メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.01.04

食糧安保を脅かす農業政策〜コロナ後と円安、 浮かび上がる国家的危機

現実味帯び始めた国民生活と農業の転落

論座に掲載(2021年12月25日付)

農業・ゲノム

日本に輸入される農産物、特に小麦、大豆、トウモロコシなどの穀物の価格上昇が家計に及ぼす影響が懸念されている(油糧種子の大豆もこの記事では穀物として扱う)。小麦はパン、うどん、ラーメン、スパゲッティなどの原料、大豆は食用油やマーガリンなどの原料、トウモロコシは牛乳、食肉、卵を生産する畜産の飼料なので、これらの価格が上昇すれば、最終食料品価格の上昇につながることになる。

小麦は、農林水産省がアメリカ等から輸入して国産小麦保護の原資となる課徴金を徴収したのち、製粉メーカーに売り渡している。農林水産省は、輸入小麦の価格を、10月から19%引き上げた。2008年の30%以来の上げ幅である。今回の価格改定がそのまま転嫁されると、食パン1斤(400グラム)で2.3円、家庭用の薄力粉(1キログラム)は14.1円程度値上がりする。

原油価格の回復が穀物価格を高騰させる

輸入穀物価格の上昇には二つの要因がある。一つは、国際価格の上昇、もう一つは円安である。

国際価格の上昇をもたらしたものとして、穀物をめぐる需要と供給、それぞれの事情がある。需要サイドの原因として、中国の輸入需要の回復が挙げられている。2018年から中国でアフリカ豚熱という病気が大流行したため、中国の豚肉生産が大変落ち込んだ。昨年から、その生産が回復、リバウンドしてきたため、豚に食べさせるエサ用のトウモロコシや大豆などの需要が増加している。中国は世界の大豆輸入の6割を占めているので、国際価格に大きな影響を与える。これに供給サイドの要因として、南北アメリカで高温乾燥により収穫が減少したことが加わった。需要が増えて供給が減れば価格は上がる。

あまり報道されていないが、農業外の要因として、昨年新型コロナの影響で暴落した原油価格の回復が影響している。意外に思われるかもしれないが、原油価格と穀物価格は関連している。トウモロコシやサトウキビから作られるエタノールはガソリンの代替品である。ブラジルではサトウキビから作られるエタノールで、アメリカはガソリンにトウモロコシから作られるエタノールを混ぜて、車を走らせている。トウモロコシの最大の生産国、アメリカでは、トウモロコシのエタノール向けがエサ用と同程度まで拡大し、この二つがトウモロコシ用途の7割以上を占めるようになっている。

原油価格が上がると代替品であるエタノールの需要も増えるので、トウモロコシや砂糖の価格も上昇する。そうなると、トウモロコシの代替品の大豆や小麦などの価格も上昇する。こうして穀物の価格が原油価格と連動するようになってきた。世界の消費者は、原油(エネルギー)と食料の価格上昇による悪影響を同時に被るようになる。

円安になるということは、1ドルのモノを買うのにより多くの円を支払わなければならないということなので、国際価格が一定でも輸入品の価格は上昇する。消費者からすれば、円安よりも円高のほうがありがたい。円高の時に海外に旅行すると、そのメリットを強く感じる。EUがユーロを実現するとき、ドイツ国民の中に「強いマルクがなくなってしまう」という反対があった。マルクがユーロに切り替わることで、購買力が低下することを恐れたのだ。インフレに対抗するために、アメリカは金融政策を転換し、量的緩和を縮小する方向を打ち出した。いずれアメリカの金利が上昇していくと、円安がさらに進行するだろう。

小麦について見ると、次の図が示すように、現在の価格は2008年に比べると低い水準にある。小麦価格は2010年以降安定的に推移している。

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食料品価格は、実は穀物価格の上昇率ほど上昇しない

世界的な食料危機が叫ばれた2008年、穀物の国際価格は3倍に高騰したが、日本の食料品消費者物価指数は2.6%上昇しただけだった。

日本の飲食料の最終消費額のうち輸入農水産物の割合は2%程度にすぎないからだ。国産農水産物でも11%で、87%は加工、流通、外食などが占める(2015年)。輸入農水産物の一部である穀物の価格が上がっても、最終消費には大きな影響を与えない。このような消費のパターンは先進国に共通する。我々は食料品を購入する際、農産物ではなく、加工、流通、外食にお金を払っているのだ。

2008年フィリピンで起きたような食料危機は先進国では起きない。日本で2008年食料危機を感じた人はいなかったはずだ。201113年にかけても国際価格は上昇したが、混乱はなかった。

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農業保護に名を借りた消費者への巨額負担押し付け

しかし、日本の消費者は既に巨大な負担をしている。

OECDが開発したPSEProducer Support Estimate:生産者支持推定量)という農業保護の指標は、財政負担によって農家の所得を維持している「納税者負担」と、国内価格と国際価格との差(内外価格差)に国内生産量をかけた「消費者負担」(消費者が安い国際価格ではなく高い国内価格を農家に払うことで農家に所得移転している額)の合計である。(PSE=財政負担+内外価格差×生産量)

ただし、小麦や牛肉などのように、消費者は国産農産物の高い価格を維持するために、輸入農産物に対しても高い関税を負担しており、農業保護のために国民消費者が負担している額は、内外価格差に国内生産量をかけただけのPSEを上回る。

