コロナ禍が続く中、日本からシリコンバレーを訪問する日本人の数が急激に減り、新たなオミクロン株などの影響でこの数字はすぐには増えそうにない。
同時に水際対策で外国人が遮断され、帰国する日本人も3日~14日にわたる苦しい隔離生活を過ごさなくてはいけないので、さすがにこちらの状況を乗り越えてまで帰国する人は限定的で、その影響もあってか日本には物理的な鎖国と同じくらい深刻な情報の鎖国が起こっているという感覚がある。
こうした中で、例えばよく話題になるテスラについての情報が日本にはきちんと伝わっていないのではないかと大変危惧している。
最近トヨタが大きくEVに舵を切るというニュースがあったが、そもそも現時点で世界で圧倒的に売れているテスラの現状が日本にきちんと伝わらないと、ディスラプションを黙然としているかのごとく、日本の自動車業界全体が今後の戦略を誤る可能性が高いからである。
高機能な携帯電話で世界をリードしていたのにスマートフォンの到来で一気にディスラプトされた国内のガラパゴス市場を思い出す。そこで少し情報提供をするべきであると考えている。
そもそもこれはデジタルトランスフォーメーション(DX)全体にも言える話だが、実際の周りの状況、すなわちコンテクストがわからないと、どのデータを見れば最も現状把握できるのかがわからない。
ここ数十年、社会心理学などの専門分野で研究されている「フレーム」という考え方があるが、これは全体象がどんな感じになっているかという「思考のマップ」であり、物事をどのような大きなストーリーや因果関係に落とし込むのかで現実を把握して理解する上で重要になってくる。[1]
どんなフレームを使うかでこれまでの経緯や現状や未来の道筋というのが大きく変わってくる。
例えば日本の超高齢化と過疎化は社会問題のみなのか、国全体への経済負担なのか、あるいは新たなビジネスチャンスや今困っている人たちの深いペインポイントを解決するチャンスなのか、ということはフレームによって見方が大きく変わる。
また、日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という道筋から外れた失敗が大枠にあるストーリーなのか、「90年代以降は経済成長と引き換えに社会の深刻な分断を避け、ゼロ金利のおかげで物理インフラは大きくリニューアルし、これまでは労働人口が頑張ることで成長してきたが、これから人口減少で様々な活動の効率化とロボティクスやAIを積極的に導入するポテンシャルがあるところ」という思考マップなのかで気の持ち方とこれからの方向性に対する考えは大きく異なる。
そこでEVに関する思考マップはどういうものなのか、そもそもEVは今の車の動力が変わるだけのものなのか、色々細かい技術の話をする前に大枠として考える必要がある。
そこでテスラの話である。いくつか日本の大手メディアで見かける勘違いやフレームそのものを校正する必要がある。
先日の発表でトヨタもEVに対して大きな投資を行うことでEV化は加速するかと思われるが、テスラはEVとして世界で圧倒的に売れており、売れる理由はユーザーにとってEVのペインポイント を解決しているからである、と著者は色々なところで述べている。[2]
つまり、生産者が既存の自動車に加えてEVを売り出したところで、使い勝手が今の自動車よりも悪かったら、相当価格が低くないと乗り換える魅力はない。
同時に、同じか、それ以上の価格だったら、現在の車以上に価値を感じないので乗り換えるインセンティブはあまりない。
電気自動車のひとつのペインポイントはバッテリー残量に対する不安であるが、テスラは大容量バッテリーだけではなく、自前であらゆるところに設置した高速チャージャーと、車内の大画面によって一目で場所や空き状況、及び周辺情報が分かる仕組みにして、充電のプロセスを驚くほど簡単にしたうえ、ユーザーにとって他の車では得られない体験や機能を備つけているから売れるのである。
この話の詳細については企業向けにインテリジェンスレポートも書いているが、いくつかの例については別の機会にじっくり紹介したい。
日本国内の市場が海外市場とは性質が異なることがあるので、国内だけを見て各企業が世界的にどんなポジションにいるのかを想像してしまうと落とし穴が待っている。
