メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.09.22

国産材生産増加が山を裸にする 〜日本林業の深刻な課題~  山林経営者の収益を低下させ続ける林野庁の支援

に掲載(2021年9月7日付)

林業

問題の多い林野庁の政策

アメリカを起源とするウッドショックと言われる木材価格の高騰によって、日本で木材の国内生産を拡大すべきであるという主張が行われています。穀物の価格が上昇するときに、食料自給率を高めるべきだという主張が行われるのと同じです。しかし、木材についての主張は、食料以上に深刻な問題を抱えています。

まず、現状を見ると、輸入は対前年同期比で、2020年は14%2021年前半は16%、それぞれ減少しています。しかし、激減しているという状況ではありません。製材の価格については、直近の7月、通常材では1020%程度、輸入材と品質的に近い乾燥材では2倍の上昇となっています。ただし、ウッドショックと言われる状況は、アメリカの低金利政策がもたらした住宅需要の増加などによるものであって、長期的に継続するとは考えられません。

価格が上昇すると、市場は供給量を増やそうとします。国産材の生産増加という主張は、それを超えて人為的、または政策的に、市場の反応以上のことを実現しようというものでしょう。しかし、市場メカニズムに介入する行動を行うと、経済に歪みが生じます。特に、木材供給については、短期的に供給を増やすと、森林資源が減少し、将来の供給に問題を生じかねません。実は、林野庁は、問題の多い政策を実施してきました。最近の論調は、この歪んだ政策をさらに拡大しかねないという問題をはらんでいます。



再生産が極めて困難となっている日本の林業

木材(山元立木)は伐採されてから、丸太、製材品と形を変えて流通し、最終的に住宅メーカーの建材等として利用されます。ところが、川下の製材などの製品価格は安定的に推移しているのに、原料である丸太の価格は長期的に低下しています。1980年のピーク時から40年間でスギの価格は3分の1まで、ヒノキの価格は4分の1に下がりました。特に、かつては総ヒノキの家が最高級の住宅とされ、高級材と評価されてきたヒノキの価格は著しく低下しました。今では、ヒノキとスギはほとんど同じ価格となっています。

また、かつて高い国産材は安い外材に勝てないと言われてきましたが、今では外材よりも安くなっています。輸入材価格は安定しているのに、国産材の価格はこれを下回り、かつ下がっています。農産物の場合と異なり、内外価格差は逆転し、それが拡大しています。これには、国産材の多くは乾燥していないという品質面での問題も反映しています。

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しかし、丸太価格が低下しても、国産の製品価格は横ばいでした。消費者は丸太の価格低下の恩恵を受けませんでした。製品価格については、国産も輸入も同水準です。製品の価格が安定して原料の丸太価格が低下していることは、製品の生産者の利益が増加していることを意味します。

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大きく落ち込む山林経営者の所得

林業については、木材の生産に50年以上の超長期を要するという、他の産業と異なる特殊な事情があります。山林経営者(森林所有者)は、現在適期を迎えた木を伐採した後、将来の伐期時点の価格や収益等を予想して、その跡地に植林して育林すべきかどうかについて意思決定を行います。将来の収益を予想する際、林業経営者がベースとして参考とする指標は、現在の山元立木価格です。ところが、山元立木価格は、丸太以上に低下しています。これは製品価格の1割程度であり、丸太価格に占める山元立木価格の割合は1980年代の6割から2割程度へ低下しています。山林経営者の平均所得は11万円に過ぎません。

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製品価格は高値圏、けれど原価は戦後すぐの安値に

下の図は、1955年を100とした、スギの山元立木、丸太、製品の価格指数の推移です。図でスギとあるのが山元立木、スギ中丸太が丸太、スギ正角が製品です。1985年まで、山元立木、丸太、製品の価格指数は同じ動きをしていました。ところが、スギでは1990年以降製品価格は高値圏で安定しているのに、丸太価格は低下、山元立木価格はさらに低下しています。歴史的に見ると、その水準は、製品価格はバブル時期に相当するのに対し、丸太価格は高度成長期の1960年代前半、山元立木価格は戦後の水準まで落ち込んでいます。