農家受取額に占める農業保護PSEの割合(%PSEという)は、2020年時点でアメリカ11.0%、EU19.3%に対し、日本は40.9%と高くなっている。日本では、農家収入の4割は農業保護だということである。しかも、近年において各国とも保護の水準が高かった1999年から比べると、アメリカは25.5%から、EU38.5%から、それぞれ5割ほど減少しているのに対し、日本は59.9%から3割下がった程度だ。

fig04_yamashita.jpg(注)OECDとは、OECD加盟国の平均

しかも、日本の農業保護は、消費者負担の割合が圧倒的に高いという特徴がある。各国のPSEの内訳をみると、農業保護のうち消費者負担の部分の割合は、ウルグアイ・ラウンド交渉で基準年とされた198688年の数値、アメリカ37%、EU86%、日本90%に比べ、2020年ではアメリカ6%、EU16%、日本76%となっている。価格支持から直接支払いへ移行したEUの数字が激減しているのに対し、日本の農業保護は依然価格支持中心だ。国内価格が国際価格を大きく上回るため、輸入品にも高関税をかけなければならなくなる。

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(出典)OECD “Agricultural Policy Monitoring and Evaluation”より筆者作成



消費者負担を増やし続ける逆進的農政

政治家はTPP交渉を「国益をかけた戦い」と表現した。その国益とは農産物関税を守ることだった。その関税で守っているのは、国内の高い農産物=食料品価格だ。これで保護しているのは農家であり、負担しているのは消費者である。

例えば、消費量の14%しかない国産小麦の高い価格を守るために、86%の外国産小麦についても関税(正確には農林水産省が徴収する課徴金)を課して、消費者に高いパンやうどんを買わせている。国内農産物価格と国際価格との差を財政からの直接支払いで補てんするという政策変更を行えば、消費者にとっては、国内産だけでなく外国産農産物の消費者負担までなくなるという大きなメリットが生じる。農業に対する保護は同じで国民消費者の負担を減ずることができるのだ。


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米政策ははるかに問題が多い。医療など通常の政策であれば、納税者として負担をすれば、国民は安く財やサービスの提供を受けられるはずである。しかし、毎年4千億円の財政負担により農家に補助金を払って米生産を減少させ(減反である)、市場で実現する価格よりはるかに高い米価を実現させ、消費者の負担を高めている。しかも、飲食料品の中でも主食の米について、最も逆進性を悪化させるような政策を行ってきた。これも関税があることで可能となる(論座で何度も述べているように、減反廃止は安倍政権のフェイクニュースである)。

畜産についても、1990年の牛肉自由化以降3兆円にも達する巨額の財政資金を投下しながら、国民の購入する畜産物価格は逆に上がっている。牛肉価格はTPPによる関税引下げをものともせず、歴史的な高水準にある。和牛の子牛・枝肉価格はこの20年で約2倍となっている。酪農家が販売する生乳の価格も2007年度のキロ79.2円からほぼ一本調子で上昇し2020年度は105.5円をつけている。生乳価格が上昇すると、牛乳や乳製品の価格も上昇する。

OECDは国際価格よりも高い価格を払うことによって日本の消費者が負担している額を約4兆円と試算している。これは消費税の8%から10%への増税によって国民に追加負担させた額とほぼ同じである。消費税を上げても農業政策の逆進性を解消すれば、国民負担は増えない。

このとき、消費税によって食料品の価格が上昇すると、所得から食料品に支出する割合が多い貧しい人の負担が高くなるという懸念が政治家から表明され、食料品については軽減税率が採用された。しかし、これがどの程度の効果を持つものだったのだろうか? 今年4月の輸入小麦の政府売却価格を例にとると、輸入価格は38円、農林水産省が徴収する課徴金が11円、8%の消費税は4円、10%8%に軽減することの効果はたったの1円である。つまり11円も消費者に負担させておいて、1円負けてやるから、逆進性を解消したと国会議員は言いたいのだ。あまりにも国民をバカにしていないだろうか?

最悪の事態、穀物輸入が途絶する可能性

現在新型コロナの影響が一段落した後の貿易量の回復・リバウンドとコロナ禍による港湾作業員不足などによって、コンテナ船が足りないという状況が出ている。農業生産で影響を受けているのは、酪農家が飼料として与える牧草の輸入が困難になっていることだ。一定の容積に対して牧草の単価は低い。他の商品に比べると空気を運んでいるようなものなので、牧草の輸入は後回しにされている。

穀物価格が高騰しても、所得の高い日本が買えなくなるようなことはない。しかし、今回の牧草のように、物流の途絶によって、輸入ができなくなると食料危機が発生する。今回はコンテナ不足で、牧草には影響が出たが、小麦などの穀物を輸入できなくなるという事態は起きなかった。しかし、台湾有事などで日本周辺のシーレーンが破壊されると、食料を輸入できなくなる危険度が高まる。

危機寸前の今こそ亡国農政を止めよ

ところが、減反政策で米価を高く維持するため、500万トンの米を減産する一方で、800万トンの麦を輸入している。農林水産省は、来年産の適正生産量を675万トンとし、これを農協等に提示した。1967年の1426万トンの半分以下、平成の米騒動と言われた1993年の大凶作783万トンを大きく下回る。減反で単位面積当たりの収量を上げる品種改良は禁じられ、食料安全保障に不可欠な農地(水田)は350万haから250万haに減少した。

主食である米の生産量が700万トンを切る水準になっても、農林水産省は平気のようだ。あきれたことに、JA農協も自民党農林族議員も、米価維持のためには、もっと米を減産すべきだと主張している。

日本の農業を滅ぼし食料安全保障を危機に陥らせるのは、農産物貿易の自由化を迫ってきたアメリカでもオーストラリアでもない。米価維持のために減反強化を要求するJA農協、選挙でJA農協の組織票を対立候補に行かせたくない自民党農林族議員、組織や予算の維持のためにJA農協や農林族議員の言うことを聞かざるを得ない農林水産省。日本農業を滅ぼすのは彼らだ。