実は日本国内市場が特殊で、日本で勝てば世界で勝てる、或いは日本で勝っているから世界でも勝っているという感覚はまずい。
しかも、多くの日本企業はもはや国内よりも海外での稼ぎや売上の方が多いので、状況把握のためのデータは、国内のものに加えて、国際的なデータも併記することで感覚のガラパゴス化を避けやすくなるはずである。
例えばEVの売り上げ台数を規模で表す場合、日本市場と合わせて世界市場も併記して欲しいところである。引用する記事ではテスラの大衆向けセダン、モデル3の販売台数についてこう述べている。
「2021年1~9月の国内の販売台数は約3300台で、20年同期比で約3倍となった。
同期間に約8000台を販売した日産自動車のEV「リーフ」を追いかける。
国内のEVでのテスラのシェアは日産に次いで2位と日本の電動化をけん引する。」[3]
この最初と最後の文章は間違っていないが、真ん中の「リーフを追いかける」という文章が紛らわしい。
同じ期間の世界データを見ると、こうなっているからである。2021年の世界のEV売り上げ台数(モデル別)でテスラがナンバー1と3の位置にいて、圧倒的である。残念ながらリーダーだった日産リーフはトップ10に入っていない。(頑張ってほしいが。)
しかも日本で3300台しか売っていないが、世界では360346台も売っているので、日本で売ったのは生産台数の100分の1以下である。
Source: https://insideevs.com/news/544743/global-plugin-car-sales-september2021/
日本で売れているEVの数がこんなに少ないのは、「売れていない」からなのか、あえて日本市場向けに「力を入れていない=頑張って売ろうとしない」からなのだろうか?
ちなみに、2位のWulingのMINI EVは中国内限定の格安小型軽自動車タイプなので、中国以外の先進国や世界向けのEVシェアはテスラが文字通り桁違いに多い。
このイメージはきちんと伝わっているだろうか?
日本の国内市場の延長上に世界市場があるのではなく、日本が特殊マーケットで、日本に特化すると世界市場からは遠ざかる状況となり、結局海外からディスラプトされるというシナリオは、少なくとも情報の着眼点と感覚の鎖国によって起こってはいけない。
そこでテスラのビジネスモデルの話である。まず、テスラは売り切りモデルであり、新しい機能の有料ダウンロードのビジネスモデルではない。
テスラは頻繁に新しい機能を、ダウンロードという形で提供しているが、そのほとんどは完全に無料である。
「ソフトで稼ぐ」ビジネスモデルを構築したと書かれることがあるが、これは大きな誤解を生みかねない。また、「テスラはスマートフォンと同じように新しい機能を追加するごとに、サブスクリプション方式で課金する新たなビジネスモデルを取り入れている。」とも書かれているが、これは完全に間違っている。[4]
例えばブレーキの性能を向上させたり、ペットを車内で待機できるようにするドッグモードや、充電スポットなどで駐車している時に使える動画配信サービス、複数あるゲームなどに新しいものが加えられる時にはすべて無料である。
これら特徴あるソフトをいくつか以下に紹介する。
ペットを買い物などに連れて行く際に、車内の置いておくと車内温度が上昇してしまう可能性があり、ペットの安否に関わってくるが、窓を開けすぎると逃げてしまう可能性などもある。犬を連れて買い物に行ったりしたことがある人は経験したジレンマだ。
そこでテスラのDog Modeは車内の空調をかけたままにしてアプリに常時車内温度を大きく表示する。
車内の大画面にはペット目線で「僕・私のオーナはもうすぐ戻ってくるよ。心配しなくていいよ!今、空調がかかっていて室内は〇〇度」と表示される。
ドッグモードは冷房でも暖房でも使える。Source: https://www.cnet.com/roadshow/news/tesla-dog-mode-sentry-mode/ |
スマホアプリにはドッグモードを使用中と表記され、車内温度と空調の状況が見えるようになっている。 |
