メディア掲載 グローバルエコノミー 2022.02.14
小黒一正教授の「半歩先を読む経済教室」
Business Journalに掲載(2022年2月4日付)
現下の厳しい財政事情のなか、財政再建の旗を降ろしてはいけない。財政再建の具体的な目標として、現在、政府は国と地方を合わせた基礎的財政収支(PB)を2025年度までに黒字化する目標を掲げている。
しかしながら、コロナ禍のなか、財政再建の目標が本当に達成可能なのか、という疑問が出てきている。オンライン・ショッピングの活用などが増えて利益を増やす産業も存在するが、いわゆる「経済の二極化」で、旅行・宿泊業や飲食業といった対面中心の産業がコロナ禍で一定の損失を被っているためだ。
このため、「経済財政運営と改革の基本方針2021」(2021年6月策定)では、「骨太方針2018で掲げた財政健全化目標(2025年度の国・地方を合わせたPB黒字化を目指す、同時に債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指す)を堅持する。ただし、感染症でいまだ不安定な経済財政状況を踏まえ、本年度内に、感染症の経済財政への影響の検証を行い、その検証結果を踏まえ、目標年度を再確認する」という文言が盛り込まれている。この検証を行うため、昨年12月、自民党は総裁直轄の財政健全化推進本部を立ち上げており、2022年早々にPB黒字化の目標年度に関する検証議論を行う予定だ。
だが、結論から言う限り、2025年度のPB黒字化目標を見直す必要はない。
その一つの理由は、内閣府の中長期試算と2022年度予算から読み取れる。まず、2022年度の当初予算(国の一般会計)のPB赤字は13兆円となっているが、この予算の中には一時的な支出であるコロナ対策予備費5兆円が含まれており、本当のPB赤字は8兆円とみるのが正しい。
また、2025年度のPB黒字化目標の議論の土台となっているのは、内閣府の中長期試算だが、その2021年7月版では2022年度における国のPB赤字は約11兆円になっており、足元(2022年度)のPB赤字は現在3兆円も改善している。
中長期試算の高成長ケース(成長実現ケース)では、2025年度に国・地方のPB赤字が2.9兆円になり、このケースでもPB黒字化が難しいと思われていたが、数年でコロナが収束してコロナ対策予備費が不要(=今後3兆円の改善が継続)となれば、PB目標の達成も不可能ではない状況になりつつある。
この現状を裏付けるように、内閣府が今年1月14日に公表した最新版の中長期試算では、成長実現ケースにおいては、PB黒字化が2026年度に達成できる予測になっている。このため、同日の経済財政諮問会議において、岸田首相は以下のように発言している(下線は筆者)。
「今回の中長期試算では、こうした取組により力強い成長が実現し、骨太方針に基づく取組を継続した場合には、前回同様、国と地方合わせた基礎的財政収支は2015年度に黒字化する姿が示される結果となり、現時点で財政健全化の目標年度の変更が求められる状況にはないことが確認されました」
もっとも、岸田首相はコロナ禍で財政再建の目標年度の見直しを絶対にしないとは言っておらず、この会議では「ただし、新型コロナウイルス感染症の影響を始め、種々の不確実性が払しょくできない状況であることを踏まえ、引き続き、内外の経済情勢等を常に注視しつつ、状況に応じ必要な検証を行ってまいります」とも発言している。
しかしながら、ひとまず2025年度というPB黒字化の目標年度の変更は不要だと、岸田首相が発言した影響は大きく、自民党・財政健全化推進本部の議論にも一定の影響を及ぼすことは確実だろう。
また、低成長ケース(ベースラインケース)でも、PB赤字が4兆円台にまで改善しており、歳出削減などの財政・社会保障改革をもう一段進めれば、このケースにおいても2025年度から2030年度の間でPB黒字化が達成できる可能性が出てきているという事実も重要である。
2019年10月に消費税率を8%から10%に引き上げることにより、これまで進めてきた社会保障・税の一体改革はひとまず終了した。しかしながら、2025年には団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となり、医療費・介護費に一層の増加圧力が加わることは確実である。また、直近の中長期試算では、PB黒字化が達成できても、財政赤字は残る予測だ。
コロナ禍のため、財政健全化の目標年度を先送り、あるいは財政再建を中止しようという議論が出てくる理由も分かるが、現在の目標でも現実的には十分に達成可能な領域にいることも念頭に置きながら、慎重な議論が望まれる。