始めたのは、小泉政権の時からである。競争力がないと思われている農産物の輸出を増加するというのは、ニュース性があるうえ同政権の高い政策能力を示すことができる。また、農家所得が向上すると農民票の獲得にもつながる。

しかし、この当時から私は、農林水産物・食品の輸出額の中に国産農産物はほとんど含まれていないことを指摘してきた。大きなものは、真珠などの水産物や即席めんなど輸入農産物の加工品だったからだ。

今から6年前の論座の記事「農産物輸出の増加と農業のグローバル化」(201639日付)から引用しよう。

「各紙が2015年農林水産物・食品の輸出が前年を21%上回る7,452億円となり、3年連続で過去最高を更新したと報じている。(中略)

7,452億円のうち農産物の輸出は4,432億円である。実は、そのかなりが、アメリカやオーストラリア等から輸入した小麦、砂糖、大豆、とうもろこしなど輸入農産物原料を使った加工品(例えば、即席めん)だということだ。

農産物というイメージからかけ離れているものも含め、国産農産物または一部にそれを使用していると思われる加工品を上げると、果物193億円(うちリンゴ134億円)、タネ151億円、清酒140億円、牛肉110億円、緑茶101億円、野菜・その加工品98億円、豚の皮90億円、酪農品77億円、植木等76億円、米22億円、焼酎16億円くらいであり、これらを合わせると1,074億円、漏れているものを入れても1,500億円程度だろう。8.4兆円の国内農業生産額や6,6兆円の農産物輸入額から比べると、微々たる額だ。

日本の輸出が倍増しても、国産農産物の輸出が大きく増えるかどうか分からない。一生懸命アメリカ産農産物を日本で加工して、輸出を増やすだけになるかもしれない(実は牛肉も豚の皮もアメリカ産とうもろこしを原料(飼料)とする加工品だ)。」

今回も同じだ。次は、農水省の公表数値を円グラフにしたものである。

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農林水産物輸出の内訳(2021年)

この中で、国産農産物を使用したと思われるのは、額の多い順に、牛肉537億円、日本酒402億円、緑茶204億円、りんご377億円、米59億円、ぶどう46億円、いちご41億円に過ぎない。

日本農業新聞も騙された

私の記事を読んでいたのか知らないが、日本農業新聞は、加工品が多いとして農水省が公表する輸出のデータに懐疑的だった。それが25一次農産物輸出3448億円と一面トップで大きく報じた。しかし、これは農水省の統計操作に惑わされた誤報である。

農水省は現時点でおおまかな品目しか明らかにしていないが、畜産品12,360百万円、穀物等5,750百万円、野菜・果物等9,454百万円、その他農産物10,570百万円としている。これに貿易統計で把握されていない少額貨物を加えると、3,448億円となるので、日本農業新聞は、これを一次農産物輸出額と報じたのだ。

問題なのは、上のグラフで「その他農産物」にくくられている産品である。なお、このグラフでは、3,448億円のうち牛肉、緑茶、米、リンゴ以外は「その他農産物」としたので、これら4品目以外で、農水省が示した品目グループの畜産品、穀物等、野菜・果物等に含まれるものも「その他農産物」に含めている。その点、農水省のその他農産物の品目グループよりも広いものとなっている。いずれにせよ、上の図で、牛肉等4品目以外の「その他農産物」に何が入っているのだろうか?

農水省は詳しい品目ごとのデータは34日に公表するとしているが、品目グループの対前年比伸び率からすると、過去公表してきた品目分類を踏襲している。詳しく見よう。

農水省の「穀物等」にくくられている品目に、小麦粉、即席めん(インスタントラーメン)等がある。同様に、「その他農産物」の中の品目に、たばこ、植物性油脂、配合調整飼料がある。これらは明らかに加工品で一次農産物ではない。しかも、その原料である小麦、タバコの葉、ゴマ、大豆、トウモロコシ等は、アメリカ産等海外農産物である。ところが、日本農業新聞によると、インスタントラーメンは国産農産物のようだ。(なお、畜産品のうち牛乳・乳製品244憶円となっているが、この大きなものとして、育児用調製粉乳がある。これも加工品だし、その原料として低税率の関税割当制度の下で輸入されたホエイ等の乳製品が間接的に輸出されている可能性がある)

加工食品に関する農水大臣のウソ

加工食品はどうか?

