メディア掲載  外交・安全保障  2021.09.14

菅外交の着実な成果

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2021年9月9日)に掲載

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1カ月で2度目の米国出張を終え、週末帰国したら、日本の政局は予想以上に激しく動いていた。自民党総裁選を月末に控えた永田町は久しぶりの政局モードに沸いているが、ここは無責任な知ったかぶりコメントを差し控え、可能な限り客観的に菅義偉内閣の外交政策を総括したい。



政局目線の陳腐な批判

某有力紙は退陣する菅外交につき「外遊は3回のみ、外務省回帰の外交、コロナ影響で成果残せず」と書いた。典型的な政治部記者の発想のような「政局目線」記事だ。そもそも外交は外遊回数ではない。「外務省回帰」などと批判するが、ではプロよりも素人の外交の方が優れているとでも言うのか。新型コロナウイルス禍にもかかわらず、菅外交の成果は着実に出ていると筆者は見る。



インド太平洋政策

8月上旬のワシントン出張で筆者が感じたのは日本に対する超党派の信頼だった。4月に行われた菅首相とバイデン米大統領の会談は、大統領がアフガニスタン撤兵を発表した2日後だったが、これは偶然ではない。共同声明も踏み込んだ内容であり、日米同盟関係は安倍晋三前首相とトランプ前大統領の個人的関係から、さらなる深化を遂げている。



中国の取り扱い

共同声明での中国や台湾問題への言及も画期的だった。いずれも中国の「戦狼(せんろう)」外交を踏まえたもので、国際社会の対中懸念とも軌を一にしている。また、内容は6月の先進7カ国(G7)首脳会議政治文書でも踏襲されている。



対ASEAN外交

限られた外遊機会の中でベトナム・インドネシアの訪問が実現したことも戦略的に重要だ。コロナさえなければ、フィリピンやインド訪問も実現・成功したことだろう。



対露・朝鮮半島政策

対韓関係は「改善できず」対露関係も「停滞した」と冒頭の「政局目線」記事は書いたが、安倍前政権が動かせなかった関係を今下手に動かすことこそ稚拙な外交だ。外交記事は政治部ではなく、外信部記者に任せてはどうか。



アフガン脱出

他にも困った記事はある。最も驚いたのはカブール陥落後のアフガン脱出をめぐる日本政府の対応に関する某紙コラムの批判だ。ユダヤ人に「命のビザ」を発給し続けた杉原千畝と対比し、アフガンで「日本の大使館員は現地職員を置き去りにしてさっさと逃げ出し、救出作戦にも失敗した」と書き、「18年前、イラクで凶弾に散った外交官・奥克彦」は「悔し涙を流しているはずだ」と結んだ。中東が専門で奥大使の友人でもあった筆者には聞き捨てならないコラムである。

筆者の体験でも、日本の外務省員で在留邦人や現地職員を「置き去りにして逃げる」輩(やから)がいるとは思えない。現地大使館は8月初旬の段階で邦人・現地職員らの退避につき検討を本格化させ、カブール陥落前には民間チャーター機による邦人・現地職員らの退避と大使館撤収の計画をほぼ整えていた。結果的に計画が実現しなかったことは事実だが、少なくともカブール陥落までに退避を希望した邦人は、大使館員よりも前にすでに退避していたという。「置き去りにして逃げる」などあり得ないことだ。

さらに、筆者が悲しかったのは日本政府批判のため杉原千畝を持ち出したことだ。筆者がユダヤ人であれば、欧州でのホロコーストとアフガニスタンでのアフガン人救出を同列に扱うことなど絶対に認めない。中国が「南京事件」をホロコーストと比較したことも同様である。

最後に奥大使への言及も如何(いかが)なものか。修羅場を知る奥大使は「悔し涙を流す」ようなちっぽけな男では決してないことを知っているからだ。

ホロコーストや奥大使をかくも扱うことは死者への冒瀆(ぼうとく)だ。政府批判をするなら他の方法を考えてほしかった。