メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.11.01

中国のTPP参加申請 そのハードルは?

NHKラジオ第1 三宅民夫のマイあさ!深よみ。(2021年10月29日放送)

通商政策

Q1:通商交渉というのは、どんな場なのでしょうか?

▼各国の利害、そのなかでも個別産業の利害が衝突する場です。日本を例にとると、工業のように国内の産業の競争力が強ければ、その利益のために相手国の関税を引き下げようと積極的に攻めますが、逆に農業のように競争力が弱ければ、国内農業のために相手国の関税引き下げ要求をどこまで認められるかが問題となります。つまり、対外交渉は独立して行われるのではなく、国内のさまざまな利害の調整と表裏一体で進められます。外交問題というのは、内政問題なのです。

Q2TPPの参加国は中国の加入申請をどうみているのでしょうか?

▼まずTPP加盟国(11か国)が中国の交渉入りを認めるかどうかが問題です。

▼USMCAと言われるアメリカ、カナダ、メキシコの自由貿易協定には、仮にカナダ、メキシコが中国のような市場経済ではない国と自由貿易協定を結んだ場合、アメリカはUSMCA を終了できるとしています。TPPの加盟国でもあるカナダ、メキシコにとって、中国市場よりもアメリカ市場の方が重要なので、カナダ、メキシコが、中国の加入交渉入りに反対する可能性があります。

▼オーストラリアも中国の参加に難色を示しています。同国が新型コロナウイルスの起源に関する国際調査を求めたことに中国は反発し、大麦やワインの関税を引き上げるなど制裁措置を講じているからです。これはWTO違反です。ルールを守らない国を参加させることは適当ではないと考えていると思います。

Q3:中国のTPP加入交渉が開始された場合は、どうなるとみていますか?

▼中国がTPPに決められたルールを守るか、関税引き下げなどの自由化要求に応じたかという点で、加盟している全ての国が納得しない限り、中国の加入は認められません。

▼私は、1995年前後に農水省の担当室長として中国のWTO加入交渉に参加しましたが、日本国内の親中派の人から中国への要求をトーンダウンしてはどうかという話をされたこともありました。

▼このように、実際の交渉では、理屈や筋論とは異なるさまざまな力が働きます。特に、当時と比べ、今の中国は格段に政治的経済的な力を強めています。中国の要求を聞かざるをえない一部のTPP加盟国に対し中国が切り崩しを行おうとする可能性もあります。

Q4TPPには貿易や投資のルールについて、さまざまな規定があるそうですが、中国はどうするのでしょうか?

▼加入交渉になれば、TPPのルールに合致するよう中国は国内の法律や制度を変更しなければなりません。中国にそれができるかどうかが問題となります。

▼TPPに国有企業に対する規律があるのは、他の国の企業が、多額の補助金を受けている中国の国有企業と競争しなければならないとすれば、不公平だからです。しかし、多くの国有企業を抱える中国からみると、これに対する規律は大変難しい問題です。

さらに、TPP協定では、①結社の自由や団体交渉権の承認、②強制労働の撤廃という、国際労働機関(ILO)参加国の義務を守るよう要求していますが、中国はこれらを批准していません。

▼インターネットなどの電子的な手段によって、商品の売買やサービスの取引を行う電子商取引のルールについても、中国は問題を抱えています。

▼国有企業などのルールについて適用除外が認められている国もあるので、中国は、大幅な例外を要求するでしょう。しかし、これを認めると、中国には先進的なTPPの規律はほとんど課されなくなります。

▼さらに、漁業の関係では、日本の排他的経済水域でも中国漁船は違法に操業していますし、通商関係でも、WTOでも問題となっているように、中国が合意した内容や国際規律を誠実に実行するかどうかという問題もあります。

Q5:日本は、どうすべきでしょうか?

▼ルールを守るかどうかに加えて、加盟国は関税の削減や撤廃など貿易の自由化について、加入申請国に要求できます。

▼関税以外にも、様々な問題があります。米を輸出しようとしても、中国は、日本の米に害虫がいるという理由で、限られた精米工場しか輸出を認めていません。また、国有企業が貿易や流通を独占しているため、日本では㎏当たり500円で買える日本米が、中国では1,700円で売られています。さらに、コシヒカリなど日本の品種名が中国で商標登録されているので、中国では日本のコシヒカリをコシヒカリという名前で販売できないという問題があります。農業以外でも、知的財産権など中国に是正を要求する事項は多いと思われます。これらを是正しなければ加入を認めないと交渉すべきです。中国のさまざまな行動を是正する大きなチャンスです。

▼日本は政治的な考慮とは切り離して、中国や台湾がTPPの基準や加盟国の要求を満たすかどうかという観点から、たんたんと交渉すべきです。台湾が先に入っても構わないと思います。中国のWTO加入交渉は15年もかかりました。中国がTPP協定や加盟国の要求を満たすまで、いくら時間をかけても構わないという気持ちで交渉すべきです。

Q6TPPの行方についてはどうみていますか?

▼中国がWTOに加入してから、WTOの交渉は進まなくなりました。WTOを改善するためには、TPPという質の高い国際規律を維持して、これを世界(WTO)のルールとすることを検討すべきです。しかし、中国がTPPに参加すれば、例外が要求されたりして、TPPのレベルが低下するおそれがあります。世界の通商交渉をリードしてきたのはアメリカです。TPPのルールを世界のルールにするためには、TPPを開始したアメリカの復帰が望ましいと考えます。自由貿易についてはアメリカ国内に反対がありますが、アメリカが中国に対抗するためにもTPP復帰が必要だということをアメリカの議会や政府に働きかけるべきです。