メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.12.01

財務次官の警鐘を無視するな

日本経済新聞夕刊【十字路】2021年10月21日に掲載

矢野康治財務次官が各党の公約を「財政再建を考慮しないばらまき」としたことが物議を醸している。政治家には、選挙の洗礼を受けない公務員の越権行為だとする反発が強い。しかし、選挙で選ばれた政治家が民意を体現しているのだろうか。

小選挙区制の下では1位なら30%の得票でも当選するので、残りの多数の票は無視される。次に2人の候補者が5050で競っているとき、2%の組織票でも相手側に行くと4%の差が生じる。このため有権者多数の利害が薄い争点については候補者は組織された既得権者が望む政策を掲げる。自民党議員に投票した有権者の多くは環太平洋経済連携協定(TPP)賛成なのに当選した自民党議員の多くは農業票欲しさにTPPに反対した。そもそも今回の新型コロナウイルスのように過去の選挙で民意が示されていない問題もあるし、既存の問題についても選挙後に状況が変われば民意も変わる。最後に国の借金を払わされる将来世代は今の選挙に参加できない。

選挙で選ばれた議員が多くの問題について民意を反映しているというのは、代議制民主主義のフィクションである。世論調査や国民投票で個々の問題についての民意を確かめるとしても、将来世代の民意は反映できない。

仮に民意が把握できたとしても、民意だけでは政策は立案できない。政策には科学性、専門性が必要である。政治家だけでコロナ対策はできない。政治は、行政官や専門家たちと協同(コラボ)しなければならない。政治主導の名のもと行政の専門的知識を排除しようとして失敗した政権もあった。行政官の意見を封じるのは、国民にとって不幸である。国家財政を心配する政党がない状況では、我々は金庫番である財務次官の心配を傾聴しなければならない。