次は、加工食品が多いのではないかという記者の質問に対する、24日の農水大臣の答弁である。

「加工品が全体で37パーセントになっておりますが、食品製造業における原材料の調達割合は、(金額ベースでは)約7割は国産品の割合というふうになっていますから、結果的には、それは農家から原料を買って加工している訳ですから、目に見えた形で数字には出てきていないけれども、加工品の中にそれだけの材料を使っているということは、生産者に対してもプラスになっていると私は思っています。今後とも、加工食品に国産原料をできるだけ使っていただくように促進するとともに、輸出産地や事業者の育成や、輸出先国での販路開拓等への支援によりまして、更なる輸出拡大に取り組むことで、農林漁業者の所得向上を図ってまいりたいと思います。」

大臣の発言を信じた日本農業新聞は、この通りに報道している。素人ばかりの一般紙の記者ならともかく、こんな説明を真に受けるようでは、日本農業新聞の記者はプロとして失格である。大臣の説明はペテンである。

食品製造業については、地域の農産物と結び付いていることから、全製造業の従業員数に占める食品製造業の位置づけが26道府県で一位となるなど地域性が高く、中小企業がほとんどを占めるという特徴がある。食品企業というと、大手の菓子メーカーや乳業を連想するかもしれないが、多くは、漬物、惣菜、缶詰などの中小地場産業なのだ。確かに、これらの企業は、ほぼ国産農産物を使用している。しかも国産農産物は外国産に比べ割高である。このため、食品製造業全体としてみると、金額ベースでは、国産農産物の使用割合が7割にもなる。

農水大臣の説明は、食品製造業に属する企業がおしなべて同じように、製品を輸出しているなら、間違いではない。しかし、国産農産物を使っている漬物など中小の地場産業は製品を輸出していないし、食品を輸出している企業は、国産農産物を使ってはいない。高い国産原料農産物を使って、国際市場で競争できるはずがないではないか。大臣の説明は、明らかにウソである。実際に、どのような品目が輸出されているか見よう。

農水省が加工食品に分類している品目で、国産農産物を使用しているのは日本酒くらいだ。加工食品輸出額全体のわずか8.7%に過ぎない。輸出されている、ウィスキー、清涼飲料水、菓子、味噌、醤油の原料である、小麦、大麦、砂糖または異性化糖(輸入トウモロコシを原料)、大豆は、ほぼ100%海外産である。農水省が挙げている焼酎、米菓(あられ・せんべい)も、原料はウルグァイ・ラウンドで約束したミニマム・アクセスという関税割当制度の下で低税率で輸入されているタイ米等である(泡盛用のタイ産破砕精米はウルグァイ・ラウンド以前から輸入されていた)。

輸出促進は正しいが、実態は増えていない

農産物の輸出が伸びない本当の理由」(2019624日付)で説明したように、農産物の輸出自体は、食料安全保障上も有力な国家戦略である。台湾有事でシーレーンが破壊され、小麦や牛肉が輸入できなくなった時には、輸出していた米を食べればよい。輸出は金のかからない食料備蓄である。

また、輸出するということは、国内で消費する以上に生産しているということなので、食料自給率も上がるはずである。しかし、残念ながら、農水省が言う農林水産物の輸出は、2012年の4497億円(うち農産物2630億円)から2021年に12385億円(同8043憶円)へ実に2.8倍にも増加しているのに、この20年間、食料自給率は40%から下がりっぱなしである。農産物の輸出は、農家所得の向上にも食料自給率の向上にも、役に立たなかったようだ。

メディアの怠慢は民主主義の危機

それにしても残念なのは、農水省記者クラブに詰めている各紙の記者が、20年間も農水省に騙され続けていることである。2年くらいでいろんなポストを異動するから、専門的な知識を蓄える時間もないし努力もしない。インスタントラーメンの原料が国産小麦だと思っている記者が多いのだろう。だから、農水省の発表する通りに記事を書くしかない。これだと各紙みな間違っているので、上司からおとがめはない。また、間違いを指摘できる記者もいない。

日本農業新聞を除いて、主要紙は、安倍元総理の言うまま、減反廃止のフェイクニュースを伝えた。減反廃止なら米価の低下である。TPPに農業界が反対したのは、関税がなくなると国産農産物価格も低下するからだ。なぜ、農業界がTPPに反対して減反廃止に反対しないのか、疑問に感じた記者はいなかった。私の論座の記事を読んでいれば、誤報は防げるのに、その時間はないようだ。

農業関係以外でも、同じようなことが起こっているのだろう。一番の被害者は、農水省など政府が流すフェイクニュースを批判なく伝えられる国民だ。メディアが流す情報が間違っているのに、国民はどうやって正しい判断に基づく投票ができるのだろうか?ある意味、記者の能力低下は民主主義の危機かもしれない。