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林野庁の間違った政策

林野庁は、丸太価格から伐出・運材等のコスト等を差し引いたものが山元立木価格だと捉え、伐出・運材等のコストを小さくすれば、山元立木価格が上昇し、再造林が可能になると考えました。このため、高性能林業機械の導入などによって伐出・運材の低コスト化を推進してきたのです。

半額に上る補助金の効果もあって、高性能機械の導入は、これまで加速度的に進展しています。林野庁の見立てが正しいのであれば、これによって伐採・搬出コストは低下しているのだから、丸太価格と山元立木価格の差は縮小しているはずなのに、上で見たように、実際は反対で、逆に拡大しています。

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再生産が損なわれる林野庁の支援策

政策に支援された丸太供給の増加により、丸太の価格が低下するので、(経済学的に言うと、その派生需要である)山元立木価格も低下します。再造林のための山林経営者への利益還元という林野庁の目的は達成できませんでした。

他方、伐採(素材)生産業者は、丸太価格は低下しても、伐出・運材等のコスト低下という利益とともに、原材料である山元立木価格が丸太以上に低下している利益を受けます。

これは、製材等製品業者でも同じです。木材輸入の形態は丸太から製品に変化しました。輸入量全体のうち丸太1割、製品9割となっています。一物一価なので、国産の製品の価格は、上で見たように、輸入品とほぼ同じになります。その製品価格は、上で見た通り高値で安定しています。林野庁は、製材工場についても補助事業で大型化を推進してきました。製品業者は、生産のコスト低下と原料である丸太価格低下の二重の利益を受けています。

素材生産業者や製材業者への林野庁の支援は、かれらの利益を増大させるだけで、林野庁が予定していた山林経営者への利益還元という効果を生みませんでした。それどころか、林業の再生産を担う山林経営者の収益は低下する一方です。



国産材生産増加が山を裸にする

山林経営者の収益を向上させ、持続的な林業とするためには、山元立木価格の上昇が必要です。機械等への補助金によって伐採が促進されますが、山元立木価格は低迷したままなので、多くの場合、7割近い高額の造林補助金があっても造林されません。再造林されるのは、伐採された林地の3割だけです。皆伐後に再造林放棄が行われているのです。つまり、林野庁の政策が伐採される林地を増加させ、丸太供給の増加を通じた山元立木価格の低下によって、伐採後の林地の大部分が、高率の造林補助金が用意されても再造林されずに放置されているのです。将来伐採されるべき森林資源は確保されるどころか、減少しています。

しかし、山元立木価格の低下をもたらしている政策が是正されることはありません。近年、国産材時代の到来、木材自給率の向上、林業成長化などが叫ばれ、現在の林業生産(伐採)を増加させることが優先されているからです。現在の生産を増加させ将来の木材資源を減少させる木材自給率向上の主張は、食料自給率以上に、間違った主張です。将来世代の国民のために木材資源を確保するという観点から、本来林業行政こそ長期の視点が必要なのに、農林水産省・林野庁は現在の業績拡大しか考慮しない近視眼的な対応を行っています。ウッドショックを理由とする国産材生産の増加は、林業行政の歪みをさらに増幅してしまいます。

ある国からの輸入が一時的に減少したとしても、国内生産の増加だけが解決策ではありません。他の国や地域からの供給拡大も検討すべきです。また、終戦直後の焼け野原からの復興のように、緊急にたくさんの住宅を建設しなければならないという事情ではありません。ウッドショックといっても、国民経済への影響は極めて限定されたものです。

最後に、農林水産省・林野庁の方々に、1900年、かれらの先輩として農商務省に入省した柳田國男の言葉を贈りたいと思います。

「仮令一時代の国民が全数を挙りて希望する事柄なりとも、必ずしも之を以て直に国の政策とは為すべからず、何とならば、国家が其存立に因りて代表し、且つ利益を防衛すべき人民は、現時に生存するものゝみには非ず、後世万々年の間に出産すべき国民も亦之と共に集合して国家を構成するものなればなり。」