テスラは車内で待ち時間を過ごせるように、車内エンターテインメントが色々備わっている。ネットフリックスなどの動画配信やゲームが複数あり、不定期にアップデートされることによって新しい動画配信プラットフォームやゲームが新たに加えられる。(最近は動画配信のディズニープラスやシューティングゲームのスカイフォース。)
車のギアがパーキング(P)に入っていないと動かないので、運転中に気を取られる心配はない。これらは全て新しいものが無料でダウンロードされる。
動画配信でネットフリックスやディズニープラス、YouTubeなどが観られる |
ゲームはテスラが用意したものを並べている。 |
ゲームの目玉の一つは、実際にハンドルとブレーキを操作するレーシングゲームである。 |
助手席は画面上のボタン操作で二人プレイも可能 |
スケッチブックもある |
YouTube視聴も可能 |
ユーザー視点からすると、このエンターテインメント機能は、先日娘と空港で私の両親を迎えにいく際に大いに役立った。
空港内で待機するよりも、駐車場で待機して娘と一時間ほど遊び、到着したタイミングで連絡をしてきた両親を迎えにロビーに向かった。
パンデミックの最中、ロビーで待機しながらいつ出てくるかわからない親を待つよりも、普段は待機する場所としては苦痛以外の何でもない空港の駐車場で非常に快適で楽しい時間を過ごすことができた。
もちろん、空調をかけっぱなしにして車内で遊んでいても、一時間程度ではバッテリーが1-2%しか減らない。
この他にもたくさんの機能が無料ダウンロードとして加えられている。
例えば車内から外を見張る防犯カメラ機能である Sentry Modeは、10月下旬の無料アップデートで何とスマホのアプリからリアルタイムで、世界中のどこからでも車外の様子を見れるようになった。もちろん無料である。
(もっと色々詳しく紹介したいところだが、皮肉にも私の方に設備投資があるため、様々な機能の紹介と解説、そして分析を含むレポートは無料というわけにはいかず、問い合わせに応じて企業向けに販売している。)
とはいえ、テスラのEVには有料な機能がいくつかある。
Full Service Driving (Beta) という、Autopilotで車線内を走り、前の車と間隔を一定に保ち、一般道では信号やストップサインに対応し、車線もウインカー操作だけで安全確認しながら車が車線変更してくれる機能である。
また、加速を早くすることができるAcceleration Boost というものがある。
そして携帯電話網を使った高速データのダウンロード機能Premium Connectがあるが、有料なのはこれらだけである。
これらの機能はオプションであり、テスラの収益にはあまり影響しない。
オートパイロットは2017年に登場して以来価格が4000ドル程度から1万ドルまで徐々に上げられた。
これは車を最初に購入するときに支払うこともできるが後で追加することもできる。
今年の夏にはサブスクリプションモデルとして月々200ドル支払うオプションも追加された。
オートパイロットは業界でいうレベル2でありあくまでドライバー補助の機能であって完全に手放し運転を目的地まで出来るものではないが、レベルの話ではなく、実際にユーザーとして「使える」機能になっている。
しかも高速道路でも一般道でもかなり運転のストレスを軽減し、人間よりも安全運転をする場合が多いという感覚になる。
高速道路でのオートパイロット:車線の真ん中にピタッと走行するため、周りの車が車線内をゆらゆら動く動作の方が気になるぐらいである。
車線変更はウインカーを付けると周りの安全状況か確認してから車線変更してくれる。
一般道でも使える。
周りの安全を確認してから車線変更する。
これに慣れると、強引な割り込み車線変更や隣の車に気づかず車線変更してくるのは人間ドライバーだけだということが分かる。
ウインカーをつけるとまずは隣の状況が現れ、安全だと少しずつ動く |
ウインカーを付けっぱなしにするとどんどん車線変更を続ける |
車線変更が終わった時点でウインカーは消える |
一般道では信号で停止し、前の車に合わせて発進する。或いは自分が先頭車両だった場合、信号の色が変わると発進する。
このオートパイロットがいずれソフトウェアのダウンロードで完全にフルオートパイロットになるというのが元々の約束である。
ではテスラはこれを収益の大部分にしているかというと、そうでもない。
