メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.11.25

今後の政策展望はどうなる〜「参院選も与党大勝か」という試算も

政権交代を至上命題とする発想から脱却を

論座に掲載(2021年11月9日付)

自民の「不思議の勝ち」と立憲民主の「必然の負け」

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。」剣道でよく言われるこの言葉こそ、今回の選挙に最もよく当てはまりそうだ。

森友学園問題や桜を見る会の不祥事や新型コロナへの対応など、安倍・菅政権を引き継いだ岸田政権には、相当な逆風が吹いていた。同時に2012年以降3回の総選挙で自民党は大勝していた。このため、選挙前には、自民党は大幅に議席を減らすのではないかと予想された。岸田総裁自身、選挙前の276議席から40席以上も減らしても、過半数の233を維持すれば、まずまずだと思っていたはずだ。当日の選挙速報でも、最初のうちは、自民党は過半数を確保できないかもしれないという負けムードだった。それがわずか15議席減に収まり、261議席の絶対安定多数を獲得した。

逆に、共産党との選挙協力を実現し、約7割の小選挙区で統一候補を擁立した立憲民主党は、議席数を大きく伸ばすものと予想された。しかし、結果は13議席減の惨敗となり、枝野代表は辞任に追い込まれた。

戦前の予想は全く当たらなかった。下馬評の低いチームが実力のあるチームに勝利したようなものである。高校野球で、力のないチームがどうして勝ったのか分からないときに使われる無心の勝利または無欲の勝利というものだろう。

コロナ感染者激減という予想外の「運」

勝った自民党に風が吹いたわけではない。自民党の政権運営、政策実績、政策提案が評価されたわけではない。自民党はよくわからないうちに勝ってしまったのである。勝ち方も圧勝とは言えなかった。石原伸晃、野田毅氏ら大物議員が落選した。比例復活したものの、現職の幹事長が小選挙区で議席を失った。小選挙区では僅差の勝利が多かった。総じてみると、辛勝と言ってよいだろう。岸田総理が応援に入った選挙区の勝率は5割に届かなかった。自民党幹部は、まさに「勝ちに不思議の勝ちあり」という思いだろう。

一つの要因は、専門家も原因を明確に特定できないほど、新型コロナの感染者数が激減したことだ。自民党の総裁選前にこれだけ減少していれば、菅前総理は総裁選出馬を断念しなくてもよかったかもしれない。もし、感染者数の減少に政策が効果を発揮していたとすれば、それは岸田氏が追い落とす形となった菅政権の功績である。自民党にとっては、新型コロナ対応の失敗という最悪の材料がなくなった。立憲民主党にとっては、自民党を攻撃できる最大のイッシューが消えてしまった。岸田総理は、運が良かった。

オウンゴールで自滅した立憲民主党

もう一つの大きな要因は、立憲民主党と共産党の選挙協力である。立憲民主党の枝野代表たちは、両党の集票力を合算すれば、自民党候補を上回るはずだと考えた。足し算の考えである。しかし、外交や安全保障などの大きなイッシューで、理念や政策が異なる政党同士が一緒になることで、多くの有権者にそっぽを向かれてしまった。まず、立憲民主党の支持団体であり、共産党と対立してきた連合の票が、両党の統一候補に行かなかった。労組票が強い愛知県では、実に4戦全敗である。さらに、保守的な考えの強い地方では、共産党に対する拒否感が強かった。立憲共産党というネガティブキャンペーンも行われた。両党の選挙協力が引き算に作用してしまったのである。企業の合併と同じである。プラスの合併もあるし、マイナスに働く場合もある。

他方で、共産党と距離を置いた国民民主党は、議席を伸ばした。立憲民主党の負けは「不思議の負け」ではなかった。共産党との選挙協力で、負けるべくして負けたのである。自民党からすれば、立憲民主党のオウンゴールのようなものだった。同党にとっては「不思議の勝ち」の原因となった。

分配よりも成長を支持した有権者

立憲民主党にとって「不思議の負けではない」もう一つの原因は、選挙の争点の設定に失敗したことである。新型コロナの感染者数激減で、立憲民主党は、自民党政権の新型コロナ対策の失政を追及できなくなった。その一方、経済は悪化している。不祥事よりも経済の立て直しに国民の関心は向かう。こうして経済政策が大きな(私の観察では最大の)争点となった。

安倍・菅政権によるアベノミクスを批判したい立憲民主党は、アベノミクスで格差が拡大したと主張し、分配重視の政策や消費税率の引き下げを掲げた。

当初は、分配に力点を置いて総裁選に勝利した岸田氏も、立憲民主党の主張を踏まえ、成長も分配も重要だという方向に軌道修正した。所得が1億円を超える人の場合、給与所得や事業所得よりも株の売却・配当などの金融所得が多くなるが、金融所得には20%しか課税されない。このため、富裕層が負担する実質的な税率は低くなる。総裁選で、岸田氏はこれを「1億円の壁」と呼び、金融所得課税の強化を訴えた。しかし、これで株価が低下したこともあり、総選挙を前にこの提案を取り下げた。

結果的には、これは自民党にとって良かった。立憲民主党は、これは変節であり、分配を重視していない証だと批判したが、選挙にはあまり影響しなかった。多くの国民が、分配の前に経済のパイを大きくする成長の方が重要だと感じていたからだろう。

