本稿は10日未明のワシントンで書いている。17カ月ぶりの米国出張だが、まず驚いたのは東京五輪開催に対する当地での評価の高さだった。日本では有力紙社説が「五輪中止」を求め、海外メディアにも「酷評している」などと報じられたが、それは事実と違う。少なくとも当地ワシントンに関する限り、「良かった」「よくぞ開催した」といった声がほとんどで、多くの海外メディア報道も同様だった。内容を例示しよう。
▼日本の五輪主催は正しかった。新型ウイルスとの共存の可能性を勇敢に示した(米外交専門誌ディプロマット)
▼東京五輪はコロナに打ちのめされた人々への救いだ(英フィナンシャル・タイムズ紙)
▼東京2020の勝利はロジスティックスの勝利(米国で活躍するジャーナリストのファリード・ザカリア氏)
▼まだ東京五輪の中止を主張するのか。選手たちは日本の五輪主催に涙しているのに(フィリピンのメディア)
▼困難の中での五輪開催だったが、少なくとも日本は心からの感謝に値する(英タイムズ紙)
あの米ワシントン・ポスト紙でさえ「東京五輪には批判もあったが、その後少なくとも部分的には改善した」と報じた。少なくとも、五輪で新型コロナウイルス感染拡大などという批判はない。「海外メディアからは〝ワースト・エバー〟(史上最悪)」などと書いた日本語記事もあったが、調べてみたらネタ元はカナダ地方紙のコラムだった。これで海外メディアが「酷評」などと書くのは如何(いかが)なものか。
ワシントンに来てもうひとつ改めて驚いたのは米国社会の分断の深刻さだった。出張前、ある米国の友人が「今、米国社会は少なくとも2つ、恐らくは4つに割れている」と書いてきたが、今回ある識者と話し、それを実感した。彼の主張は次のとおりだ。
〇最も共和党が強い10州の人々の平均収入が全米平均の85%であるのに対し、最も民主党が強い10州の平均収入は全米平均の115%だった。
〇昔、民主党は労働者と農民の党であり、共和党は資産家とエリートの党だったが、今や民主党がエリートの党となり、状況は逆転した。
〇3000余ある米国内の郡のうち、2020年にバイデンが勝利した500余りの郡が米国GDP(国内総生産)の7割を占めている。
要するに「今や米国の民主党はエリートの党となり、共和党は急速に非エリートの党となりつつある」らしい。
一方、他の米国友人はこれを否定する。民主・共和両党とも、事態はそこまで酷(ひど)くないというのだ。仮にそうだとしても、民主・共和両党とも等しく「分断」が進み、「米国は4つに割れている」ことは間違いなさそうだ。
以上は米国の恐ろしい近未来を暗示する。
第一は、民主党、共和党とも、党内では極左派または極右派の圧力が増大しており、いずれも政党としての求心力を失いつつある可能性だ。
第二は、こうした極端な勢力の圧力に晒(さら)され、党内の現実的勢力が指導力を失墜している可能性である。
第三に、前記2つの仮説が正しければ、民主・共和両党とも、アメリカ合衆国を糾合できる政治指導者を輩出できない可能性が浮上する。
こうした傾向は既に共和党で顕著であるが、それが2024年の大統領選で、民主党でも現実化する可能性は十分ある。この種の政治的不安定は一国の繁栄と国力の終焉(しゅうえん)を招きかねない。今回は久しぶりのワシントンでこのことを痛感した。民主主義の不安定化は米国だけでなく、近未来の日本でも十分あり得ること、決して対岸の火事ではないのである。