9月16日、オーストラリアは腹を括(くく)った。英米豪3国は中国を念頭に新たな安保協力の枠組み「AUKUS(オーカス)」を立ち上げ、手始めに米英がオーストラリアの原子力潜水艦建造に協力するという。
中国側は早速「極めて無責任な行為」と猛反発。日本政府は「米英豪協力強化はインド太平洋地域の平和と安全にとり重要だ。同盟国、同じ志を持つ国々と緊密に連携したい」と評価した。一方、産経と日経を除く本邦主要紙社説は何故(なにゆえ)か沈黙し、一部には奇妙な記事すら散見される。
ある地方紙社説は、原潜保有の米英仏中露印6カ国が全て「核兵器保有国」で「原潜がミサイルの発射台」となるから、「核不拡散体制の深刻な抜け穴として悪用される恐れがある」との指摘を強調していた。おいおい、本当か? 産経「主張」は「核搭載の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を積む戦略原潜ではなく、通常兵器を積む攻撃型原潜保有」であり「長期間の潜航が可能な原潜」は「中国海軍に対する強力な抑止力となる」と書いた。軍事を知る正確な指摘である。
別の地方紙は「非核保有国に原子力潜水艦を導入する異例の戦術には、対中国包囲網強化を急ぐバイデン米政権の焦りものぞく」と書いたが、これも意味不明だ。米国は焦ってなどいない。
本年3月のクアッド(日米豪印)首脳会議と日米2+2会合(外務・防衛担当閣僚の安全保障協議委員会)から4月の日米首脳会談、6月のG7(先進7カ国)首脳会議、8月末の駐アフガニスタン米軍撤退まで、バイデン政権は一貫して中国との長期的競争に備えるべく、外交安保政策を一歩一歩着実にインド太平洋地域重視へ転換しつつある。今後も紆余(うよ)曲折はあろうが、この方向性は変わらないし、その新戦略の要の一つが豪州なのだ。
豪州にとり中国は最大の貿易相手国だが、最近は豪・野党議員のスキャンダル、中国の香港やウイグルでの民衆弾圧、新型コロナウイルスなどをきっかけに国内で反中感情が噴出、アボット政権下で両国関係は冷え込んでいた。
過去1世紀半、中豪関係は紆余曲折をたどった。19世紀中頃のゴールドラッシュ期には豪州の金鉱地で中国人鉱夫の暴動が頻発し、中国人移民制限措置が導入された。
1972年の豪労働党政権による対中国交正常化以降は超党派の親中外交路線が確立、さらに96年の保守連合政権以降、豪州外交は対米同盟関係と対中資源輸出との狭間(はざま)で是々非々の立場をとるようになった。その意味で今回のAUKUSは、豪州にとって「ルビコン川を渡る」一大決断であったに違いない。
ルビコン川を渡ったという点では米国も同様だ。日経社説が指摘する通り、「長期間潜航して隠密に行動できる原潜は軍事機密のかたまり」である。この種の最高機密を、英国に次いで豪州に供与することは重大な戦略的決断だ。それだけ豪州は重要であり、その潜水艦能力向上が米国のインド太平洋戦略にとって喫緊の優先課題なのだろう。
中国はこの3国協力を「地域の平和と安定を深刻に損ない、軍拡競争を激化させ、国際的な核不拡散の努力を損なうもの」と批判した。しかし、これにより確実に「損なわれる」のは南シナ海における中国海軍の優位である。
米英豪は過去に一緒に戦った同盟国である。当時の相手は日本だったが、今回の懸念は中国だ。されば、日本の次期首相も戦略的判断を下す責任がある。かつて米英豪と対峙(たいじ)した誤りを繰り返してはならない。