“改革”の一点突破で躍進した日本維新の会

同じ野党でも、立憲民主党に対し、日本維新の会は、成長につながる改革に重点を置いて選挙運動を展開した。改革を前面に出して、一点突破を図ったのである。経済政策では、右に日本維新の会、真ん中に自民党、左に立憲民主党という、選挙の構図となった。

日本維新の会の主張は多くの有権者の認識とも合致し、日本維新の会は選挙前の11議席から41議席へと躍進した。議席の減少は、自民党15、立憲民主党13、共産党2、合計30である。これは、日本維新の会の議席増数と同じである。民意は改革を支持した。経済の構造改革にとっては、追い風となる。

消費税率の引き下げは、アピールしなかった。金をバラマクだけばら撒いておいて、税収を減少させるという、財政健全化を無視したポピュリストの提案に、有権者はつられなかった。矢野財務次官が各党の公約を「財政再建を考慮しないばらまき」としたことも影響したのかもしれない。今の放漫財政のつけを負担するのは、若い世代である。また、若い世代にとって、成長しないというのは夢がない。このため、本来はリベラルなはずの若い世代の多くが、立憲民主党よりも自民党に投票した。自民党幹部から叱られた矢野論文が、結果的に消費税に触れなかった自民党を助けるという皮肉な結果となった。

「参院選も与党大勝か」という試算

113日、時事通信社が面白い試算を公表した。今回の衆院選比例代表の投票結果に基づき、来夏の参院選選挙区の各党の獲得議席数を試算したところ、勝敗の鍵を握る1人区32のうち、自民、公明の与党が30勝し、野党が勝利したのは、岩手、沖縄の二つだけだった。過去2回連続で野党候補が当選した宮城、山形、新潟、長野、大分の1人区も与党が議席を奪うという。

過去二回の参議院選挙では、自民党は全体では勝利したものの、米農業が盛んな東北、新潟の1人区の多くで敗北していた。1人区で野党は、2016年は11勝、19年は10勝だったが、その多くはこれらの農業県だった。米価の低迷が大きく影響していたと言われる。ところが、今年、米価は大きく低下し、米政策が大きな争点の一つとなったにもかかわらず、これらの農業県で自民党は健闘した。

農家戸数が減少し、農協の集票能力に陰りが見えるという見方もできるかもしれない。しかし、わずか2年で農家票が変化したとは思えない。とすれば、やはり、保守的な農業地域で、立憲民主党と共産党の選挙協力がネガティブに働いたと考えるべきだろう。来年の参議院選挙に向けて立憲民主党は、共産党との選挙協力について根本的な見直しを迫られるだろう。

また、分配重視や消費税減税などの政策を継続して掲げるとすれば、再び民意の反撃を受けるだろう。政権交代だけが至上命題で、そのためにどのような政党を作り、選挙に勝つためにどのような政策を提案するかを検討するという、小沢一郎氏的な発想から脱却する必要があるのではないか。発想を逆転させ、どのような社会を目指し、そのためにどのような政策が必要となるのかを真剣に検討し、それを訴えていけば、有権者は自ずからついてくるだろう。

立憲民主党は、根本的な改革を迫られている。旧民主党政権の失敗は、立憲民主党にとって大きなマイナスのレガシーとなっている。このままでは、党首を換えても、政権交代どころか、1947年日本社会党委員長片山哲を首班とする内閣の失敗から長期にわたり低迷し、結局消滅した日本社会党の二の舞になるしかない。それが嫌なら、これまでのいきさつを忘れて、上のような発想に立脚して、大きな政策の柱を検討すべきである。

自民党にも不安材料がある。新型コロナの感染者数がこのまま低迷していればよいが、参議院選挙前に感染者数が拡大するようだと、今回のような「不思議の勝ち」は期待できない。しかし、参議院選挙を乗り越えれば、以降3年間国政選挙はない。岸田内閣に大きな失政がなければ、長期安定政権になるかもしれない。

維新の改革主張に自民党はどう対応するか

日本維新の会の躍進を受けて、今後の政権運営は、自民・公明の連立政権に、日本維新の会がこれまで以上に関与するという形で進むのではないだろうか。ただし、日本維新の会としては党勢を拡大したいという意向が強いと思われるので、来夏の参院選選挙において、自民党などの現職議員がいる選挙区で、自民・公明両党と日本維新の会が、統一候補を擁立するという事態は考えられない。日本維新の会が自公政権に協力するとしても、それは政策レベルにとどまり、自民と公明のような選挙協力にまで発展することはないだろう。

いずれにしても、日本維新の会がより強く関与する政権では、経済政策については、分配よりも成長や改革に重点が置かれることになるだろう。抜け目のない自民党は、日本維新の会の主張を取り込み、自民党の政策として、民意にアピールしようとするかもしれない。

アベノミクスは新自由主義だと批判されたが、第三の矢の構造改革は、それほど進まなかった。これまで、農業政策は、自民党から共産党まで、改革を無視して保護の大小を競うものだった。唯一の例外が、日本維新の会だった。日本維新の会は、農業では、米の減反政策の廃止、農協法や農地法の抜本的な改正などを提案しており、戦後農政のアンシャンレジームである他党の伝統的な農業保護政策とは、明確に異なる対立軸を形作っている。他の政策分野でも、既得権益を打破し、改革をどこまで進めることができるのか、この実績が来夏の参院選選挙において有権者の審判を受けることになろう。