民間の調査企業によると、実際にこのオートパイロットに加入しているドライバーの数はテスラオーナー全体では少数であると予想されている。
むしろテスラにとっての価値は各ドライバーからのデータであり、これを集めることで将来を大幅な収益アップが期待されるので、今の所新しいアップデートにユーザーがお金を払うというビジネスモデルにはなっていない。
Acceleration Boostは2000ドルで、そもそも加速性能が良いテスラを、更に物凄く早くすることができる。
これも購入時に申し込むことができるが、購入後にオプションとしてスマートフォンのアプリや車本体から気軽に申し込むことができる。
しかもお試し期間まで付いており、申し込んでから24時間以内にキャンセルすると体感するだけで料金が取られない。(お試しできるのは多分一回限りである。)
スマートフォンのアプリからも、車本体の画面からも購入できる。
アプリからのサブスクリプション購入画面 |
Premium Connectは車購入から最初の1年か2年は無料でついてくるが、それ以降は毎月約10ドルのサブスクリプションで、通信機能である。
Wi-Fiが繋がる場所だと車がそれを経由してネットフリックス やディズニープラスといった動画配信サービスを使えるが、Wi-Fiが繋がらない場所ではPremium Connectが必要となる。
また、ナビを使用する時の写真データやリアルタイムの渋滞情報の表示、及び Web のブラウザもPremium Connectがあると使える。
要するに携帯のデータ通信サービスで、使用可能なデータ量には上限もないので、これは実質的にテスラが原価に近い値段で提供していると考えて良いだろう。
車の本体画面からのPremium Connect購入画面。スマホアプリからも購入可能。 |
どれも車を購入するときに作ったテスラのアカウントに登録されているクレジットカードと連動しているので、テスラの高速充電網であるスーパーチャージャーや、こういった購入はボタン一つで行え、支払い方法などを指定する必要がなく、非常に簡単である。
また、テスラはEVなのでオイルチェンジや定期メンテナンスが基本的に必要ない。従って車を販売後のメンテナンスサービスでテスラは収入を得るわけでもない。
従ってテスラは「売り切り」モデルなのである。
決して新しい機能をダウンロードするにはユーザーが次々と細かいサブスクリプション料を追加しなくてはいけないということではないのだ。
この点を見誤るといろんな業界の日本メーカーは新しい機能やアップデートのダウンロードで細かく有料化してしまい、ユーザーにとっての利便性を下げてしまう可能性がある。それだけではなく、様々なオプションやバージョンがちぐはぐな状態の、ばらついたユーザーを抱えると維持費がかなりかかってしまう。
シリコンバレーの開発パラダイムでアップデートを無料にするのは、それまでに売れた全ての機種を最新のものにしておくことで、その次のアップデートを簡単にできるようにするため、という側面もあるのだ。
色々なものがネットにつながる IoTの時代でこの戦略を見余ると痛い目を見る可能性があるので、これだけは伝えておくのが急務だと考えている。
テスラの驚くべき機能と実用性はまだ日本で報道されていない色々なものがあり、充電網がいかに「使える」ものになっているのかが鍵なので、いずれもっと紹介して情報と感覚の鎖国を避けたい。
[1] Cukier, Kenneth, Viktor Mayer-Schönberger, and Francis de Véricourt. Framers: Human Advantage in an Age of Technology and Turmoil. Penguin, 2021.
[2] https://techblitz.com/stanford_kushida_tesla/
[3] https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC229VB0S1A021C2000000/
[4] https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC229VB0S1A021C2000000/